師範代輝さん
「あ~カッコ悪い」
両の鼻の穴に、丸めたティッシュを詰めている私だった。
この姿、夏海と見文に見られてたら、向こう一年はイジられてたな。
危ない、危ない。
「休んでからでいいんですよ?塚さん」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。歩いてても、上向いてたら止まるし。輝さんも時間おしてるでしょ」
私達は、歩いて下校する。
自転車は、今日は置いてきた。
鼻血を止めて、万全の体勢で輝さんの袴姿見たいし。
テクテクと2人で横に並んで歩いていくと、商店街に入っていく。
この辺なのかな?
「おっ!お帰り!お嬢さん!今日もうちの息子鍛えてやってくれな!」
「ただいま。お任せ下さい、政さん。きっちり絞ってあげますわ♪」
「お!お嬢!」
「豪松陰のお嬢さん!お帰りなさい!」
八百屋の政さんとか言うっぽい、おじさんに話しかけられた、輝さん。
政さんだけじゃなくて、あちらこちらの年輩の方々から、声がかかる。
その声一つ一つに、丁寧に元気に返す輝さん。
その姿に、私は輝さんの白百合の様な、か細く可憐なイメージが少し変わった。
変わっちゃったけど、なんだか嬉しい。
そんな姿も素敵に見えた。
思うまま、私は口にする。
「輝さん、まるで商店街のアイドルみたいだねえ」
「あははっ。止めて下さい塚さん!でも......皆さん、私に良くしてくれてます」
「うん。元気な輝さんも素敵です」
「........」
顔を横に背けて黙ってしまっている、輝さんだった。
耳が赤かった。
何故だろうか?
輝さんが、少し足早に私の前を歩き、雑居ビルを指差した。
「こ、ここです、塚さん!ここが、私の通う道場です」
よく見たら、看板があった。
「御劔合気道道場」と、どーんと木の年季の入った看板が掛けてあった。
おおー。
けっこう大きな道場だぞ?
ここで輝さんが、稽古つけるの?
教える側で?
おっと、それもだけど.......
「輝さん、大丈夫?顔赤いけど熱計らないで、大丈夫?」
「だ、だいじょーぶですよ!......塚さんのせいなんですけどね」
ん?
だいじょーぶは聞こえたけど、その後また横を向いてゴニョゴニョと言う輝さん。
最後、聞こえなかった。
「では、着替えてきます。塚さんは、座って待っていてください。あっ、こちら学友の塚良さんです。見学でお願いします」
袴姿の道着を着た、20代ぐらいの男の人に声をかけていく輝さん。
すれ違いで、その男性に声をかけられる。
「やあ、初めまして。自分は自営業を営んでいる陣海陸海て言います、よろしく塚良さん」
「は、初めまして。お邪魔します!あの、師範の方ですか?」
「んーん?自分は教わるほうで。師範は、先程の豪松陰さんだよ?」
うわー、本当にそうなんだ。
こんな大人の男性に教える立場なんだ、輝さん。
ちょっと、想像がつかない。
陣海さんと少し雑談をした。
学校はどう?
とか、合気道やってみる?
とか、初めて訪れた私に対して親切に話を振ってくれる、いい人だった。
そんな時間が過ぎて、輝さんが帰ってきた。
真っ白な道着。
紺色の袴に素足。
長い黒髪を後ろでポニーテールに結んで。
まごうことなき美少女格闘家がそこにいた!
.......ま、まぶしい!
その御身を目の当たりにして、止まっていた鼻血が再び出てくる。
再度、鼻にティッシュを詰める。
天と地ほどのビジュアルの違いだが、今は気にしていられない。
ただ。
ただ、輝さんのそのまぶしい姿を目に焼き付ける。
「お待たせしました、塚さん。ゆっくり見ていて下さい」
「では、さっそく稽古をつけてもらいましょうか。御免!」
そう言って挨拶もそこそこに、陣海さんが輝さんに組みにかかる。
──フワッ
大人の男性の陣海さんの体が、宙に舞っていた。
ズタン!
受け身を取る陣海さん。
目の前の光景に、現実味を感じなかった。
大の男達が、輝さんに次々と投げ飛ばされていった。
輝さんが、格好よかった──
いつも通りに。
いや、いつも以上に。
只々、目を奪われた。
「いかがでしたか?塚さん」
はっ!
気づけば稽古は終わっていた。
目の前で輝さんが、スポーツタオルで汗を拭きながら、私に話しかけていた。
「あ、あまりのイリュージョンに現実を忘れた......」
「あははっ。面白い例えですわ♪塚さんも今度やってみますか?」
「いえ。ROM専で、おなしゃす」
?となっている輝さんに、今さら隠れて鼻血を止めたティッシュを鼻から抜く私だった。
続く