CASE.41 ロベリア嬢は俺が見る限り一人でも生きていくことができる類の人間だ。誰かの助けを借りずとも生きていける……あまり依存し過ぎてロベリア嬢を苦しめることがないようにな。 by.サピロス
七罪魔天と呼ばれる七体の魔物が存在する。
かつて、ベアトリーチェによって初代国王の治世に封印された厄災規模の七体の魔物だ。
傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲――七つの大罪の名を冠する魔物の総称だが、その出自はバラバラで、冠する感情が必ずしも根源となっている訳ではない。
《傲慢の大罪》はかつてアダマース王国に統合されたスプランドゥール教国で崇められていた聖獣で、当時は光をもたらす聖獣で王権の象徴でもあった。
戦乱の中で信徒達が虐殺され、その無念が収束された結果、七罪魔天の一体として現世に受肉を果たす。
元々が聖獣であったことから堕天の光と呼ばれる力を使うことができる。
《憤怒の大罪》はかつてアダマース王国に統合された砂漠の国ワスティタース王国で恐れられていたドラゴンだった。
天地を覆い隠すほどの巨体を持ち、水を閉じ込めて旱魃を起こす力を持っていたこの邪龍は砂漠の国の第七王子によって討伐された。
その骸は長らく放置されていたが、人々の憤怒の感情によって七罪魔天の一体として復活を果たす。
《嫉妬の大罪》は深淵の捕食者と呼ばれる空飛ぶ鮫を従えた巨大な空飛ぶ鯨だ。
元々は白鯨と呼ばれる現ハーバー領沖合に棲まうアルビノの鯨だったが、人間の嫉妬の負の感情の塊である深淵の使徒を喰らう中で負の感情を溜め込んだ結果、七罪魔天の一体と化した。
《怠惰の大罪》は自身の羽から生み出された灼熱の使徒と呼ばれる小さな火の鳥を引き連れた巨大な火の鳥だ。
後にアダマース王国国王となるアダマース領君主と激戦を繰り広げた隣国フェゴ公国のイグニース砦を死守していた守護者の火の魔法使いを核として誕生した七罪魔天の一体で、その国で恐れられていた悪魔フェネクスを模している。
《強欲の大罪》はアダマース君主国と敵対したトニトゥルス王国の大臣で、元魔物研究の第一人者だった男が核となって誕生した七罪魔天の一体である。
魔物の根底に負の感情と魔力の融合があることを発見していた小国の大臣は、瘴気の沼の液などの材料を使用して自身を魔物化させる薬を作り上げる。その禁忌の薬で自らを魔物化させ、その力で護国を成そうとしたが、負の感情を制御することはできず、小さな蜘蛛型の魔物へと変化してしまった。
辺りの魔物に憑依し、更に魔物を取り込むことで巨大な蜘蛛の形を成すが、本体の小さい蜘蛛を消滅させない限りは何度でも復活する。
《暴食の大罪》は外宇宙から飛来した異界の嵐と慈雨の神の成れの果てが核となった三頭犬を模した七罪魔天の一体である。
世界の壁を超える中でその身を焼き尽くされ、神核のみとなったバアルゼブルは、エーデンベルク付近の山の民の神聖魔法の使い手の巫女によって保護され、巫女達が信仰していた冥界を守る神ケルベロスの名を与えられ、再覚醒を果たす。その後は巫女と山の民を庇護していたが、アダマース領君主との戦いで山の民が次々と殺され、絶望した巫女が闇堕ちによって魔人となった時に同時に闇に呑まれ、その後、巫女と融合して誕生した。
《色欲の大罪》は経国傾世と謳われたツィノーバァロート王国の姫が核となって誕生した七罪魔天の一体である。
アダマース君主国との戦争で敗北し、敗戦国の王女として兵士達から様々な辱めを受け、男達の色欲によって殺害された。その膨大な色欲によって死体が変化し、女悪魔となった。
唯一明確な自我を持ち、高い魅了系洗脳能力を持つ。自分を殺害した者に取り憑き、新たな《色欲の大罪》へと変化させる力があるため、浄化する以外に討伐する方法はない。
例え、女悪魔を殺した者が男であっても、女悪魔へと変化させることができる。
かつてベアトリーチェが命を賭けて封印された彼らは戦争によって生じた濃厚な負の感情によって再覚醒し、封印を破って各地で復活を遂げる。
◆◇◆◇◆
反王国派貴族連合の本陣はマリーゴールド公爵領にある領主邸に置かれた。
元々は各貴族がそれぞれアダマース王国と敵対するように始まった対立だが、それぞれの貴族が綿密に連携するために反王国派の貴族が話し合いを重ね、この対立のそもそもの発端となったマリーゴールド公爵の領地に本陣を置くことが適切であると満場一致で可決したのである。
マリーゴールド公爵領には、反王国派の急先鋒セージ・ネーベル・マリーゴールドを始め、サピロス・アステリズム・コランダム元王国近衛騎士団騎士団長、ベリル・ビクスバイト・エスメラルダ元アダマース王国宰相、ヴァーミリオン・レグルス・カーバンクル侯爵などの有力者達が大勢集まり、その顔触れの中にはヘリオドール、アクアマリン、スカーレットなどのロベリアの学友達の姿もあった。
