早春
教室から体育館へと向かう渡り廊下を歩く。
もう3月だと言うのに、制服の冬服とカーディガン
だけでは、初春とは思えない寒さを凌ぐには、心もとない。
隣を歩く輝さんが、私に何か手渡してくれる。
「塚さん、使って下さい」
使い捨てのホッカイロだ!
この寒さの中では嬉しい贈り物。
ありがたや!
輝さん、お嬢様の時でも人に優しい、良いお嬢様やってたんだろな。
輝さんの人間性が見えたホッカイロだった。
「ありがと、輝さん」
冷えた指先で、ホッカイロを振りながら制服の袖のなかに隠す。
在校生が、体育館に一堂に集まる。
体育館に入ったら少しは寒さが紛れた気がする。
人熱も馬鹿にならないものだ。
そして、3年が登壇する。
早い春の中。
今日は、卒業式だ──
「おおー!こっち、こっち!こっちだ塚輝!」
卒業証書の入った入れ物が、ごった返した生徒の中から、ヒョッコリ出てブラブラ振れている。
.......ちっさいからなあ、花知華先輩。
「逆に分かりやすかったですよ!花知華先輩!塚輝ってなんですか!?略しないで下さい」
輝さんと2人で先輩の前に行く。
部活の後輩たちとか、クラスの人たちとか、話し込んでいた、先輩だけど一段落したら声をかけてくれた。
輝さんと2人で、花知華先輩を待っていた。
「先輩!卒業おめでとうございます!」
「ご卒業おめでとうございます」
輝さんと2人で用意した小さな花束を送る。
花知華先輩は目を丸くして、
「おー、ありがとさん!しかし、輝はともかく、塚はらしくないなー!」
「返してもらいますよ?花束」
「冗談だ!」
花束を手にした先輩は、可愛らしい背丈に、凛凛しい瞳を見せる。
口元に、八重歯を覗かせながら笑顔を作る。
「まあ、部活も違うのに色々絡めて楽しかったぜ?塚!」
「最後っぽい事言わないで下さいよ、先輩......」
ちょっと泣かされそうになってる私。
輝さんが、肩に手を置いてくれる。
少し、しんみりした空気に流されて、思っていても普段言わないような事を、私は口走る。
「私にとって、先輩らしい、先輩なんて.....。貴女しかいませんでした」
先輩の顔を見れずに、うつ向いた私を先輩はハグした。
少し声を震わせながらも、先輩は笑う。
「お前は可愛い後輩だったぜ!塚!まあ、私が浪人でもしないと一生、先輩後輩だけどな!安心しろ!この先も先輩風吹かしてやる!」
憎まれ口の似合う、可愛い先輩だった。
先輩は輝さんを見て言う。
「塚と仲良くな?輝!」
「もちろんですわ、花知華先輩。でもハグはいけませんよ?」
「そのとーりデス!」
いつの間にか私達の中に、栗色の三つ編みのお下げ髪で丸い眼鏡をかけた女の子が、輝さんに同意していた。
外人さん.......?
あっ、まさか!?
「そーゆーなよ、アンナ。今日だけだ。塚に輝、まーお察しの通り、私の彼女のアンナだ」
アンナさんは、私にハグしていた花知華先輩を引き剥がして、自分が先輩にハグをする。
背の低い先輩を差し引いても、背丈は高い。
先輩は苦笑しながら私達に、その彼女を紹介してくれた。
「オレの彼女の、アンナ・フォン・ブラウン。同高校の2年生。今年で3年か。ドイツからの留学生で、お前らの一個上だ」
私と輝さんを、その丸い眼鏡の奥から青い碧眼で矢を射る様に見る、先輩の彼女──アンナさんだった。
続く