謝罪と弁明
む~、朝だ。
目覚ましのアラームを止める私。
私は、朝のこの意識がどちらとも判然としない、ぼやーとした感覚が、どちらかというと好きだ。
意識がはっきりしてしまえば、とかくこの世は世知辛い。
昨日の、輝さんの恥ずかしそうな、赤くなった顔を思い出した。
目が一発で覚めた。
あー、恥じらう輝さん、可愛いかったなあー。
こんな事を輝さんに対して思うのは、不埒である。
なんか、顔が熱くなってきたか、顔を洗おう.......。
パシャパシャパシャ。
一階に降りて、洗顔する。
やっぱり、自分の顔が赤くなっていたのが、洗面台の鏡で分かる。
気になっていた女性だけど、ちょっと気にしすぎだ。
なんにも考えないようにして、朝食をすまして登校の準備を済まして、玄関でローファーをはく。
バタバタと、後ろから弟の翼がランドセルを背負って狭い玄関で、私を追い抜いていく。
「ねーちゃん、遅いよ。とろとろして、天然さんじゃないんだから!」
「な!そーかも知れなくて気にしてる事を!姉に対してその口の聞き方!帰ったら覚えてなさい!」
小学6年生になった弟の翼は、日に日に生意気になってくなあ。
弟も可愛いもんだけど、姉妹ってのも憧れるなあ。
姉弟で育ったから、私も男っぽいとこあるもんなあ。
夏海と見文には負けるけど。
チリリンと自転車に乗って、登校ルートを走る。
もう10月だけど、風がやっと涼しく感じる気候だ。
地球温暖化っていうけど、灼熱化ってぐらいの体感だけどなあ。
四季なくなるんだろな、多分。
そんな事をつらつら思いながら、前に輝さんの姿が見えた。
やっぱり初めてその姿が目に止まった時の様に、凛とした佇まいで、登校の同じ制服を着た生徒の、雑踏の中から、輝さんは見て取れた。
.......どうしよう。
いや、考えちゃ駄目だ。
勢いのまま声をかけよう。
「お、おっ、おっはよー♪輝さん!」
「.......お、おはようございます」
輝さんは、顔と体はこちらを向きながら、目だけが逸れていた。
私も、かなり詰まってしまった。
1日たったら大丈夫かな?
と、思ったのに!
「て、輝さん、いつも徒歩だっけ?この時間って会うの初めてじゃない?」
「はい。たまにこの時間で一緒になる事はありましたけど、声をかけてもらうのは初めてです」
「あ、あー、友達になるまでも、あったね」
「はい。凄い熱い視線で......」
「あ、あー、」
少し無言になる、私達。
自分の言動で、穴があったら入りたい。
ま、まだだ.......!
「い、いやー輝さん、凄い綺麗だから!いや、姿勢とか凛としてて!皆の中にいても、1人だけ目に飛び込んでくるというか!ていうか......」
「あ、ありがとうございます........」
喋れば喋るほどドツボだった。
輝さんは下を向いてしまったけど、耳が凄く赤くなっている。
私も、口を真一文字に結ぶ。
目の前に、小学生の低学年の男の子と女の子が横切る。
「はい、こうじ君あ~ん♪」
「むぐむぐ。はい、マリちゃんありがと~」
ランドセルを背負って、クロワッサンを食べさせているシーンが目の前で広げられた。
うん、そうだよね。
誤魔化しちゃいけないよね。
というより、これ以上は気まずくて死ねる。
私は意を決して口を開く。
「輝さん、昨日はごめん!衛生的にどうかだし、この年齢であーん♪てのも、そのカップルみたいな事して......」
「........いや、その。嫌じゃなくて.......嫌じゃなかったです」
「だから、ごめん.......って、ええ!?」
予想と違って、肯定が反ってきて思わず聞き返す私。
そんな、顔を朱に染めて顔をそらしながら、恥ずかしそうに肯定されると.......。
「よかったんだ?」
「......はい」
「どんな気持ちだった?」
「......恥ずかしかったです」
「恥ずかしかったのに、よかったんだ?」
「は、はい.......!」
──「おー、日依心。おはよー」
「おはよー、っておお!豪松陰さんも!おはよー」
.......はっ!!
夏海と見文!
私は何を!?
我に帰って、私はキョロキョロとした。
輝さんと、夏海と見文が挨拶をして、喋りながら前を歩いていく。
ぼーぜんとしながら、立ち尽くしていると、
「何してんのさ、日依心。おいてくぞー」
3人とも、こちらを向いて笑顔で手招きする。
輝さんの顔を除くと、笑っていた。
.......けど、耳は赤かった。
私の中の何かを起こしそうになった、輝さんのその笑顔を見て、私は独り言をつぶやく。
「私もアレかも知れないけど、輝さんもけっこう魔性だと思う」
まあ、気まずさは、クリアしたからいいかと思い直し、自転車を押しながら、待ってよー!
と、3人を追いかける私だった──
続く