夏休みのとある1日
「水族館にまいりませんか?」
「何故に職場に......?」
夏休み、バイトに明け暮れる毎日の中、久しぶりの丸1日の休みの日。
輝さんからの電話で目が覚めた。
ああ、そうか。
休みだもんねえ、夏休みの課題でもしながら家でまったりしますか♪
てな事を、頭で思い描いていた私の耳に、まさかの言葉が刺さる。
「休憩時間に、おひいさんと少し見て回ったじゃないですか?それで思ったのです。おひいさんと1日かけてココで一緒にいたい、と」
あー。
毎日触れて、それでいいのかと思ったけど、逆に想いが募っちゃったか。
「そっかー。家で、たらたら輝さんと勉強でもと思ったけど」
「それはそれでいたしましょう」
食いぎみにかぶせられた。
貪欲だねえ、輝さん。
嬉しいよ。
「んじゃ、家でまったりはまたにして、行きましょか!」
「はい!」
──1時間後、私達は水族館の門の前で待ち合わせた。
ブルーのワンピースに、白の麦わら帽子。
うっすらと化粧もしている。
しまった......!
輝さんの気合いの入り具合を甘く見ていた!
夏休みの休日の1日にしては、熱量が違う!
「は、恥ずかしい......」
自分の変わらぬ気の抜けた装備に、顔を下げる。
Tシャツに短パンにサンダル。
いや、装備に罪は無い。
罪なのは、私の怠惰な意識だ。
「おひいさん。気にしすぎないいでくださいまし。おひいさんのそういう隙が私は好きですわ。そして.......」
すんごいフォローの仕方だな。
そして?
「私も、何気ない日常で気合いが入りすぎたのが、今になって若干恥ずかしくなってきたのです......」
下を向いた私がチラリと上を向いて、輝さんを見ると、あらま上気した顔の、やっちまったーという目がぐるぐる回る輝さんがいた。
「ぷっ。あははっ、ごめん輝さん。あははっ」
「わ、笑わないできださいまし......おひいさん。ぷっ、くくっ!」
恥ずかしくて、顔が赤いまま可笑しくて笑う私。
つられて、輝さんもひきつけるように笑う。
のっけから何をしているんだろう?
いや、面白いしいいか?
「はー!笑った!最悪のスタートになるかと思ったけどね?」
「ふふっ。最悪など貴女にはありませんわ」
「そーゆーのはまだ早いよ輝さん?」
失礼♪
ぺろっと舌を出す輝さん。
その仕草はあかんよ?
私の理性が1削られた。
「ん、んじゃまあ何から回ろうか、輝さん?」
「ピラルクからでお願いしますわ」
す、好きだねえ、輝さん!
休憩時間あれだけ見てるのに!?
輝さんは、好きなものは置いとくタイプじゃないな。
1番先にイチゴを食べるタイプだな。
水族館の門を潜り、入場料を800円払って中に入る。
夏の午前中の強い日差し。
目を伏せながら、淡水魚の建物へと入る私達。
日差しの陰の中、涼し気な大きな水槽があって、目の中にピラルクが悠然と入ってくる。
涼しい。
この魚を輝さんと長く見て感じたこと。
緑がかった水槽に、青みがかった魚体がゆらりと泳ぐ姿を見て、そう思う。
隣にいる輝さんも、言葉なく微笑を浮かべてピラルクを眺めている。
夏休みのとある1日。
水族館デートの始まりは、やっぱりピラルクだった。
続く