第十四話:ずるい子であることも承知の上です
職には種族によって適性がある。例えば獣人を始めとした獣系の種族は肉体を使う職に適性があるし、四足歩行の魔獣・幻獣系の種族は特殊な職にしかつけない。
そして、『託宣師』――託宣の巫女になれるのは特別な目を持つ者だけだ。ほとんどの場合、それは特別な種族――最初の『託宣師』を出した星詠みのエルフという事になる。
巫女などと言われるが、実際は、性別は関係ないらしい。
彼らは最も古くから存在する種の一つであり、あらゆる歴史を見てきた種であり、そして運命に導かれるように世界中に散らばっている。
だが、必ずしも星詠みのエルフの判断は正しくないし、彼らは――頑固だ。
横暴な探求者も『託宣師』にだけは気を遣う。職は何度も変える可能性があるし、敵対していい事は何もない。
「そういえば、アムは剣士になりたいの?」
「えっと……はい。なれればいいと、思ってます」
アムが緊張したような表情で頷く。
「どうして?」
霊体種は大量の魔力を持ち魔術師系の職に適性を持つ傾向にある。アムはそもそもの種族等級が高いので僕とは異なり多数の選択肢があるだろうが、どうして『剣士』を選ぶのだろうか?
僕の問いに、アムは不思議そうに目を瞬かせて言った。
「え……だって、前衛……いりますよね?」
その言葉は至極もっともなものだった。探求者は複数人のパーティを組むことが多いが、僕たちは二人しかいない。
そして、戦闘能力が皆無な僕を守る必要がある以上、アムは前衛になるしかない。
「でも、自分でも気づいているだろうけど、アムは魔術師向けだ。高い魔力を持つ夜魔が、適性のある魔術師系の職につけば他のパーティーでも十分やっていける」
だが、それはこちらの事情だ。
彼女は剣士になってもそれなりに戦えるだろうし、僕が調整すれば一流程度にはなれるだろうが、適していない事には変わりない。
それに、僕にも前衛に向いているスレイブを改めて見つけるという選択肢がある。
僕の問いに、アムは笑みを浮かべ、はっきりと言い切った。
「いいんです。今の私は……フィルさんのスレイブですから」
「……そうか。アムがそれでいいならいいんだ」
剣士は珍しくもない基本的な前衛だが、決して弱いわけではない。
職はただの道標で、受ける事によるデメリットなどはない。鍛え上げれば少なくとも今よりはマシになる。
アムに案内され、この街でたった一人存在している『託宣師』の元に行く。
『託宣師』の家は大通り沿いにあった。周囲の建物と比べると随分こじんまりした家屋だ。
星詠みのエルフは自然との調和を重んじ、清貧を尊ぶ。
彼らは金銭で靡かず、力を持つべき者を自らの目で見極める。それが人々の『託宣師』への尊敬にも繋がっている。
ノックをすると、しばらくして鈴の音を鳴らすような透明な声が聞こえた。
及び腰なアムの前に立ち、中に入る。
建物の中には何もなかった。恐らく住居と兼用なのだろう。
唯一、存在するカウンターの向こうで、まるで置物のように魔術師が座っていた。
ギルドでも事前に確認してきたが、レイブンシティの『託宣師』――エルは若い女エルフだった。
緩やかな植物性のローブを纏い、信じられない程透明な瞳が神秘の種族である事を示している。
その目が僕を確認し、僕の後ろから入ってきたアムを確認し、極僅かだが眉を顰める。
この場にアムが来るのは二度目だ、きっと前回何かがあったのだろう。
僕は笑顔で前に出た。見定められているのを感じる。
夜を思わせる透明な黒の瞳は一種の魔眼だ。人の本質を見通すというが、真偽は定かではない。
「初めまして、託宣の巫女よ。僕は……《魔物使い》のフィル・ガーデン。今日はスレイブのアムに道を示して頂きに参りました」
「《魔物使い》――去りなさい、フィル。既に裁定は下しました。その夜魔に与える道はありません」
巫女がきっぱりと言い切る。話す余地もないといった態度だ、どうやら余程心証が悪いらしい。
アムは何も言わない。何も言わないように、言いつけておいた。
