ポケット
空が白やんできた。
時刻は、朝の5時を迎える頃。
交通量調査の、最後の交代がやってきた。
輝さんから、カウンターと表を受け取る。
「お疲れ様!後は私が2時間で終わりだね。ゆっくり休んでて、輝さん」
「うふ。終わりですけど、お隣いいですか?おひいさん」
交通量は、真夜中に比べたら多い。
朝の掃除、お散歩、等々。
お年寄りが多いけど、人も動き出している。
2人っきりとはいかないなあ.......。
カチリ
カチリ
結構な速さでカウントしていく。
目がカクカクと車両を追っていく。
横は見れないけれど、輝さんの気配は感じる。
フワリ
と、太ももが温かく感じる。
下をチラリと見ると、膝掛けがかかっていた。
「いや、輝さん、いいよ。輝さんが寒いでしょ?」
「大丈夫ですわ、おひいさん。この膝掛け結構大きいんですよ?」
確かに大きめの膝掛けの様だけど、やっぱり2人で使うとなると、どうしてもくっつかなければいけない。
自分の体の左半分が、フニュフニュして柔らかくもあり、温かくもあり。
なんだ、その。
私の顔も熱くなる。
また、心がムズムズしてくる訳だけど、先ほどと違って人目がある。
ほら、目の前から1人のお婆さんがこちらにやって来る。
「朝からご苦労さんやね~。温かいの飲みなんせ」
「あ、ありがとうございます。助かります」
小さいペットボトルの暖かいお茶が差し出されて、
私達はお礼を言いながら受け取る。
「可愛らしいて仲いいのお。ワシの女学生時代を思い出すわ。ワシも、もてたからのお。まあ、励みなさんせ」
フォッフォッフォッ。
と、笑いながらお婆さんが去っていく。
.......もてたんだろうか?
女学生に。
同じような人と、人は惹かれ会うのだろうか?
励みたいのは、山々だけど人目がなあ.......。
「おひいさん。お仕事ですよ?」
はい!
その通りです!
邪な気持ちが顔に現れていたのだろう。
私は恥ずかしくなった。
大丈夫。
まだ、恥はある......。
カチリ
カチリ
ただ無心に、カウントしていく。
横目で輝さんを見る。
寝ていない。
うっすら細い目を開けて、遠く未来を見るような眼差しだ。
私もなんだか落ち着いた。
そんな輝さんを見て。
遠くを見ながら、輝さんが口を開く。
「そういえば、おひいさん。このお仕事は、自分で見つけてこられたのですか?」
「んーん?実は前に、花知華先輩に教えてもらってたんだ。割りの良いバイトだからね。競争率激しいから」
「多芸な先輩ですわね。助かりますが」
「でさ、輝さん。日払いのお金が入ったら、豪勢に行こうよ。そして、過ぎちゃった誕生日プレゼントの交換をしよう?」
「うふふ。デートのお誘いですわね?」
「改めて言うと恥ずかしいな......。2人で一緒っていうのは、前から変わらないんだけど」
つらつらとお喋りをしていると、終了まで後10分といったところだった。
不意に。
ポケットというか。
色々な偶然が重なって、人も車両も居なくなる時。
こういう瞬間がある。
まるで、世界から道路と信号機だけを置いて消えてしまったかの様に。
「うわあ、珍しいね!輝さ.......んっ!」
横を向いた私の視界が塞がれる.......。
唇に柔らかいものが当たっている。
状況を把握するのが遅れた。
輝さんの顔がかつて無い程に、眼前にあった。
「.......ん」
数秒。
時間が止まる。
私達も、ポケットに入ったようだ
静かに、静かに、輝さんが離れる。
照れくさそうに輝さんがはにかむ。
「すいません、おひいさん。我慢してたんですが、しきれませんでした♪」
てへっ♪
と、舌を出す輝さん。
可愛いじゃねーか、こんちくしょう!
「や、やられたあああああーー!!私からするつもりだったのにぃぃぃ!!」
「あ、あら?そこですか?おひいさん?」
顔を埋めて、懺悔しきりの私に輝さんが、肩を撫でる。
尊い、プラトニックな時間で満足してしまった自分を責めつつ、奪うつもりが、奪われて。
後ろに、小声でご苦労様です♪
とリーダーのお兄さんがサムズアップと共に一言。
「良いですよお♪」
どこがポケットだ。
ガバガバじゃないか。
続く




