修学旅行最終日の夜
「日衣心、後で風呂でなー」
「ごめん、今日は部屋のお風呂に入るよ」
ああ、病みあがりだもんな。
じゃあ、飯の時間に!
ジャケットの肩に乗った雪を払いながら、ホテルの玄関のドアをくぐる。
夏海達と広場で別れて、輝さんと2人部屋に戻る。
スタスタスタ。
輝さんが後ろをついてくる。
私は髪をおろしながら輝さんにひと声かける。
「輝さんも、私に気にしないで大浴場行って?」
「は、はい.......おひいさん」
歯切れの悪い輝さん。
修学旅行最後の日だもんな。
一緒に入れないのは確かに寂しいか......?
私は笑顔で振り返り、冗談をひとつ。
「それじゃ、狭いけど一緒に入る?っ.......」
「入ります!!!!!!」
輝さんの目が蒼い炎を宿していた。
なーんて♪
と続けようとしたけれど、その目と声にそんな事は言えなくなって
しまった私だった。
しまった.......。
正しく墓穴を掘った。
笑顔で固まる私。
ズイズイと、バスタオルと着替えを用意してくる輝さん。
「さあさ、おひいさん。早く入らないと体が冷えてしまいますわ」
「.......は、はい」
私はそうとしか言えず、バスルームのドアが閉まった。
──ザブリ
バスタブにお湯を張り体を沈める私。
輝さんが目の前で体を泡に包んで洗っている。
これで、なんとかちょうど2人入れた。
この狭い空間で2人というのも妙な感じだ。
輝さんの肉感的な体が、より強調されるような気がした。
私は体の泡を流す輝さんの体を、マジマジと見ていた。
自分が招いた状況だけど、ここぞとばかりに。
「輝さん、いい体してるね~♪」
「お、おひいさん!?」
「色んな意味でいい体してるね~」
「色んな意味で!?」
ザバア!
バスタブから出た私は、輝さんと交代する。
だけど、輝さんが湯船に浸からずに私の後ろに回る。
「お背中流しますわ、おひいさん」
「いや、いーよー輝さんって、うひゃっひゃっ♪」
私の体を、たちまち泡が包んでいく。
スルスル
スルスル
モキュモキュ♪
て、輝さん、手で洗ってる!
背中を
腕を
首筋を
「うひゃっ、ひゃっ、くっくっくっ!」
モキュ♪
モキュ♪
モキュ♪
「おひいさんは、結構くすぐったがりですわね?」
首筋に熱い鼻息を振り撒きながら、輝さんが呟く。
手は止めずに。
やられたい放題の私だった。
だけど私の背中が泡に満たされて、輝さんが手を離す。
「はい。残念ですがお仕舞いですわ。これ以上は理性が持ちませんから」
輝さんのハンドソープから解放されて、笑いも収まりホッとして体の力が抜ける。
力が抜けてグニャグニャの体で、輝さんを涙目で見る私。
「.......いけませんよ?そんな顔を見せられては......」
私を見た輝さんがそんな事を呟きながら、グラリと体勢を崩した。
頭に血がのぼったのだろう。
輝さんの体を支える私。
「だ、大丈夫ですわ、おひいさん......。少々、自分を見失っただけで.......。どうぞ、湯船にお浸かり下さい」
ほんとかなあ?
輝さんの細い目つきからは、判断しづらい。
一昨日の晩もだけど、輝さん案外意識飛びやすい?
まあ、湯船に浸かりながら様子を見ればいいか......。
ザブリ♪
ザブリ♪
うん?
一個多くない?
っっっっっっ!!!!!!
輝さん!!!!
アッサリと私の背後に回った輝さんは、私と一緒のタイミングでバスタブのお湯に体を沈めたのだった。
本当にさりげなく。
まばたきする間に。
忍者か、貴女は.......。
「.......輝さん怒るよ?人が心配してるんだから」
「もしもの時は、おひいさんに頼みますわ」
私の肩口に顎を乗せて呟く輝さん。
腰に回した両腕で私を抱き寄せながら。
甘える比率が高くなったなあ.......輝さん。
最初の頃より比べたら。
私は片手を上げて、輝さんの頭を撫でる。
「仕方ない。あんまり興奮しちゃ駄目だよ?」
「お、おひいさん......♪」
スリスリ
フニフニ
と、顔を擦り付けてくる輝さん。
「おひいさんは優しいですわ」
「甘いだけだと思うけどね?」
「そんな事ありません。そして柔らかいです」
「どこが!?」
「可愛らしくて、フニフニしてて。肉感的ですわ」
「だからどこが!?あと、肉感的なのは輝さんだからね!?」
水着で水風呂に一緒に入った時より、肌と肌の密着度は凄かった。
(そりゃ裸だもんな)
私は少しくすぐったがったけど、輝さんは体を離してはくれなかった。
私の柔らかさを堪能しているようだった。
──ガヤガヤガヤ
大宴会場での食事を食べ終えて、ジャージ姿で部屋に戻ろうとする私達。
夏海と見文に、この後どーする?