「確かに彼女は夜魔です、しかしこれまで一切罪を犯していない。巫女よ、道を示す相手は選んでも種族での区別はしないのが貴方達の誇りのはずです」
僕の言葉に、巫女は初めて笑みを浮かべた。
「然り。そして、甘言に惑わされぬのも我らが使命。フィル・ガーデン。貴方は随分熟達していると見える。新たなスレイブを見つけられるのがよいでしょう」
全て考慮の上という事か。面白い。アムが動揺する気配がする。命令を破らない内に言う。
「《魔物使い》はスレイブを安易に変えないのが誇りです。確かに、アムは弱い。知識もなければ、経験も足りない。人と接する事も恐れる彼女はとても……危険だ」
感情は反転する。悲嘆は増悪に変わる。それも、簡単に。
特に彼女の種族等級なら、訓練していなくても簡単に人を殺せる。一人を手にかければ二人目からの心理的ハードルは下がる。
この様々な種族が入り交じり暮らす時代に、悪性霊体種がほとんど人里にいないのには理由がある。
力を持てば増長もするだろう。特にアムは調子に乗りやすい気がある。
「貴女が懸念するのも、当然だ。だが、アムはマスターの僕が導く。改めて沙汰を頂きたい」
目を合わせる。感情を込めて大きな身振りで言ったその瞬間――予想外の事が起こった。
巫女の表情が僅かに、しかし確かに強張ったのだ。
僕は失敗を悟った。恐らく、この巫女は同じ経験をしている。
このアムは――十中八九、スレイブ落ちだ。
かつて何者かのスレイブを努め、何らかの理由で契約を破棄された問題児。本人は隠しているつもりだが、もともと言葉の端々から薄々察せていた。
《魔物使い》は希少な職だが、アムは《魔物使い》の使う用語を知っていた。契約の話もあっさり進んだ。
アムは前衛が必要だから剣士になると言っていたが、それは僕と契約をする前から剣を手に戦っていた理由にはならない。酒場で絡んできた探求者もその事を教えようとしてくれたのだろう。
そしてきっと、アムは一度、前マスターと一緒に職を貰いに来たのだ。そして、失敗した。マスターと共にやってきたのが二度目で、そのマスターが別の人物ともなれば、巫女の警戒も当然と言える。
もちろんそれは――僕が交渉をやめる理由にはならないが。
そこで僕は纏う空気を切り替えた。唇の端を持ち上げ、冗談めかして言う。
「ああ、もちろん、ずるい子であることも承知の上です」
「!? フィルさん!?」
アムが言いつけを破り悲鳴をあげる。
ずるいし嘘つきだ。大言を吐くし、調子にも乗りやすい。
だが、ダメな子程可愛いのだ。僕は愛せない相手をスレイブにはしない。
要は考え方次第だ。彼女を一流に育て上げれば素晴らしい達成感を得られるだろう。
巫女はしばらく沈黙していたが、ゆっくりと口を開いた。先程と比較し、少しだけ険が抜けている。
「フィル・ガーデン。貴方の意志はわかりました。確かに、貴方は少しだけ違う。しかし、貴方にはそれを成し遂げるという保証がない」
保証、か。あと一歩だな。
僕が強い種族だったら手っ取り早かった。アムが暴走した際に自分で始末をつけられるからだ。
だが、そもそも《魔物使い》は弱いから《魔物使い》なのだ。自分が強いのならばわざわざ《魔物使い》になんてならない。その問いは僕たちにとって永遠の命題である。
そこで、僕はカウンターに手をつき、身を乗り出した。
動揺したのか、巫女が下がりかけるが、構わずに目と目をしっかり合わせる。
《託宣師》は術者によって示せる道標が違う。最初は基本的な職しか与える事はできない。
彼女たちは目を見る事で人の歩んできた道を読み取り、示せる道の数を増やしていくのだ。
「ならば、貴女の目で職を与えるに相応しいか、覗いてください」
これは賭けだ。道には深度があり、巫女の能力には個人差がある。見定めた結果、やはり職を与えられないとなったら、職を受けるために別の街に行かねばならない。
歩んできた道を読み取らせるというのは己を曝け出す行為に等しい。巫女がどのようなビジョンで情報を受け取るのかは知らないが、滅多に行われない行為だと聞いている。
