攻略対象と悪役令嬢の卒業式
「卒業パーティー?」
スタンとのお付き合いをはじめて数ヶ月。相変わらずスタンがお店にやってきて一緒にお茶をするだけで、私たちに特に進展はない。
「ええ、卒業式のあとに。今年は俺と参加してくれませんか、ギルバートはフィービーさんと参加すれば良い」
「うーん、自分の卒業ならいざ知らずフィーちゃんがパーティーなんか行くかしら」
学園のパーティーってそんなに食事も美味しくないし。
「略装で良いし、敷居が低いと思うんですよね」
「まぁ、ギルはフィーちゃん着飾らせたいだろうけど」
行くかなぁ?何か新しいレシピで釣らないと無理じゃないかしら。
「貴女と一緒に行きたいです、盛装と違う着飾った美しい姿を見たい」
「あら、貴方たまに良い台詞入るようになったわね」
「…貸して頂いた大量の恋愛小説のおかげさまで。それで、パートナーとして参加していただけますか?」
「そうね、良いわよ。そういえばエスコートしてもらうのって初めてね」
スタンとはたまに夜会で会った時に踊ったことがあるくらいだわ。
スタンが嬉しそうにドレスを用意させて欲しいと言ってきたので、あまり派手じゃないやつねって頼んで了承した。
「ねぇねぇ、恋敵に向かってワインばしゃってやつあるかしら?定番よね!」
「はぁ?そんなの見たいんですか?」
「欲を言えば体感したいわね!」
「……公爵家ご令嬢のあなたに誰がワインを?」
「無理ね」
私ワインかける側だったわ。そんなことしないけど。
「その、物語と現実を混ぜて考える所は改善すべきですよ」
「分かってはいるのよ。長年こうだったから、気を抜くとすぐ口から出ちゃうの」
「そうですか。まあ俺と居る時に気を抜いてくれるのは嬉しいですけどね」
「………」
たまにくる良い台詞はきゃー!ってときめくけれど、ぽろっと漏れ出たような台詞の方が心臓に悪いことをここ数ヶ月で知った。
「ドレスは当日までに届けますね。パーティー含め、卒業前の準備で忙しくなるのでしばらくこちらに顔を出せそうにありません」
「そうなの?大変ねぇ」
「美味しいケーキを食べられないのも、あなたに会えないのも残念ですが。パーティーを楽しみにしていますね」
「ふふ、ケーキはたまに生徒会室へ届けて貰おうかしら」
直接デリバリーは、もう学園生じゃないから無理ね。
ちょっとだけ物足りない日々を過ごして、パーティー前日にスタンからドレス一式が届いた。
ギルが贈ったフィーちゃんの分と一緒に開封していく。
「高そうなアクセ。すげぇ」
「フィーちゃんの物も結構なお値段よ?」
「マジすか?私のには石とかついてないのに。全然わかんないなー…うわ、ドレスめっちゃギルの色」
独占欲の強いギルは予想通り、全身ギルの瞳の色が至る所に入っている。
「愛されてるわね♡」
「いやこれ恥っず…まあいいか、ギルが喜ぶなら」
「私先に入場して、ペアな衣装のギルとフィーちゃんが入場するところが見たいわ!べったべたにくっついて入ってきてね、きっと素敵よ~♡」
物語なら絶対挿絵が入るところね!
「姉様がべったべたにくっついときゃいーじゃないすか。あ、姉様のドレス白だ。可愛い」
「そうみたいね。白なんて着たことないわ」
「濃い色ばっかですもんね。あの無表情でこんな可愛らしいドレス選んだのか」
「見慣れると結構表情わかるわよ?」
基本無表情だけど、何となく目尻が下がってたりする。主にケーキを食べている時。
「私に分かるときはこなそーすけどねー。順調そうでなによりです、そのまま私らをほたってくれる時が来るのを待ってます」
「それは無理だわ、日々のオアシスだもの」
おしゃべりしながら必要そうな物を準備して、明日に備えて早めの就寝をした。
***
「お久しぶりです」
馬車で迎えに来てくれたスタンは、降りてくるなり見たことない笑顔で挨拶をする。
「…お久しぶり。どうしたの?その顔」
こんなに表情筋が仕事しているスタン、初めて見たわ。
「顔?ああ、昨日まで本当に忙しくて…寝不足なんです」
スタンはそう言って馬車までエスコートしてくれたけど、違う。疲れた顔じゃなくてその笑顔の方。気付いていないのかしら?
別人のようなニコニコ顔だったスタンは学園に着いた頃にはいつもの無表情に戻っていて、ホッとすると同時に少し残念。
会場に入って、ギルとフィーちゃんを探すけれどどこにも居ない。
「ラブラブ夫婦はどこにいるのかしら」
「どこでしょうね。あの二人は学園でもしょっちゅうどこかに消えていましたから、秘密の場所でもあるのでは」
まぁ、そんな素敵な逢瀬を重ねていたのね!ギルが卒業する前に知りたかったわ。
「あちらに行きませんか?」
「バルコニー?良いけれど、ああいう場所ははやい時間から誰かが座っているじゃない」
私たち入場も遅かったし、もうどのスペースも開いてないんじゃないかしら。
「生徒会長特権です、一ヶ所立入禁止にしてました」
「真面目な会長さんとは思えない職権濫用ね。でも自分の卒業の時もバルコニーには行けなかったから嬉しいわ」
「忙しく準備をしたので、このくらいのご褒美はないと」
スタンとバルコニーに出て、ソファに腰を下ろす。
テーブルの上に用意されていたワインで乾杯して、ライトアップされた中庭を見下ろしながら久しぶりのスタンとの会話を楽しんだ。
1杯目のワインが残り少しになったところで、スタンが立ち上がってソファの後ろから花束を取り出して、私の膝の上に置いた。