trick or trick?
拍手用に書いて、そのまま載せずにファイルに沈んでたもの発掘。いくつか書き下ろしてみました。
『お菓子くれなきゃイタズラするぞ?』なんて可愛いものじゃありません。
『花束とイタズラ』
イベントごとは稼ぎ時であって、それはここ『Le petit fleuriste』(小さな花屋)でも同じこと。ハロウィン仕様に飾られた花達が飛ぶように売れていく。
可愛らしいデザインのカードには『Trick Or Treat?』と書かれていて、小さく笑った。
「何が悲しくて、実家でバイト……」
「文句ある?」
「いーえ、お母様」
わざとらしい返事をしつつ、昨日の晩話した彼女の声が浮かんでくる。彼女の家では毎度毎度、こういう行事を見つけては楽しんでいるらしい。
『智くんも来る?』というお誘いはとても魅力的で、ぜひ頷きたかったんだけど。
「……行きたかった」
「この時期の客を、あたし一人で捌けと?」
母一人にこの大勢の客を任せるわけにも行かない。父はすでに役立たずで、レジだけ任せている。……花屋の癖に、センスの欠片も持ち合わせていないのだ。
「親父のアホ」
「いいの。可愛いから」
にこっと笑う母に、笑い返す。『可愛いから、いいの』とはまさに自分が彼女に思っていることと同じだ。
他人に『天然だ』『世間知らずだ』何だかんだと言われても関係ない。可愛いから、いいのだ。
「朔華さんに会いたい」
「終わったら会えるでしょ?」
そうなんだけどさぁーと零しつつ、入ってきたお客さんに笑顔を向ける。俺だって彼女にお菓子とか花束とか送りたい。
「夕方じゃないとゆっくりできないじゃん。夜になったら平田が怖いし」
彼女の朔華さんも平田だけど、ここでの平田は彼女のことじゃない。朔華さんの妹である、平田春華のことだ。姉妹至上主義の彼女は、自分の姉妹に悪い虫がつくことを、他のこと嫌う。
「あぁー。ほら、騎士だし」
「それ、一応彼氏の役目」
彼女にだって、一応付き合っていると言える幼馴染がいるはずであるのだが、どーもそれとこれとは話が違うらしい。
「門限? 5時」
とさらりと答えてくれた朔華さんは可愛かったが、正直それって今時小学生でもないと思うんですよ。朔華さん。
「だってね、はるちゃんが危ないから早く帰って来るんだよって」
誘拐されないのにねぇ、と呟く彼女を見て乾いた笑い声を上げたのはいったい、どのくらい前だったか。
「あんたって本当に春華ちゃんに警戒されてるねー」
「まぁ、『元』遊び人ですから」
その罪は、きっと重いんだろう。彼女にとっては、姉が許しても許せないことなんだろう。それは当然だと思うし、簡単に許されたら、逆にこっちが色々考えてしまう。
だから、彼女くらい厳しくてもいいんじゃないかなぁ、と思うんだけど、やっぱりこういうときは身に沁みるわけで。
「傷に塩塗りこまれた気分」
「それは自業自得だよ」
ははっと他人事のように母は笑った。『いったい誰に似たのかねぇ。お父さんはあんなに一途だったのに』と頬に手を当て幸せそうに語る。
……余計なお世話だ。
「さっさと終わらせて平田家に行く」
「いってらっしゃい」
間に合わないのは百も承知。だってあと少しすれば会社員さんが多くなる時刻で、『こんな日くらい、妻に……』なんて言う人を見れば、選ぶこちらもやる気が出る。
『そういうところ、好きだよ』と言ってくれる彼女の信用を無碍にする真似はできない。たとえ今日彼女に会えなくなろうとも。
「……それにしたって」
「お疲れー。残念、間に合わなかったね」
