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drop(改訂前)  作者: いつき
本編
27/43

第二十七話 『潤色警告』

「気、変わった?」

「何の?」

 今日も、昨日のように、明日も、今日のように、こんな不毛な会話をするのだろうか。

 知らないふりをして、気付かぬふりをして。見なかったふりをして、平気なふりをして。馬鹿らしくて、どうしようもない。

「俺と付き合う?」

「付き合わない」

 振られちゃった、と彼は笑った。その顔の中に、隠しきれないわずかな悲しみが浮かぶ。

 あ、傷つけてる。そう思うのに、取り繕う言葉が見つからなかった。自分でも、どう言えばいいのか分からない。

 先生も、こんな気持ちだったのだろうか。

 自分ではどうしようもない、だけど確かに人を傷つけるこの行為に、嫌気が差してしまったのだろうか。面倒だと、割り切ってしまうくらいに痛い思いをしたのだろうか。

「藍華が傷つくなんて、見たくないよ」

「あたしは」

 負けるな、怖気づくな、下を向くな。

「あたしは……っ」

 泣くな、縋るな、弱くなるな。

「菊池先生が、好き」

 好きだ。好き。どうしても、諦めきれないくらい。どうしようもないくらい。

「だから?」

「先生が、こっちを……」

 言いかけた言葉を止められた。目の前に大きなキャンバスが出される。行成くんが見えなくなる。急に不安になって、キャンバスをどかそうと手をかけた。

 どうして、止めたりなんかしたの。少しでも口にすれば、この心にたまる想いを吐き出せると思ったのに。

「これ、見て」

 行成くんがキャンバスにかけていた白い布を取る。一枚の絵が現われた。

 今まで風景しか描かなかった彼が、初めてあたしに見せてくれたのは一人の少女の絵だった。重そうなスケッチブックを抱え、画面のほうを向いて微笑む彼女。

 風の吹く中、一人でいる少女は、乱れている髪をもう一方の手でそれを押さえている。

 画面の方向に誰がいるのか、と思うほど、その少女は柔らかく笑っていた。どこかはにかみつつ、それでも嬉しそうに目を細めるのだ。

 その顔は……。よく見る自分の顔。

「初恋の人。藍華だよ」

 そっけなく、彼は答えた。見つめられて一歩下がる。その瞳はいつも苦手だった。何も恐れない強さがある。

 ――真実を、恐れない人間の瞳だ。そこに何があろうと、受け止める目だ。

「画面の方向に、誰がいると思う?」

 分かっている。彼が言いたいことなんて。一歩、また少年から離れた。

「先輩、分かる?」

「いつもみたいに、呼ばないんだね」

 何かの言い訳のように話を変える。彼はそれに気付きつつも、その話に乗ってきたのだ。

「藍華だって、『先生』っていう記号でしか呼ばないから」

 そういう代名詞で呼べば、少しは気持ちが抑えられるのかなって思って。

「でもダメ。何も変わらない」

 そんなの、当たり前だよ。そういいたい自分を押さえつける。そんなことで、何か変わるなら、あたしはとっくに『先生』とも呼ばなかっただろう。

「藍華、名前、呼んでよ」

 ポツリ、外で雨が降り出した。その雨音は一体、どちらの心を表しているのかひどく激しく、悲しかった。窓に当たるその音が大きくなり、どんな声を出したって外には漏れない気がした。

「行、成くん」

「うん」

 彼がこちらへ手を伸ばす。それは今まで感じたものとは少し違う。いつものように、からかうような感じではない。そこに恋愛感情は含まれていないことを感じ、そのまま彼を抱きとめるように手を伸ばす。

 しがみつくように、彼が力を入れた。すがり付いてくるような腕を、あたしは振り払えなかった。迷惑だとも、もう思えなくなっている。

 ただ、同情と、恐怖と悲しみと……全てが入り混じって真っ黒になった感情が支配する。

「好きだ」

 だけど、その口から出てくるのは、愛を告げる言葉。

「藍華が好きなんだ」

 自分でも、どうしてか分からないけど、どうしようもなく、藍華が好きなんだ。切なく、痛々しく、彼はあたしに告げた。あたしは目を逸らさない。それが唯一できることなのだ。

