call
短編のファイルから出てきましたー。書き始めた当初に、こういうその後になればいいと思って書いたものです。
……ので、ちょっと雰囲気違う?? かもです。この二人でキスさせるのは好き。何か可愛いから。
なんてことないデートだった。
大学帰りの先生の部屋、それが毎日のデートコース。何気なく手渡された鍵を片手に部屋へ急いだ。エレベーターが来るのを待つことさえ出来ず階段を利用する。
まだ少し寒さが残る中、体がほんのり温まった。
『菊池』の表札を見るとどきりとする。わけもなく汗が出て、鍵をさすのに戸惑った。何からくる不安なのか、分かっている。
九歳、年が違うということ。先生がどう、とかいうのではなく、多分自身への不安だと思う。
「で? お前は人ん家の前で何やってる?」
「ひゃぁ!」
「色気ねぇー」
突然後ろから声をかけえられて飛び上がった。そして振り返る。そこにいたのは紛れもなく今考えていた人物だった。少し着崩したスーツがだらしなくて、本当に教師か疑ってしまう。
これで生徒指導? 指導される生徒が気の毒だ。
「鍵持った不審人物が誰かと思ったら」
何? 毎日こんなことしてんの?
「し、してません!!」
そういうと先生は"ふーん"と笑った。どう見ても信じていない目だ。ときどき先生はこういう態度をとる。あたしの気持ちや考えていることなんてお見通しの癖に知らないふりをする。
いつもより、先生の部屋へ入ることに抵抗があった。
玄関に入った瞬間、壁に押し付けられた。
「先っ」
「で? 俺の部屋を空けるのに手間取ったのはどうしてか、教えてもらおうか?」
ぴたりと体同士がくっつく。吐息がわずかにかかり体をこわばらせた。
顔の両側にある手のせいで、顔を背けることさえ出来なかった。追い詰められている自覚は一応あったが、それだけだった。
「何を、迷ってる?」
トン、と頭の上に壁が先生の右腕が押し付けられた。それにより顔がさらに近くなる。甘い声が私を逃がさないというように、耳元で囁かれた。
「あたし、みたいな子どもの相手を」
最後まで言えなかった。
気づいたら唇をふさがれていて、いつもよりずっと深い口付けを受けた。目が回ってわけが分からなくなって――、そして膝がガクリと崩れたことでやっと自分が先生に支えられていたと知った。
すっと床に座らされ、先生があたしを放した。それを少しだけ寂しく思ってしまう。
「……悪い。大人気なかった」
くしゃり、と髪をかきあげる。そしてメガネを外して、靴箱の上においた。いちいち様になっている姿が妙に憎たらしい。
「今日、少し離れてる」
そう宣言して、あたしから距離をとった。そうはさせまいとスーツの裾を引っ張る。先生が苦々しい顔をしてこちらを見た。どこか苛立っているような、困っているような、そんな顔だった。
「お前な。自分が子どもだ、子どもだ、言うけど、周りから見たらそうじゃないんだよ」
「え?」
「子どもだと思ってんなら、こんなことしたいって思わないって言ってるんだよ」
ひょいっと軽々と、本当に軽々と抱き上げられた。いや、持ち上げられた。靴を脱がされ、一度しか見たことのない寝室へ。以前入ったときは、部屋案内だった。
ボスン、と生活感のない部屋に音が響いた。シーツが冷たい。目の前にはすぐ先生がいる。発言は許されない。抵抗なんてもっての外。そういう鋭いまなざしだった。
「先せ……」
口を開いた瞬間口付けられる。
先ほど同様、眩暈がするような口付けだった。思わず抵抗するが、あっけなく頭上で拘束される。手際が、よすぎる。先生は腕一本であたしの両手首を掴んでいた。
「その目、誘っているようにしか見えないと思う俺は、ただの変態だな」
「なっ」
触れる、奪う。
上手く息継ぎが出来なくて、やり方なんて先生は教えてくれなくて、ぐったりとした。もうムリ、そう伝えたくてネクタイを引っ張った。思ったより簡単に締まる。
「苦しいよ、バカ」
先生が笑う。
そしてネクタイを緩めると、しゅっと簡単に外れた。ベッドに長いネクタイが落ちる。
「先生……」
「さっきから何度も。いつまでそれで呼ぶんだ。俺は犯罪者にでもなった気分になる」
ああ、そうか。この人もまた不安なんだ。
「優斗さん」
そう呼ぶと嬉しそうな顔をして、そしてあたしの首筋に口付けた。
"甘い"と自分の唇をなめる。扇情的って、こういうことを言うんだ。そう思うと喉がなった。瞳が潤んでいるのが分かる。そして自分から初めて口付けた。
吐息も、何もかも落とさないというような、長い長い口付けの始まりだった。自分からこんなことをするなんて、一年前では考えられないだろう。
二人で互いの瞳を見つめる。そしてまた、唇が合わさろうとした瞬間、電話がなった。
「電話」
「放っておけ」
取り付く島もない。が、鳴り止まない。
「あぁ、クソ」
ベッドから立ち上がり通話ボタンを押……。
『藍華!! 帰ってきてないんです! どういうことですかっ。ま、さかっ。手、出したんじゃ』
「平田うるさい」
受話器は確か、ハンズフリーにはなってなかった、ということは、だ。姉の声が大きすぎるんだ。
『あと五分でそっちつくんで』
「はぁ、お前今どこ?」
『車です! 瑲の!』
ダン、という電話の向こうからすさまじい音も聞こえる。
「迎えに来てるのか」
『当たり前でしょ。襲われたらどうすんの?!』
「いや、一応、合意のう……」
『聞きたくないって言ってんでしょ!!』
うわ、もう――、ダメだ。帰ったら外に出してもらえないだろう。当分。
会話が筒抜けで怖かった。そして先生は半ば無理やり電話を切り、こちらへ向かってくる。
「あー。生殺し」
「ス、ミマセン」
小さくなると彼は笑い、あたしの髪を撫でたあと、その先へ口付けた。それだけで今まで何をやっていたのかを思い出す。自分がさっきしたことも。
「まぁ、少し進歩したし、バカなこと言わせないようにしたからヨシとする」
さてさて、先生が報われる日が果たしてくるのだろうか、というお話。
報われない彼が大好きです。
もちろん、色っぽい彼も好きですけどね。彼、基本的に可哀想な人のポジションなんで。