時刻はすでに9時を回っている。今からお邪魔するのは気が引けるので、メールだけにしようか。あぁ、でも。
「花――渡したかったなぁ」
花を渡すと、まるで蕾が開くみたいに笑う彼女が好きなのだ。自分が好きなものを、当然のように好きでいてくれる彼女が大好きなのだ。だから、今日彼女のために作った花束を渡したかったのに。
暖色、特にオレンジと黄色の花を使って作ったそれは、柔らかい彼女をイメージしたもの。
少し小さめな気もするが、ジャック・オ・ランタンが軽やかに動くそれはきっと彼女も気に入ってくれるだろう。
オレンジの薔薇の花言葉に込めたのは、ちょっとしたメッセージ。『無邪気』と『愛嬌』であらわされるそれに、黄色い薔薇も入れる。
『無邪気で愛嬌のあるあなたに恋しています』
それは、いつもなら素直に伝えられないけれど。
『家族の信頼と絆に、小さな嫉妬をしています』
それは、絶対に言えないけれど。
暖色の花と、濃い緑の包装紙。母に『かぼちゃみたいね』と笑われたけど、ねらいはむしろそれなので喜ぶべきことだろう。
「あーあ、会いたかったなぁ」
「うん。会いに来たよ」
空耳まで聞こえ始めたよ。本当に重症だよなぁ。
「智くん。こんばんは。トリック、オア、トリート!!」
ひょいっと長い髪を揺らして、それとともにスカートも揺らして、黒い服を着た彼女と目が合う。
「なっ。朔華さん!!」
「えへへー。来ちゃった」
来ちゃった、じゃない!!
「一人で?! 危ないでしょ??」
「ううん。瑲くんが送ってくれたー」
はるちゃんが頼んでくれたんだ。送っていくだけでいいからって。
「藤本が」
あぁ、そうだ。平田が大切な姉を夜遅くに一人で出すわけがない。しかも今夜は仮装しているんだから、余計可愛いし。
「こんばんは、朔華さん」
「こんばんは。智くん。可愛いでしょー、魔女さん」
あのね、はるちゃんとあいちゃんがすっごく可愛いんだよ。それでね。今日のお夕飯ね、かぼちゃ尽くしで、あ、お菓子もあるんだー。パンプキンクッキー。
それでね、それでね。
「トリック、オア、トリート」
「はい。お菓子じゃないけど、お花」
こっちのほうが好きでしょう? と問うと、見る間に明るくなる顔。あぁ、可愛いなぁー。やっぱり。
「わぁー、ありがとう。可愛いー。かぼちゃだ」
ごめん、平田。限界。
「もう、朔華さん大好き」
ぎゅっと抱きしめて、頬にキスをして、くすぐったそうにする朔華さんのあごを掬い取る。こういうときだけ、彼女は勘がよいらしく、にっこりと笑って目を閉じた。
教えたの、そういえば俺だっけ。
「大好き」
ごめんね、朔華さん。お菓子たぶんくれるんだろうけど、イタズラさせてください。
「私もだよー」
花言葉で伝えて、言葉で伝えて、あとは……行動で伝えるしかないでしょう?
お菓子かイタズラか、なんて選ばせません。どうせならどっちもあげよう。
『イタズラなんて』
できません、イタズラなんて。なんたって彼女は姉妹の中で一番料理が美味いから。
「お姉ちゃんー? 朔華ちゃん? まだぁー?」
「もうちょっと待って、もう少しで智くん来るかも」
ぴしり、と春華の身体が硬直する。そしてお玉を持ったまま、ぎぎぎと音がするくらいぎこちなく、こちらを向く。
「瑲、来るの? 池平」
「いや、店が忙しいだろう」
適当に話をするものの、あいつのことだ。どうにかして来ようとしても不思議ではない、はずである。彼女はあくまで否定しているが、あいつはあいつなりに朔華さんを大切にしている。
それは疑いようもない事実だし、そろそろ認めないわけにもいかないだろう。いくら頑固な彼女でも。