巫女は僅かに目を見開き、すぐに真面目な表情を作った。
「そのような事を言われたのは、初めてです。いいでしょう、フィル・ガーデン。そこまでの覚悟があるのならば、貴方の道を読み取り、改めて裁定を下しましょう」
§ § §
信頼を得るには成果を出す必要がある。僕の経験上、名高い英雄には人を惹きつける魅力があるものだ。だが、それがない僕はそれを小手先の技術で補う必要があった。
巧遅は拙速に如かず。ある程度雑ではあっても、流れを作らねばならない。
今日中に地盤を整える。霊体種は勢いがつけば凄まじい爆発力を誇る。
情報を整理し今後のルートを考える僕に、無事『剣士』の道を示されたアムが恐る恐る言う。
「フィルさん……何を、したんですか……?」
「説得だよ。『託宣師』には人を見極める天稟がある。だけど、今はそれは重要じゃない」
職についてはもう解決した。今すべきは、未来を考える事だ。
かつて、探求者になったばかりの頃、僕は地盤を整えるのに三年を要した。
だが、今の僕はあの頃の僕ではない。今回は三日でなんとかするのだ。
装備は整えた。職も得た。残るは等級だけだが、これにも目処が立っている。
§
アムを連れてギルドの窓口に行く。小夜さんの反応は劇的だった。
表情は変わらないが、頭のアンテナが激しく回り、混乱を示している。
しばらく目を見開きアムを凝視していたが、やがて小さな声で言った。
「……どんな魔法を使ったんですか」
「ベストを尽くしたんです、小夜さん。僕はいつだってそうやってきた」
カウンターの上には昨日のD703モデルアントの討伐証明である触角が紐で束ねられ並んでいる。
だが、D等級の依頼など珍しくもないだろう。その驚きの理由は結果だけではなく、アムにある。
僕は何故か背中が徐々に丸まりつつあるアムの背をもう一度強く叩いた。
「ひゃいッ!」
「借りてきた猫みたいになるんじゃない」
アムの背筋がピンと伸びる。これは……本当に教育のしがいがありそうだ。
「アムさんは一度職を断られたと聞きました」
「小夜さんの眼なら刻み込まれた職を見ることもできるでしょう」
「間違い……ありません。アムさんは既に探求者ではないので、大きく立場は変わりませんが……」
当然である。だが、スレイブの力はマスターの力だ。
契約したスレイブがより大きな力を手に入れた事はギルドに登録され、ギルドが依頼を斡旋する際の参考材料になる。
そして、僕は常軌を逸した速度でスレイブを調整したマスターとなるのだ。
資質を示す。依頼達成をあえて後回しにしたのはそのためだ。
ギャップは大きければ大きいほど良い。
「…………資金が足りなかったのでは?」
「ああ……指輪を売ったんですよ。予想よりも良いものだったみたいで高値で売れた」
「そ、それって、大切な物だったのでは?」
アムが小さく息を呑み、僕を凝視する。どうやらアムは気づいていなかったようだ。
確かに大切な物だ。あれは僕が最高の探求者に至った大切な証である。
だが、思い出とはいえ、所詮は物だ。スレイブには替えられない。
「ああ。でも、これは優先順位の問題だ。アムの方が大切だった。なんなら、誰かに流れる前に買い戻せばいい。そうだね? アム」
「は、はいッ! もちろんですッ! 任せてください、頑張りますッ!」
とてもいい返事だ。指輪を売り払ったかいがあった。
「ひゃんッ!」
不意打ちで闘志を燃やすアムの首元に触れる。アムは艶めかしい声を上げて大げさに反応した。
よしよし、ちゃんと『ライフドレイン』は切れているな。
「な、なにするんですか!」
僕はアムを無視すると、ジト目でこちらを見ている小夜さんをまっすぐ見つめ、声を抑えて言った。
「小夜さん、特例を使用した探求者等級の向上を申請したい。こうしてポーンアントは倒した、装備も整え職も授かった。資金も十分ある。G等級探求者ならば小夜さんの権限で上げられるはずだ」




