バックヤードで囁いて
それでもだ。
それでも、これだけ足しげく通われたら......。
今日も今日とて、明石焼きを買って少しお喋りをして.......その男の子、柏崎君は帰っていくのだった。
今時の子って、あんな純情なのかなあ?
と、余裕のすっとぼけをする私。
「お、おひいさん?......爪でカリカリしないでください」
あっ。
無意識に、爪で厨房のステンレス製の机を猫のように引っ掻いていた。
キーキーと音を立てて。
「そんな目で見ないで下さい。いけません......ゾクゾクとしてきて.......いけませんわ」
私、そんな目で輝さん見てるのか。
まあ、カリカリというよりはムラムラだろうか?
このお腹の底から沸き上がってくる感情は。
輝さんは困った表情をしながらも、愉しそうな目をする。
忘れてたけど、やっぱりこの人魔性だ。
中々、理性と正気を保つのに苦労する。
ここは、職場......。
ここは、職場......。
襲いかかりそうになる衝動を押さえて、輝さんをキッと見る。
「そんな凛凛しいお顔も素敵です。おひいさん」
私はちょっと照れそうになりながらも聞く。
「じゃなくて輝さん、あの子どーするのさ?なんか次第に打ち解けて来て、喋りやすそうになってるんだけど?」
「ええ、そうですわね。いいお客さんではありますが、少々気安くなってしまいましたか」
「そろそろ私は嫌な予感しかしないんだけど?」
「そう、そろそろでしょうか。その時にハッキリ言い渡しますわ」
なんか、胸が詰まるな。
さっきまで、あれだけ輝さんを取られたくないと、嫉妬でお腹が焦げ付いたのに。
少ししか見かけないあの少年なのに。
いや、これに近い感覚を私は知っている。
私は、かきむしるように胸に手をやる。
苦しい。
「京子の事を思い出しますか?おひいさん」
輝さんが囁く。
耳元で聞いた訳では無いのに、その小さな囁きは私の耳に届く。
「仕方ない事なのです」
それは分かっている。
今こうして、少年を京子ちゃんを思い出して慮る気になっても、輝さんの隣は私が居たい。
「私は何も咎められませんよ?ただ好きな人がもう居ただけで。ですから、おひいさん」
囁くのでは無くはっきりと口にする輝さん。
私の目を真っ直ぐに見て。
「貴女も咎められる事はありません。自分を責めないでください。私の隣にいてくださるのなら」
.......。
ごめんね?
分かってるんだけど、私の中で駄々をこねて。
「大丈夫ですよ?おひいさんが不安になったら、私はいくらでも隣で手を握りますから♪」
笑顔で支えてくれる輝さん。
いけない、いけない。
どこまでも支えられそうで、寄りかかってしまいそうで、私はバチーン!!
と、自分の頬を両手で叩く。
まだだ!
まだ分からないじゃないか!
「あらあら♪」
そんな私を嬉しそうに見る輝さんだった。
続く