そうは思うものの、こちらとしては何が悲しくて彼女の機嫌を損ねなければいけないのか。大人しくあいまいな返事にとどめておいた。
「朔華ちゃん、あいつは来ないよー。来れないって昨日言ったんでしょう?」
「言ったけどー」
来るかもしれないって、言ったもん。
いじいじとスカートの裾をいじりつつ、朔華さんは言う。三姉妹は揃いも揃って、魔女の衣装に身を包んでいた。何でも、海外ドラマで魔女三姉妹のドラマがあったらしい。
それにちなんで、ということだろうか。よく分からないけれど。
朔華さんは膝丈のスカート。ふわふわと広がる裾は、本人の年齢からしたら少々幼いのだが、彼女が着てみれば存外似合っている。
対照的に少し長いのは春華で、こちらは飾り目が少なく、機能的。着替えてから夕食を作ると計算した上での判断だろう。何と言うか、主婦だなぁと思ってしまう。
「お姉ちゃんー。帽子どこー?」
「箒の上にあるでしょー。よく見なさいよ。まったく、浮かれてるんだから」
頬を膨らまして末の妹に文句を言う春華。それでも短めなスカートと膨らんだ袖が可愛らしい、とさっきから妹に目じりを下げっぱなしだ。
お前はどこぞの父親か。
「先生、来るかな」
「約束してんなら来るでしょ。あぁー、もう!! じっとしとかないと怒るわよ!!」
ダン、と騒がしい二人を一喝してから台所に戻る。父親兼母親と言ったところか。
「春ねぇが怖いー」
「はるちゃん、機嫌悪いねぇ」
二人の姉妹がちょっとだけ笑った。
「ただいまー」
「おかえり。ありがとう。寒かったでしょ?」
朔華さんを池平の家まで送り届けて帰ってきた。帰りはやつが送ってくるだろうと見越してのことだ。春華は『池平の家に恨みはないが、行きたくない』と拒否し、家にいたのだ。
「あれ、藍華ちゃんは?」
「先生とデート」
「許したのか?」
「口で言い負かされた」
悔しそうにいじける姿がなんとも可愛いのだが、ここでそれを言ってしまうと部屋に篭ってしまうので何も言わない。代わりにぽんぽんと頭を撫でて、ソファの隣に座った。
「瑲」
「ん? 何だ」
「『trick or treat?』」
「はぁ」
静かに、まるで何でもないように呟かれたその言葉に目を丸くする。まさか彼女がこの行事にのってくるなんて。しかも姉と妹がうるさく言うから仕方なく、ではなくて。
「お菓子、いるのか?」
「んー。まぁ、そんなところ」
そう言いつつ、まったくと言ってやる気はなさそうだ。どちらかと言うと、暇だから言ってみた、みたいな。そういう口調。心底お菓子がほしいわけじゃないんだろう。
「何でまた、突拍子もない」
「持ってないなら、イタズラね」
くるり、とソファの上で彼女はいきなり向きを変える。それから俺に向かって手を伸ばしたかと思うと。
「うわっ」
思いっきり抱きついてきた。
「どうした?!」
「イタズラ」
くすぐってやるーとまるで幼子のようにじゃれ付いてくる彼女。おかしいぞ、こいつ。今のこいつは明らかにおかしい。
「春華?」
「だって」
しゅん、と落ち込むように頭を垂れる。
「誰もいなくて、寂しかったんだもん」
妹は彼氏に取られるし、彼氏は姉と一緒に外いるし。
「お前も来ればよかっただろう?」
「池平の顔なんて見たくもない!!」
お前それ、仮にもクラスメイトに向かっての発言じゃないだろう、とは突っ込まずにおく。ここでそれを言うと、地雷になりうる。
「じゃぁ、俺も、trick or treat?」
「え」
彼女の動きが固まる。
「瑲、お菓子いるの?」
「ないのか?」
「ないよ。さっき自棄食いしちゃったもん」
何かあったかなぁーと席を立とうとする彼女の腕を捕まえる。ちょうどいい口実ができたというところか。
