表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
drop(改訂前)  作者: いつき
番外編
34/43

素直さだけが愛じゃない

お題はFortune Fateさまからお借りしました。<http://fofa.topaz.ne.jp/>

不器用なふたりで七題 5


 素直さなんて、ない。

 素直じゃ、ない。

 素直になんてなれ、ない。


 そんなあたしは、オンナノコとしてどうなんだろう、と不意に思った。



藍華あいか?」

「あーいちゃん」

 イヤだ、イヤだ。嫌だ!

「い、かない」

「行かないって、あんた。もう来てるんだって、せんせ……菊池さん」

「そうだよ。先生が来てるんだよ」

「行かないってば!」

 ぐっと手に力を入れて、精一杯声を出す。ちなみに手の中にある布は汗で湿ってる気がする。

「大丈夫だって。可愛い可愛い」

「だって私たちの妹だもん。ね、はるちゃん」

「朔ねえも、春ねえも嫌い!!」

 その発言に、下の姉がムッとしたのが分かった。怖い、怖いですよ。春ねえさん。

そう、藍華を連れてってくれる?」

「春ねえ!」

「春華……」

 ほら、瑲さんだって困ってるし。年頃の女の子を力づくで連れて行くって、抵抗あるし。

「藍華が出て行かないと、わたし今日心配で映画なんか行けない」

 あ、ずるっ!

「藍華、どうする? 俺も無理にそんなことはしたくないんだけど?」

 瑲さん、あたしもイヤですよ。先生の前に引きずり出されるなんて。

「お姫様抱っこと、肩に担がれるの、どっちがいい?」

「どっちも遠慮します……」

 気を遣って選択肢を増やしてくれるも、慰めにないこと分かってますか? 瑲さん。

「どうするの? 彼氏の前に別の男にお姫様抱っこで現れるのがいいんなら、それでもいいけど?」

「まぁまぁ、はるちゃん」

 春ねえが凄むので、朔ねえが慌てて間に入る。

「じゃあ、せめて下に何かはかせてよ!」

「いいじゃないミニスカート。よく似合ってるわよ。藍華」

 にこっと笑う春ねえは可愛く見えるけど、これ、かなり機嫌が悪い証拠。……ここまで来たら逃げ道はない。

「自分で、行く」

「「「いってらっしゃい」」」

 これだから下の人間は辛いんだ。





「で、ぐずってた理由ってそれか」

 先生はめんどくさそうに(もうこれが普通なのだが)、こちらを見る。

「別にぐずって……」

「行かないって言ったの誰だっけ?」

 あたしの発言を滅多に遮らない先生が遮った。怒ってる?

