過去形文字
『淡色便箋』の中に出てくる手紙の全貌。全く誰も見たくないと言うのは百も承知でやります。
先生の失恋話だと思ってくだされば。(本人は否定しますが)
先生は一回、手酷く振られればいいと思う。(作者としてあるまじき言葉)
ブログより、加筆修正あり。
菊池先生へ
卒業式の日にこんな手紙を渡すんだから、中身は大抵想像がつくんじゃないでしょうか?
これまでのお礼か、はたまた……、ときっと思ってるんだろうな、と思いながら書いています。でも先生のことだから、読んではくれると信じています。
先生、変なところで律儀だから、そのまま捨てるなんてこと、ないと思います。ライターで火をつけて、即抹消だと、私は泣きますよ?
この手紙の意図、正直に言えば後者、でも建前は前者と言うことにしておきます。先生、一年間本当にお世話になりました。
突然、今日になって、卒業式の前日になって『もう会わないんだなぁ』という実感がわいてきました。
もう先生のところまで課題を持っていくこともないし、日直の仕事を手伝ってもらうこともないし、口止め料にアメをもらうこともなくなるんだな、と思っています。
クラスの中で唯一最後まで敬語だった私を、先生はどう思っているのでしょうか? でもちゃんと理由があるんですけど、ここには書きません。びっくりするだろうから。
先生に忠告することが一つ。
タバコは学校で吸わないように。見つかると絶対困ると思います。というか、クビ? うちの校長先生大っ嫌いだから。
アメ一つで、生徒が口をつぐむなんて思ったら大間違いですよ、と見事に餌付けされた私から忠告しておきます。
説得力ない、って笑ってます? でも、クビになってから後悔しても、遅いでしょう?
それとも、『俺がバレるようなヘマするとでも?』って笑ってるのかな。
遅くて早い一年間でした。悩んで、先生にあたって、怒られてばかりだった気がします。こう書くと、結構な問題児みたい。
書くと、いろんな出来事が思いだして、少し大変です。すごく長くなりそう。
でももう、これで全部終わるんですね。明日で。先生が読んでる日で。
先生のことを考えるのも、これが最後だ、と思うと感慨深いです。
と、ここで本来の目的を書いておきます。いまさらながら緊張している自分がいて、目の前に先生がいなくてよかった、と心から思っています。
目の前に、もし先生がいたら、私はきっと恥も外聞もなく、泣いていると思うから。絶対に泣かない、と思いつつ、泣いてしまうと思うから。
私は先生のことが好きでした。
驚いてますか? それとも結構、バレバレだったかな? でもそれも最後です。
先生、今まで本当にありがとうございました。
先生がクビにならないことを心より願いつつ。
一介の生徒より
P.S
いつか先生が、この手紙のことを忘れてくれることも、祈ってます。
アメ、私も好きになっちゃったみたい。もし会うときがあれば、この手紙の『口止め料』ということでお渡しします。
過去形の告白は、男の手から滑り落ちて地に付いた。
男はそれを拾い上げ、タバコを取り出す。それを口元に持っていき、眉を寄せて片付けた。変わりに出したアメを口に含むと、まるで苦いものを口に入れたかのように渋い顔をする。
力のはいった手の中で、紙は歪み、ぐしゃりと音を立てる。
それが合図だったように、男は校門から中へ入った。
「追いかけれるかよ……」
だって手紙の中に綴られていたのは、過去形の言葉。
自分に向けられて、もうどこにも残っていない、過去の中だけで生きるもの。
それを突きつけられる勇気も、確かめる気持も、ここにはないのだから。
く、暗い。
何、この人。暗すぎる。……ってか、何年も引きずるんなら、きっぱり諦めるか振られるかすればよかったのに。