反王国貴族連合はこの四巴戦争で戦いを有利に進めている。
ガブリエル・マルティン・ルミナスを中心とする神聖至高天教団の戦力とも早い段階で同盟を組み、至高天教団とアダマース王国の両陣営を敵と定めた反王国貴族連合は各地の戦闘で両陣営からの多くの離反者を獲得し、更に力を肥大化させている。
王国派や至高天教団派の旗色は悪く、近いうちに両軍の戦力は底が尽きるとセージ達は読んでいた。両陣営とも頑なに負けを認めず、戦争は長期化する可能性は高いが、少なくとも負けることは無いだろうという見解で一致していたが、戦争の中盤になって第五陣営――空飛ぶ海賊船の出現によって、戦争はセージ達の予測を大きく逸脱したものへと変わっていき、光明が見えて少し気を抜いていたセージ達も気を引き締めざるを得ない状況に陥っている。
空飛ぶ海賊船は依然として無差別攻撃を仕掛けている。幸にして死傷者は出て居ないが、アダマース王国の貨幣を爆弾として使用するという奇策はアダマース王国を本当の意味で破滅に追い込み兼ねないとんでもない作戦だった。
反王国派の魔法戦力で空飛ぶ海賊船を落とす作戦を幾度となく決行したが、対空戦術を持たない反王国派では空飛ぶ海賊船を落とすことはできなかった。
そんな中、反王国派の本陣に新たな報告が入る。
「報告致します! マリーゴールド公爵領領内に魔物が大量に出現しました! 中には巨大な蜘蛛の形をした魔物の姿も確認しております! 現在、魔物の群れを発見した魔法師小隊が迎撃している状況でございます。いかがなさいますか」
「巨大な蜘蛛だと……まるで、大聖女ビーチェによって封印されたという《強欲の大罪》のようではないか。確かに、マリーゴールド公爵領には奴が封印されたという祠が存在したが……もし、仮にそれが事実としたら小隊ではどうにもならない! 小隊には順次撤退するように伝令を伝えよ。……どうなさいますか、皆様。いずれにしても《強欲の大罪》が復活したのであれば、我々全軍で相手しても勝機は薄いですが」
「並の魔物なら魔法攻撃で十分に倒せますが、《強欲の大罪》クラスとなれば聖女の持つ神聖魔法でなければ浄化は厳しいでしょう」
ベリルの意見に、セージも首肯をもって同意する。
「或いは、ロベリア嬢の浄化の力か。……実際、俺も剣を交えたがロベリア嬢の強さは別格だ。彼女から《強欲の大罪》を浄化することも可能やもしれん」
「だが、私の可愛い娘はどこぞの愚王と邪教に嵌められて行方不明だ。……まあ、仮に居たとしてもロベリアを前線に立たせるつもりはないがな。……というか、サピロス殿! ロベリアと剣を交えたといったな! まさか、ロベリアに傷を!?」
「いやいや、俺達が逆にコテンパにされただけだからな! ……マリーゴールド公爵、アンタの気持ちは分からない訳ではないが、ロベリア嬢を過保護にし過ぎるのは良くないと思うぞ。ロベリア嬢は俺が見る限り一人でも生きていくことができる類の人間だ。誰かの助けを借りずとも生きていける……あまり依存し過ぎてロベリア嬢を苦しめることが無いようにな」
サピロスの言葉にセージは憮然とした表情を浮かべた。
セージ自身、本当はロベリアがとっくの昔に独り立ちしていることを理解しているのだ。それでも、ロベリアを溺愛しようとする自分はロベリアに甘えているのではないか……そういう思いはセージの中にもあった。
だが、それをセージは肯定したくない。彼にとって、今でもロベリアは大切で可愛い娘なのだ。その彼女が自分の手を離れるなど考えるだけで恐ろしい。
「いずれにしても、聖女リナリアの力を借りずにこの戦いを乗り切ることはできないでしょう。……それに、《強欲の大罪》以外の七罪魔天が復活しているやもしれません。早急にリナリアをこの場に召集すべきでしょう」
同席していたガブリエルは、たった一人神聖魔法の使い手であるリナリアは当然、戦場に立って七罪魔天と戦う義務があると考えていた。
リナリアの気持ちなど何一つ考えないガブリエルの物言いに、アクアマリンとスカーレットは揃って殺意の篭った視線を向ける。
そんな今にも暴発しそうな二人をヘリオドールは蒼白な顔でビクビクしながら見つめていた。
「……リナリアさんにはわたくしからお話ししておきますわ」
光明が見えたと喜ぶガブリエル達を尻目にアクアマリンとスカーレットは本陣を後にし、二人を追うようにヘリオドールも本陣を去る。
二人の目には「友であるリナリアを絶対に神聖至高天教団の道具にはしてはならない」という並々ならぬ覚悟が込められていた。
――そして、戦争は最終局面に突入する。
――復活したアダマース王国の負の遺産とロベリア達の戦いへと……。
大人達の思惑に振り回された子供達の反撃の狼煙が上げられ、ロベリアとリナリアを慕う者達の本当の戦いが幕を開ける。