「聞いてたんですか!?」

「聞こえたんだよ」

 さらり、とあたしの発言を訂正して、車に先に乗ってしまった。『早く来い』とも何とも言われないので黙っていると、『置いていくぞ』とだけ言われた。

「どこ行く?」

 この発言だっていつもどおり。いつもならなんでもないところへ行ったりするのに、今日はそんな気分にもならない。

「どこへでも」

 丈の短いスカートを精一杯引き伸ばしてそう言うと、となりからクスリと笑い声が漏れた。

「先生」

「悪い」

 不機嫌そうな声をそのままに呼びかけると、先生は笑ったまま……というよりむしろ哂ったまま、あたしを見た。

「そんなに変なら、お姉ちゃんたちがいるときにそう言ってください。そうしたら、あたしだってこんな恥ずかしい格好しなくてすむんですから」

 夏だろうと何だろうと、こんな露出の高い(とあたしは思う)格好をするのは初めてだし、まさか自分自身がこんな格好をするなんて思いもしなかった。

 若い子はするだろうなぁ、という感覚だ。自分が着ないと分かっているからこそ『可愛い』と素直に思える。

 自分が着るなら露出が少ない、動きやすい、かつ絵の具がついても平気なものを選ぶ。まかり間違っても、どっかに引っ掛けやすいこんな服選ばない。

「似合ってるよ」

「そういうことをいう先生は嫌いです」

 素直じゃないな、とは思うが、今更この性格は変えられない。まぁ、変える気がないと言ってもいいと思う。

 褒められて悪い気はしないし、それが好きな人になら嬉しいだろう。実際、絵を褒められたときは本当に嬉しくなる。

 が、それとこれとは別の話。

「で、どこ行きたい?」

「人の目を気にしないところがいいです。こんなのを知り合いに見られた日には、あたし切腹します」

 真剣に言い切ると、先生はまた笑った。高校のときからだが、あたしはよく笑われていると思う。……そんなに自分が変だと思わないので不思議だ。

「じゃあこっちだな」

 なにがこっち、なのかは分からないが、黙った。変に発言すると自爆するというのは体験済みだ。

 ぼんやりと外を見やると、太陽の光がちらりと目を刺した。

「描きたいなぁ……」

 独り言のようなその発言を、聞いているとは思わなかった。




「先生の部屋って、生活感ないですね。なさすぎ……ショールームか何かみたい」

 落ち着いた、モノトーンの配色は少し暗くて、太陽を入れてもこの無機質な感じはぬぐわれない。

「きれい、とか片付いている、とかいう表現が出てこないところがお前らしいな」

 かたん、とコーヒーを置かれたので口に含んだ。コーヒーとはいえないぐらい甘い代物。

「おいしい」

「コーヒーって呼ぶのが可哀想だけどな」

 ちらりと見ると、深く濃い茶色……黒と表現してもいい色がカップの中に漂っている。いかにも苦くて、美味しくなさそう。

 こういうところでも、多分あたしは『差』を感じてしまうんだと思う。お姉ちゃんたちに言わせれば『いいじゃない、甘やかしてくれそうで』とらしいけど。

 春ねえにいたっては『まぁ、犯罪じゃない程度の年の差はいいよね。包容力とかありそうで。菊池先生は勘弁だけど』と言っている。

 隣にいた瑲さんの顔が強張ったことを、多分春ねえは気付いていない。――瑲さん可哀想。

「こういう空間にいると、寂しくなりませんか」

 話題を変えたくて、部屋を見回した。

「いや、家帰っても本当に生活に必要最低限のことしかしないから。仕事も学校でやって帰るし。あとは本読んだりするだけ」

 見れば机の上にも大嫌いな『物理』や『化学』の文字が。

「よく趣味であれに目を通そうと思いますね」

「俺に言わせれば、よく休日にわざわざ美術館行く気になるな」

 どうして一緒にいるんだろうと思うくらい、あたしたちは違うんだと思う。

 理科の先生(何が専門か聞いても分からなかったのであたしの中ではいつまでも理科)と絵を描くのが好きな、そして理科が苦手なあたし。

 共通点は……、なんだろう。

 素直じゃないあたし、どうして今ここにいるんだろう。

「今なに考えてた」

「素直じゃないなぁって」

 急に聞かれたので、ほぼ条件反射で答えていた。

「っ!!」

 口を押さえたのに、言葉はもう返ってこない。取り戻そうとしてはいけない。

 分かっているけれど、それでも取り戻そうとした。

「忘れてください」

 ダメだ、今日はどうもダメなことが続く。思わぬ失敗で、先生と目をあわせることも避けたくなった。

 もう、帰りたい。今なら春ねえと瑲さんは映画だし、朔ねえは彼氏の花屋だろう。

 何も考えず、とりあえず出ようと思って立った。そのとき、手を捕まれ無理矢理座らされる。

「今なに考えた?」

 さっきと同じ質問なのに、声質が全く違ってびくりと肩をそびやかした。

 この人の声は同級生の声とは違う。『男の子』の声ではない……『男の人』の声だ。

 沈黙が続くのが辛くて、いたたまれなくて、しかし他にどんな方法を取ればいいのか分からず黙っていた。

「藍華」

 ここでそれは反則だろうと思う。平田としか呼んでいなかった人が、名前で呼ぶのは反則。

 赤くなるのを必死に抑えようとして失敗した。体温が上がるのもお構いなしに、立ち上がろうと抵抗する。

「素直じゃないから? それで?」

 ダメだ。本当にこの声は。

「どうして……ここにいるのかなって」

 答えないようにしていたことが、しまおうとしていた言葉が、その声に引きずられるようにして口から出て行く。

 出て行った先から、先生に捕まえられる。

「素直なだけじゃ、面白くないだろ?」

 多分、これがこの人の余裕。

「素直さだけがとりえだと、からかい甲斐がないしな」

 そしてこれが、あたしへの救いだろう。

「そうやって余裕そうな顔の先生は嫌いです」

 だから、先生の言葉に従って、少しだけ素直じゃない行動を取ってみる。

 もしかしたら、自分の心に素直な行動かもしれないけど。そう心の中で言い訳して。

「優斗さん、好きだよ」

 素直さだけじゃ足りないというのなら、素直になってなんかやらないから。だから、当分、こんな言葉言わない。



 ……というか、恥ずかしくて言えない。








「で、どうしてそれからこんなに夜遅くに帰ってくることになったのかな? うん?」

 春ねえの顔が怖かったとだけ、付け足しておきます。

……うん、最初はこういうノリの本編だったんです。言い訳させてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