「なぁ、春華」
「ちょっと待って! あるかもしんないから」
「今ないならいいよ」
イタズラするから、と言うと彼女は面白いくらい赤くなった。
「何っ、何!? イタズラって」
握られている手を外そうともがきつつ、少しずつ距離をとろうとする彼女の腰を引き寄せた。カァっと一気に赤くなる彼女が愛しい。
「なぁ、目瞑れば?」
囁きかけるように耳へ顔を寄せると、ぎゅっと効果音が出そうなくらいの勢いで目を瞑る。こういうところだけは素直だから困る。自制のタイミングが。
ここでキスするとそれだけじゃすまない気がして、瞼にキスを一つ。
「ふぇ?」
「ん? なんかあった? イタズラ、だけど」
期待してた? と言うように首をかしげると、また一段と顔を赤くした彼女が『もうっ!!』と怒って腕から抜け出した。
うん、どうせなら口にしたかったのはこっちのほう。だけどそれをしたが最後、お前に嫌われそうな気もするから、今はまだお預け。今度、明るいときにしような。
さもなくば、誰かが来て止めてくれるような、他力本願だけど。
「瑲の馬鹿!」
「ふぅん。春華、やり直そうか?」
「結構ですっ!! お皿片付けるから手伝って!!」
赤い顔を隠すように台所へ行く彼女の後を追う。もう少し、お前のペースに付き合ってやってもいいよ、と思いながら。
こういうイタズラの仕方もありですか? どうせなら、盛大にしたかったんですけど。
『イタズラかイタズラ』
こういうとき、自分と彼女は年齢が違うんだなあと実感する。
「先生ー?」
「あぁ、ちょっとな」
タバコに手を伸ばそうとして、禁煙中だと思い出す。タバコは家にあるだけで、持ち歩いていない。絵が大好きな彼女は、その絵の天敵であるタバコをひどく嫌う。
先生の匂いとしては好きですよ、と笑いつつも、その煙が絵の近くに漂うとむっとしたような顔をする。分かりやすいんだから、素直にやめて、と言えばいいのに。
「お前らの世代は、こういうの普通にするんだなぁと」
「先生の世代はしないんですかっ!」
驚いたように声をあげる。自分の学生時代の思い出を記憶から引っ張り出すが、元々興味がないのか本当に時代のせいなのか、ハロウィンをした記憶などない。
有名になってきた最近でも、どこか他の国の出来事として遠くから見ているだけだった。
「勿体無い! お菓子もらえるのに」
「甘いもの、苦手なんだよ」
そう言いつつ、彼女からもらったクッキーは食べてしまった。美味しかった、と思う。
「春ねぇはそういうところも得意だから、美味しかったでしょう?」
「他人の功績を我が物顔で語るな」
ただし、彼女の姉が作った代物だったが。
信号で止まったので、ちらりと彼女の服装を見やる。あれだけ嫌がっていたのに、今では少し慣れてしまったのか、丈の短いスカート履いている。後ろの席には、必要ないのに箒と魔女の帽子。
ちなみに今彼女が履いている靴も魔女仕様だったりする。あそこまで先が丸まっているわけではないが、こちらから見れば十分奇特な服装だ。
袖の膨らんだ服から伸びる手にはひじ丈の手袋。寒そうだな、と上着を貸してやるも、『車の中は平気ですよ』と笑顔で返してきた。
「お前、寒い。見るからに」
「そうですか? うーん、そうでもないですよ?」
ひらひらと、スカートを持ち上げて、意外に暖かいです、と笑う。
「スカート丈、短くても平気になったのな」
「え? あぁ。丈? 素足にこれはいやだけど、今日は下にストッキングあるから」
黒いそれを指差しつつ、笑う。素足はダメだけど、履いてたらいいのか? 出してんのは一緒なのに?
