30分早い待ち合わせ
──シャア!
「ど、どうですかね?」
「うん。ヤッパリ塚は可愛いの方がニアウよ!」
試着室のカーテンを開けて私の服装を見て、アンナ先輩が満面の笑みでサムズアップする。
輝さんとのクリスマスデートに向けて、やっぱり特別な1日にしたいなあとの事で、輝さんに内緒でアンナ先輩にコーディネートしてもらっていた。
「その......色もこれでいいでしょうか?」
「バッチシよ塚!ミニっ娘の可愛いらしくても、明るすぎない色で大人びた印象も倒錯して......こう。こう.......オイシソウ」
「あ、ありがとうございます。でも、何かしたら花知華先輩に言いますからね?」
百合の先達であるところのアンナ先輩。
その人から見てそういう評価ならば、間違いはないのだろう。
アンナ先輩の、丸い眼鏡から覗くヘビの様な視線に後退りはするけど.......。
輝さん、気に入ってくれるかな?
「大丈夫!テルもタマラズ襲ってくれるよ!TPOも大事だけど、フンイキ、フンイキ♪」
「.......大丈夫ですよね?」
違う方向で、ちょっと心配になってきた
輝さん。
輝さんの理性を信じてるからね?
「サイシュウテキに理性とばさなきゃイケナインですけどね?」
「見も蓋もない.......」
「アッハッハッ!!2人見てたら、まだハヤイから大丈夫ヨ!塚♪」
肩を組んで豪快に笑うアンナ先輩。
やっぱり花知華先輩のパートナーって感じ。
なんかスケールおっきい。
あっ、そうだ。
もうひとつ相談しとかなきゃ。
「アンナ先輩。それとあのー。コンサートの演奏時間なんですけど。2時間ぐらいですよね?そのー、休憩時間とかありますか?」
「オウ。合間に15分グライ挟むよ?塚、ドシタ?」
「いや、その」
「?」
分からないけど、言ってごらんと優しい目をするアンナ先輩。
私は恥ずかしいけれど、ずっと気にしている事を言ってみた。
「.......その。私、トイレ近いほうなんで......」
「アアッ。気づかなくてゴメン塚。大丈夫。気にしなくていい。途中で席を立つのも、コッソリ行けばイイ」
「.......アンナ先輩」
この話し。
以外と親しい人でも言いづらかった私。
輝さんにも言えてない。
だからアンナ先輩が、真面目に答えてくれてかなり嬉しい。
「.......デモネ塚」
けど感激したのもつかの間、アンナ先輩の目がまた細くなって、捕食者の色を帯びた。
「それはそれでいい」
「ひぃ」
なんで、そこだけ日本語のイントネーション普通なんですか!
舌舐めずりされて、思わず悲鳴が漏れた私。
改めて、肩を組まれた手を払い、アンナ先輩から距離をとる私。
アンナ先輩は満面の笑みで断言する。
「ケッテンも魅力のヒトツよ塚!輝もワカルはず!」
「違う!私の輝さんはそんな変態じゃない!」
──なんて事が、3日ほど前にあったりして。
今日が24日のクリスマスイブの当日な訳で。
今日になるまで、あっという間だったなあ。
アンナ先輩に色々してもらったけれど、やっぱり
どうなるだろう?
いい日にしたい!
このふたつが頭の中で常にグルグルと回っていた。
期待と不安で、この3日間の記憶が定かじゃない。
ただ輝さんが「明日、楽しみですわ」と言い、「わ、私も」と返したのだけは覚えてた。
待ち合わせは、会場のある駅の構内で落ち合わせる。
別に一緒に来ればいいんだろうけど、なんというか......現地で待ち合わせした方が特別なデートっぽいかな?
って、思って30分前に到着してる私だった。
うん!
我ながら気合い入れこみ過ぎ!
けど、入らない訳にはいかない。
それぐらい今日を大事に思ってる。
最近は暖冬で雪も降らないけれど、それでも12月の日が落ちた外の空気は寒かった。
コートのポケットに手を入れて暖める。
「おひいさん!」
駅の向こうの構内から私しかいない呼び名が聞こえた。
私は振り返る。
確認をするまでもなく、輝さんの声。
小走りで駆け寄ってくる姿。
ああ。
その姿を見て、輝さんも気合いが入っているのが分かった。
背の高い輝さん。
もちろん綺麗な大人びたシックなコーデが似合うのだろうけど、今日の輝さんは、それに甘んじてなかった。
白地に小さな青の花の柄のスカート。
ベージュのロングのダウンコート。
くすみホワイトのショートブーツで白のトップスに合わせていて、スカートの花柄から拾ったブルーのバッグで合わせていて。
淡い色合いなのに、色に統一感を出していてるから、見事に儚い印象だけが残っている。
ザッ!
と、私は頭に浮かんだけれど。
声に出たのは呆けたように、ただ一言だけだった。
「輝さん、綺麗.......」
「あ、ありがとうございます」
輝さんは、そう答えながらも目は私に向けて離さない。
そのキラキラした視線を受けて、少し眩しい。
「可愛いです。可愛いですよ!おひいさん。いけません。可愛いらしさの中に静かな色調で合わせられたら.......」
アンナ先輩に見繕ってもらった、勝負服。
好評のようで、2回続けて可愛いが出た。
良かった!
「解説するのも野暮ですが、失礼しますおひいさん。ああっ、手をこんなに冷やして。待たせ過ぎましたね」
私の両手を両手で握る輝さん。
暖かい.......。
「グレーのニットのワンピースに、黒のショートブーツ。丈の短いネイビーのダッフルコート。合わせて白のモヘアバッグ。可愛らしい組み合わせに、シックな色を合わせてこられたら.......もう.......たまりません!私に何をさせるつもりですか!?」
「はははっ.......お、おう」
輝さんの目が妖しく光る。
3日前に見たアンナ先輩とおんなじ捕食者の目だった。
成功は成功だったけど、輝さんが入れこみキツくなっちゃった。
TPO、TPO。
どうどうどう輝さん。
「て言うか、輝さんも早すぎの入れこみ過ぎ!」
「おひいさんも早すぎですわ?30分前ですわよ?」
待ったー?今来たとこー。
じゃないな、無理がある。
「んじゃ、ちょっと早いけれど会場入りしちゃおうか?輝さん」
「ええ。寒いですから中に入って暖まりましょうか」
駅のここから歩いて、15分。
タカノシアターという会場だ。
行く先には、イルミネーションの施された道が。
赤色やら黄色やら青色やらで、夜だけど眩しく私達を照らしていた。
おっと。
これじゃ歩けない。
「輝さん。手、暖まったよ。お先♪ありがとう」
「どういたしまして」
両手を離した輝さんが、片方の腕で輪を作る。
私は、その腕に自分の腕を組んで輝さんの横に立つ。
そして私達は、15分の片道をゆっくりと歩いていく──
続く