と聞いてみたところ。
「やめとく。見文と2人でゆっくりする。邪魔すんなよ?日衣心」
し、しないし!
.......ごゆっくり!
見文の手を引いて部屋に消えていく夏海。
その姿を見送って、輝さんの顔を見る。
「戻ろっか。って、ああ!」
「どうしたんですか?おひいさん」
お土産物を買うのを忘れていた。
弟の翼の顔が不意に浮かんだのだ。
私の彼女の輝さんに惚れてしまった、哀れな弟。
「せめて、お土産物は忘れちゃいかん!」
「は、はい!?」
(忘れていたけど)
輝さんの手を取り、ロビーのお土産物コーナーを物色する私。
「しかし、何がいいんだろうか......」
キーホルダー。
木刀。
男の子だもんなあ......。
「おひいさん。私から弟さんに」
輝さんが見繕ったのは、フルーツタルトだった。
なるほど。
消えものでもいいな。
しかし、輝さんからのみやげなんて喜ぶだろーなアイツ。
不憫な.......。
「うん。私も無難に消えものにしとこう」
蕎麦セットを会計して、輝さんと2人今度こそ部屋に戻る。
夜を迎えて、外の暗闇からロビーの照明が守ってくれている。
少し怖くて、暗がりの雰囲気の廊下を渡って部屋に戻った。
「もういい時間ですわね。おひいさん」
「うん。寝よっか。ありがとう輝さん、お土産物見てくれて」
「いえ」
「電気消すよー。最後の夜だけど、あっけないもんだね」
「はい。また学業の毎日ですわね」
「はははは。やだなあ。とも言ってられないんだね」
「そうですわ、おひいさん。来年には卒業ですわ」
「.......早いねえ。輝さん」
「はい」
「一緒の大学行かない?」
「......おひいさんがよろしければ」
「まあ、私がめっちゃ勉強しなきゃならないんだけどねw」
「そこは頑張って下さいまし」
「あはははは。教えてね」
「おまかせください。.......その.......」
「.......?」
「え、と、その」
「どしたの?輝さん」
「!!その......!そちらに行ってもよろしいですか?」
ああ、なんだ。
そんなこと。
色々マヒしているような気もするけれど、初日寝ぼけたとはいえ私は輝さんのベッドに潜りこんだ前科もあるしね......。
「いいよ。おいで」
電気の消えた暗い部屋の中、輝さんの背の高い人影がうっすら近付いてきて、私のベッドのシーツに擦れる音がする。
輝さんが、手をついたようだ。
「失礼します」
ひと声かけて、輝さんの体がベッドに入ってくる。
私より足をもっと下に出して、私の胸の位置に顔を持ってくるぐらいの寝かたをする輝さん。
ひょっとして......。
「あ、頭を撫でてはもらえないでしょうか?......おひいさん」
「今日は、甘えるねえ?輝さん。いいよ、撫でてあげる」
「寂しかったのです。おひいさんが熱を出した日に1人で寝ていて」
もう乾いている輝さんの頭を優しく撫でる。
すると、輝さんの細い目が気持ちよさそうにさらに細くなる。
スースーと息を立てて、落ち着いていく輝さん。
野性動物のようだ。
「一緒に寝たの1日だけなんだけどねwたかだか三泊なんだけどな。輝さん、結構寂しがり屋だったんだねえ」
「.......。そうかも知れません。幼い時は自覚する事はありませんでしたが、おひいさんと出会ってからは、そうだと分かりましたわ.......」
「輝さんの頭を撫でてると、幼稚園の時の翼を思い出すよ」
「そうでした。お姉さんでした。おひいさん」
「そのせいもあるかもね」
「撫でられてると気持ちいいですもの」
「襲っちゃ駄目だよ?」
「とんでもない。意識を飛ばないようにするので精一杯ですわ」
「あははは。初日はごめんね?」
輝さんの頭を撫でて、長い黒髪をすいてみる。
暗さで見えないけれど、綺麗な髪。
さわっているこちらも気持ちいいものだ。
うっとりとして、うつらうつらと寝そうになってきて──
ガチャリ
「あら、また何してるののかしら?」
うげえ。
忘れてた。
見回りの女史の先生だ。
「申し訳ありません先生。私が少し寝つきが悪かったものですから、塚良さんにみてもらってましたわ」
「あらそう、またかしら?仲が良いのは結構ですけど、病みあがりなんですから、温かくなさいね」
「はい、先生」
ガチャリ。
女史の先生が去っていった。
こ、これ、けっこうOKなの?
「くっくっくっ」
「うふふふっ」
2人で笑いをこらえる私と輝さん。
「目が覚めちゃったねえ?」
「夜は長いですわ、おひいさん」
私の胸に顔をうずめる輝さん。
その頭をまた撫で始める私だった。
続く