「女心をわかってませんねぇ」
「余計なお世話だ」
くすくすと笑う彼女を横目に、また車は走り出す。平田春華には遅くならないうちに戻すと言ったはいいが、どこに行くのか決めてもいない。
ただあの姉と向かい合っている空間が耐えられなかったのだ。
何と言うか、妹を汚す男、と言う目で見られていた。まぁ、事実だから反論のしようもないわけだが。
「先生」
「あ?」
彼女が、少しだけ笑った。
「あんまり、春ねえを嫌わないでくださいね」
「嫌ってるのは、お前の姉さんだろう?」
ふるふる、と首を振る。幼い表情をして、こちらを向く。こういうとき、自分は何ていたいけな娘に手を出したんだ、と苦いものが広がるわけだ。
あぁ、子供に手を出したな、なんて後悔しない自分が憎らしい。
「お姉ちゃんは、ちゃんと先生のこと信用してますよ。じゃなきゃ、夜に出してくれない」
だから、ねぇ、大切なお姉ちゃんを邪魔だなんて思わないで。
「思ってねぇよ」
「だって、先生ときどき、お姉ちゃん避けるから」
それは、多分見透かされるのが怖いのだ。あの鋭い瞳で、声で、今までのことを非難されるのが。
彼女が大好きな姉に、彼女を一番愛する姉に、『あんたはあの子の傍にいるべきじゃない』なんて言われるのが。
「嫌ってないし、避けてもない」
「本当に?」
「信用ないな、俺」
確かに、今までの行動で信用しろというのが無理な話なのかもしれない。
「そうじゃ、ないんですけど」
歯切れの悪い彼女は、こちらの視線から逃げるように窓の外を向いた。それから、きゅっとスカートの裾を握る。そこで握ったら、微妙に捲れるっていう自覚はないわけだ、こいつには。
厄介なお子ちゃま。そんなお子ちゃまに、翻弄される自分は愚かだ。彼女が、ただの子供に見えない自分は、飢えているんだろうか。
「藍華」
ひくっと彼女の肩が震える。滅多に呼ばないその名を、口にするのは彼女を縛り付けたいと思ってしまうとき。どこにも行かせないように、どこにも逃がさないように、愚かにも彼女の自由を奪い取ろうとする。
「せんっ」
「名前、呼べよ」
囁く声が甘くなる。彼女の目がわずかに潤み、誘うように揺れる。これを無自覚でやっているのなら、本当に始末に終えない。
「藍華、ほら」
「優斗、さん」
彼女の甘い声は震える。まるで誘惑するみたいに。イタズラ、するみたいに。
「藍華。『trick or trick?』」
「へ?」
イタズラか、イタズラか。どっちにしても、待っているのは甘い……。
「選択肢、ないじゃないですか」
「じゃぁ、イタズラだな」
どこかの駐車場。まわりに人はいない。そのことに今更気づいたらしい彼女は、顔を赤くしてうつむいた。
「先生、ズルイですよ。お菓子、上げたのに」
「お前の姉さんが、な」
あごに手をおき、上を向かせる。潤んだ瞳は、こちらを映して、閉じられることなく見つめ続ける。薄っすらと開いた唇に口角が上がった。
「言えよ。藍華。どっちが、ほしい?」
お菓子か、イタズラか? そんな選択肢あると思うなよ。
「お菓子」
「イタズラ、な」
一度、唇をあわせる。イタズラにもカウントされないであろう、小さな口付け。
「優斗、さん」
魔女の仮装か。俺にはさながら小悪魔にしか見えない。
「目、閉じないのか?」
またふわりと口付けて、彼女の反応を見る。蕩けるような瞳は、見続ければこちらがもたないと知っているのだろうか。
「物足りないって、顔してる」
「んなことねぇよ」
物足りないのは事実。イタズラなんかで満足できるか。
彼女の頬をなで上げて、わずかに上がる肩を引き寄せて、シートベルトなんて無視して抱きしめる。苦しげに寄せられる眉だとか、何かを求めるように開く唇だとか、そんなものに翻弄される自分のほうがよっぽど。
「ガキか」
「え? あたし?」
「いーや、俺のこと」
キスを再開しつつ、ちらりと車の時計に目をやる。どうせならシンデレラみたいに、12時きっかりに魔法が解ければあと1、2時間は余裕なのに。
「お前を、帰したくないって」
そう思っただけだよ。
選ばせてやれる余裕なんてない。いつだって、彼女に夢中だから。
ハロウィンネタでした。お粗末様。
『勿忘草』をテスト用紙に裏に書いてたら、どのテストで書いたのか忘れて紛失。一話丸まるおじゃんです。
ハロウィンの機会に、載せる予定だったんだけどなぁ。
ということで、代わりに『drop』でした。彼女馬鹿な彼氏達を楽しんでいただければ幸い。