初滑りにて
う~あ~。
生あくびが止まらない。
それもそのはず、一晩中輝さんとくっついていたから。
寝れるはずもない。
いや、完全に自業自得なんだけど。
「柔らかかったなあ.......」
昨晩の不眠と引き換えの感想。
「柔らかかったんですか?」
「うん。フニフニしてた」
..........。
隣から私を覗き込む輝さん。
うかつにも答えてしまった私。
ジーと、私を見続ける輝さん。
「輝さんや。何でもないから滑ろうか?」
「はいな。おひいさんや」
白山の下の下。
大分緩やかな傾斜のゲレンデに、私達はいた。
白い雪の床に光りが反射して眩しい。
なるほどゴーグルが要るわけだ。
だけど爽快な景色だ。
昨晩の記憶に浸っていたのを停止して、私は滑り始めた。
「ひゃん!」
ずべし。
お尻から着地して、ずるずると滑ってすぐに止まる。
あんまり痛くはないけれど冷たい......。
「おひいさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。お尻冷たいだけだから」
輝さんも滑りたいだろうに、私を気遣って止まってくれる。
私は、ゆっくりやってるからいいよ。
と輝さんを先に行かせて、ゆっくり立ち上がる。
「んじゃ、もいっかい.....スキー板を八の字にして......」
スルリ
スルリ
と、スキー板が滑り始める。
私は内腿に力をいれて、速度が出過ぎないように調節する。
左足で踏ん張って、左を向く。
少しづつ左に曲がっていく。
「お、おお。曲がれるようになったよ?」
スルスルスル
あっ。
やっぱ怖い。
加速する自分に耐えられなくなって、後ろに尻もちをつく私。
ふむ。
こけ方は、完全マスター出来た気がする。
安全第一。
ゲレンデの下の方を見てみると、輝さん達が小さく見える。
こけて進んでいくのも別にいいんだけど、はぐれるのは不味い。
ベタに遭難とか、ホワイトアウトとか。
いや、めっちゃいい天気なんだけど。
ビビった私はスキー板を外し、板を担いでエッホッホッと下に降りていった。
ズボズボと、靴が雪にめり込んで歩きにくかったけど。
暑い。
雪上の光の反射も加えて、この動きにくさ。
スキーウェアの中は、汗でびっしょりになった。
「輝さ~ん」
「おひいさん!?担いで歩いてきたんですか?」
「うん。合流、間に合わないな~と思ったから」
「今、暑いでしょう」
「うん。でも今日の滑る時間は、もう終わりでしょ?」
「計算ずくでしたか。では、ホテルに戻りましょう」
ヘラっと笑う私に、苦笑で返す輝さんだった。
受付でレンタルしたスキー用具を返却して、ツラツラとホテルへと帰っていく。
ぶるり
なんだか、冷やっこくなってきた。
早くお風呂入りたい。
「そうですわね。早く汗を流したいですわ」
そう言った輝さんの目がギラついて見えたのは、気のせいだろう。
そう思いたい。
──かぽーん
うん。
いいお湯だ。
着替えの時も今も、輝さんの熱視線は余り気にならなかった。
頭がぼんやりして心地よくて。
「いいお湯らね~」
でも、今日のお湯熱くない?
なんか、自分の体をうまく動かせない。
輝さんが、ハッとした顔をしている。
せっかくのお湯なんだから、リラックスしないと駄目だよ?
輝しゃん。
「おひいさん!しっかりしてください!」
隣の輝さんの声が近いのに、遠くから聞こえる。
お湯に沈みかける私を、肩から担いで輝さんが移動する。
湯船がバシャバシャと音を立てて。
?
あれ。
なんか結構大変な事になってない?
途絶えていく私の意識が、かなり他人事のような事を考えていた。
──「それではお願いします」
輝さんの声がドアの閉まる音と共に遠のいていく。
湿った空気で満たされた、静かな空間。
私達の部屋じゃなかった。
私は、ベッドで寝かされていて、近付いてくる影を見上げた。
「気付きましたか、塚良さん」
「せ、先生?ここはどこですか?私は?」
「ここは、予備で借りてある部屋よ。貴女、意識を失って豪松陰さんに運んでもらったのよ。体も拭いて、服も着せて。いい相棒ね。ちゃんとお礼しなさい?」
えっ。
すっぱだかの私を世話してくれたのか、輝さん!
悪い事したなー。
いや、輝さんも悪い事したかなー?
前もこんな事あったな。
のぼせたんだっけ。
「貴女、風邪よ。湯あたりじゃないわ」
ええっ!
湯あたりじゃない!?
この頭熱いのって!?
「ええ。おそらくインフルエンザではないわ。一晩寝て熱が下がらないようなら、下の町の病院に連れていくからね?」
「ノ、ノウー!せっかくの修学旅行で風邪引くなんて!!」
「まあ、気合いで治しなさいな。また見回ってくるから、大人しく寝てなさいな」
カチャリとドアの閉まる音と共に部屋の電気が消されて、視界が暗闇で覆われる。
側にある加湿器の音だけが寂しさを和らげてくれる。
「あー最悪」
輝さんにちゃんとお礼しないと!
自分が情けない。
お礼。
輝さんにお礼。
何したらいいの......?
なんか、モヤモヤしてきた。
いかん。
熱があるとは言え、頭の中身がピンク色に染まっている。
普通!
普通のお礼でいいんだって!
いや、でも輝さんも......。
しかし!
しかし!!
モヤモヤというか、モンモンというか、永遠とこんな事を考えていたら、余計に熱が上がってしまって、意識がゆっくりとブラックアウトしていって。
加湿器の音も聞こえなくなって──
──完全に闇の中に落ちた私だった。
続く