「ありがとう」

「でも、この『好き』が届かないって知ってる」

 だから一回だけ。

「弟みたいでもいい、後輩としてでもいい。……同情でもいい。カッコ悪いって知ってる。だけどっ。『大切だ』って言って。藍華、お願いだから」

 それで諦められるから。藍華の好きな人が振り返らないように、藍かも俺を振り返らないって知ってるから。ちゃんと、自覚だけはしてるんだ。と、彼は笑っていった。

 あたしよりずっと大人びた笑顔で、あたしよりずっと、痛々しいだろう笑顔だった。

「お願い」

「行成くん」

 からからに渇いた喉が痛い。ここまで想ってくれる人の気持ちが痛い。だけど自分は、あの人じゃなきゃダメなんだと、改めて思った。

 そしてあの人にもこれから、もしかしたらこんな思いをさせるのかもしれないと思った。

「行成くんは、大切な人だよ」

 大好きな人だよ。

「こんなっ」

 涙がこぼれて、今度はあたしが行成くんにしがみつく。

 痛い、痛い、痛い。何もかもが痛くて、でもどこが痛いのかなんて明白には分からなくて、だからどこをどうすればいいのかも分からない。

 ただ抱きしめて、抱きしめられていれば、少しでもそれが緩和できるんじゃないかと思った。これは恋じゃない。だけど、どうしようもなく、痛い気持ちではあった。

「こんなあたしをっ……きって。好きって言ってくれて、嬉しかった!」

 だけど違うの。同じ大切じゃないの。同じ『好き』じゃないの。

「痛いの。辛いの。何度もイヤだって思う。だけど数分経つと、馬鹿みたいに全部忘れてまた好きになっちゃう。どんどんどんどん、止められなくなっちゃうの」

 どうにもならないくらい、あの人が好きです。

「どうしてかな」

 彼は笑った。静かに、優しく、穏やかにこちらを見て笑って見せた。どうにもならない悲しみなんか忘れてしまうくらい、にっこりと笑った。

 こんな風に笑えれば、先生にも誤魔化しが利くんだろうか、と思ってしまう。

 行成くんは涙の跡を拭うようにあたしの頬へ触れ、体を離した。どうしてこうややこしいのかな、と彼がまた笑う。

「どうして好きなだけなのに」

 ただその人が好きで、仕草一つ一つで無闇に動揺して、馬鹿なくらい泣くんだろう。その人のことを考えるだけで、痛くなって無性に声が聞きたくなって、目でその人を探すんだろう。

「馬鹿らしいな。こんな感情」

 なくなって、しまえばいいのに。

「そうだね」

 消えたら、この涙は何に変わるのだろう。もしかしたら、行成くんが描いてくれたような、はにかむような笑顔に変わるだろうか。自分でも驚くくらい優しい笑顔になるんだろうか。

「藍華だって、そのうち泣くんだから」

「うん」

 覚悟はできてる、なんて大人な台詞は言えない。きっととても泣くだろう。人目もはばからずに涙を流して、声を上げるだろう。耐えられなくなって、友人に泣きつくかもしれない。

「振り向いて、もらえなくてもいいんだよ」

 うん、うん、そうだね。そうやって、彼は相槌を打つ。彼の感情もそういう類だった。叶えばいい。だけど、叶わないことは十分知ってるから、せめて自分の決心がつくまで想い続けたい。

「ただあと、数ヶ月好きでいたい」

 せめて、卒業まで。それまでは。

「先生がこっちを見なくても、面倒だって思っても、せめてしっかり見ていようと思うよ」

 それしかできないから。そう言ってしまえば簡単で、自己満足でしかないんだけど。先生にしてみれば、いい迷惑以外の何物でもないんだけど。

「この気持ちにだけは、嘘をつかないように。揺るがないようにすることは、あたしにもできるから。あと数ヶ月、この痛みに耐えられるくらい、できる気がするから」

「そっか」

 なら、大丈夫だな。

「大丈夫だよ」

「じゃぁ、帰る。この絵、気に入ってるから次のコンクールに出すんだ。いい線行くと思わない?」

 行成くんはなんでもないように言って、キャンバスへ白い布をかける。そしてもとあったのだろう位置へ戻し、またこちらを向いた。ゆっくりと近づいて、あたしの頭を一度、二度軽く叩いた。

「慰めるくらい、してあげるけど? 後輩として」

「すっごい、泣くかもね」

 笑って、そして別れた。美術室に一人、取り残された。これ以上泣かない、と唇を引き結ぶ。そのとき後ろで扉が開く。行成くんが帰ってきたのかと振り向いた。

 そして扉から入ってきた人と目が合う。くるりと、その人はこの教室の鍵を指で回してこちらを見た。鋭い瞳はそのままに、どこか楽しむような口元が目に入る。

「せん、せい」

「辛気臭い顔してんな、平田」

 あぁ、この人には、多分わかってるんだな。だからこんなにわざとらしく、こちらへ話しかけるのだ。最近少し気遣うような話しかけたかだったのに。バレバレだよ、と小さく口の中でもらした。

「余計なお世話です。いつもどおりですー」

「そうか?」

「そうですよー」

 でも少しだけ軽くなった気がする。でも少しだけ、重くなった気がする。それはどうしようもないことだけど。もう半分、諦めていることだけど。

「絵、描けたか?」

「まだまだです。まだ下書き段階ですよ」

 少し、あれから少し、考えた。この人に渡す、絵の内容を。何を描いたら、この人は喜んでくれるんだろう、と。だけど結局そんなことは思いつかなくて、鉛筆を持ったまま考え込んでしまった。

「何かいて欲しいんですか? 大体」

「何でも」

「何でもじゃ、分かりません!」

 そして一つだけ、案を思い出した。自分にしては随分と性格の悪い案だと思いつつ、現在その内容で下書きを進めていた。どうせこの人に聞いたって、答えは『何でも』に決まっているんだ。

「お前の絵が欲しいんだから、内容はいいんだよ。お前が書くんだから、何かしら意味はあるんだろうし。そういうことは、素人が口出しするもんじゃないだろう?」

「そんな、ことは」

 こんなに信用している人に上げる絵。なのにあたしは、一番残酷な方法でこの気持ちを伝えようとしている。それが分かったが、今更止めようなどとも思えなかった。

 



 先生に渡す絵。それは先生自身を描いた絵。

 昔の、恋とも憧れとも、つかぬ感情にがんじがらめにされて動けぬ彼を。

 いつまでも、そうやって自分の中に閉じこもっている彼を。恋は面倒だと、生徒なんて関係ないと割り切ってしまっている彼を。

「楽しみにしててください」

 傷つけることを許して。だけど、それには決して恨みなんてこもってないから。ただこの気持ちを、ありったけの恋を、その絵に写し取るだけだから。

 あなたが、大好きです。それを、伝えたいだけだから。卑怯で、幼い恋しかできないあたしを許してください。

 もう、長々とすみません。あとグダグダで申し訳ない。今、一話目から書き直す準備をしておりますので、もう少しお待ちください。


 残りあと五話になってきました。

 あと五話でこんな悲恋チックなモノがはたして、ハッピーエンドで終わるのか。……私が知りたいです。

 でも、先生目線をあんまり書いてないので、先生がどこら辺で藍華を見る目が変わるのか分かりませんね。

 書き直しを行う際、その辺も考慮に入れようと思いますので、もしよかったら『何話目、先生どう思ってたのー』と聞いていただけると嬉しいです。



 あと数ヶ月(もう決定)お付き合いください。

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