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drop(改訂前)  作者: いつき
本編
24/43

第二十四話 『変色心理』

長々と更新なくってすみません。ちなみに改定作業は全くといっていいほど進んでません。

申し訳ないです。とりあえずこれで、卒業までいってから、改定しなおそうかと。

結末が分かればやりやすそうですし。


夏休みも中盤というこのごろに春なんて書いてすみません。もう少しお付き合いください。

「ねぇ」

そう声をかけられた。声変わりしたらしいのに、少し高さを感じる声だった。

声をかけてきたのはかっこいい男の子。明らかに、あたしより年下と分かるけど。深い色を湛えている黒い二重の目がこちらを向いていた。見つめられて、目をそらしたくなる。

 どこかあの人に似ていると思った。あの人よりずっと小さいのに。あの人のほうが、ずっと冷たい表情を作るのに。この少年を見てはじめに思い浮かんだのはあの人の顔だった。

「何か?」

 学年が変わった。可愛い一年生も入ってきた。

……この子も、多分一年生だろうと思う。美術部に入る気があるんだろうか。それにしては、話しかけ方がなれなれしい気がしないでもないけど。先輩になる人間に向かって。

「あんたの絵、面白いね」

 その少年はただ一言、そう言って美術室から出て行こうとする。

ぽかん、と口をあけ、あたしは慌てた。なにこの子、二つも年上のあたしに向かって、『あんた』とか。そして『面白い』って。少し、いや、かなり失礼じゃないだろうか。

 上手いじゃない、綺麗でもない、『面白い』と、そう言った。いや、悪い気はしないけど。一応気に入ってくれたみたいだから。気に入ってくれたのなら、嬉しいけれど。

 絵をほめられるのは、とても嬉しいことなんだけど。

「ちょっと、何しに来たの。入部希望者?」

 咎めるようなあたしの声を聞き、その子は笑った。笑うと少しだけかわいいかもと、思ってしまう。光を受けて天使の輪が出来た髪が羨ましい。

「よろしく、センパイ」

 そう言って、今度こそ出て行った。不思議な子だと、そのときはそう思うだけだった。そのときは、と限定しておく理由がわかるのは、もう少し先の話だと知らなかった。




 桜がそろそろ散ろうかという四月後半。

風はまだ少し寒く、しかし確実に暖かさも含んで藍華の頬を叩く。そんな中、藍華はペンを持ったまま、ぼぅと外を眺めていた。

 舞う桜の花びらが窓に張り付く姿が美しく、我知らず見とれていた。

 最近気付いてしまった……とはいえ、もう二ヶ月以上たっている感情はその形を変えることなく、だがその色だけを強くしていた。

消し去ろうと思えば思うほど、はっきりと心に強く映る。

 存外に、やっかいな想いを未だ藍華はコントロール出来ずにいた。

 冷たくて、優しくて、一緒にいると落ち着かないあの人への気持ちが、確実な色を持ち始める。

「平田」

「っ……! はい」

 急に呼ばれて、びくりと体が勝手に反応する。声が出ないことが僅かな救いだった。少し肩が跳ね上がったが、それは驚いたといえば何とかなるだろう。

危うく落としかけたペンをしっかりと握り、平静を装って振り向いた。髪は、変ではないだろうか、菊池の顔を見て、大丈夫だろうかと言うように、最近悩みが多くなっている。

恋する乙女、というやつだろうかと、真紀に話すと『そうかもねぇ』と笑いながら返された。これが恋する乙女のすることなら、恋する乙女とは以外に面倒なものだと思う。

「入部希望者、今年五人だってな」

「あ、はい。坂野先生、もうすぐ帰ってらっしゃるってことで、それを聞きつけた子たちが受験してきたみたいです」

 例の変人画家の先生が帰ってくる。しかも、外国ですごい賞を受賞して。

それを藍華が知ったのはつい最近だった。それを聞きつけた、県内の生徒たちが受験してきたらしいのだ。五人、多分すごい才能の人ばかりなんだろうな、と今から楽しみにしていた。

 そんな人が、この教室で絵を描く。自分のすぐ近くで。考えただけでも顔が緩みそうになるのを慌てて堪えた。今から楽しみだ、というより、うずうずと落ち着きがなくなってしまう。

「去年、実際ここに来て描く人は一人もいなかったから、楽しみです」

「だろうな」

 どことなく、居心地の悪い、ぎくしゃくとした話し方だった。

それをお互い自覚しつつ、どう反応していいのか分からない二人は、ただまごついていた。どうやったら元の関係に戻れるのか、方法も分からず、手探り状態が続いている。

特別、何がどう変わった、と言うのがない分、解決するのに時間がかかりそうだった。

「描かないのか? 絵」

「ちょっと、今は……」

 そして、絵が描けないのも続いていた。

描きたいものが浮かばず、思い描けばいつも同じ人物を浮かべている自分に気がつき愕然とする。描きたい、そう思うことが駄目だと分かっていた。

 そして、描いてしまえばこの感情がより一層、鮮やかに胸に灼きつくということを無意識のうちに知っていた。

「描きたいものを、探してます」

 描いても、大丈夫な物を探してるんです。

 それが何かは分からないけれど。見つかるかどうかも、知らないけど。

「そうか」

 藍華はちらりと、と息のように呟いた菊池の横顔を見た。

見た瞬間、ぱっと顔をそらす。夕日に照らされた横顔が、見たこともないほど寂しく映った。孤独な人だと、なんとなく最初に思ったあのときと変わらない印象だった。

その孤独の理由を、あたしは少ししか知らないけれど。

「見つかると、いいな」

「はい」

こうした瞬間、何の前触れもなく、この人が好きなんだと自覚する。

それはもう、予想もしないくらい突然に、なんでもないこの瞬間に。涙が出そうになるくらい、泣きたくなるくらいそう思って、そして絶望するのだ。

 叶わないんだと、叶ってしまってはいけないんだと、そう知って絶望するのだ。この想いは、邪魔なだけなんだと、同じくらい突然思ってしまうのだ。馬鹿馬鹿しいくらい、それは突然に。

 残念なことに、藍華を襲うこの感情が現れるのはいつだって、菊池が目の前にいる瞬間なのだ。家ではどんなに思い浮かべても、好きだと言う感情は浮かんでこない。

変わりに、『迷惑だ』という言葉だけが浮かんでくる。そして静かに涙を流すのだ。ほろりと一筋だけ。ぽたりと一滴だけ。



 好きだと、そう言えばいいだけのことではない。その一言が、どんな影響を及ぼすかなんて考えたくもない。だから今日も、またその感情にふたをして見えないようにする。

 できれば、そのまま消えてしまえと思いながら。

 できれば、そのままなくなってしまえと願いながら。

 また一つ、涙を零すのだ。




 青色……涼しい色。空の色、悲しい色。澄んだ色、嘘がない色。

――大好きな、二番目の姉の色。そしてその彼の色。二人の色。少し前までは、涙の色。

 桃色……優しい色。花の色、柔らかい色、包んでくれる色。ほんの少し、厳しさも含んでいる色。

――大好きな、一番目の姉の色。そして、先生がくれた、アメの色。切なささえ、持っている色。

 黄色、緑色、白色、黒色……。世界が色づく。色づいて、目に映って、涙になって、外に出る。なら、この恋の色はいったい、何色だろうか。何色で、表せるだろうか。


 この目に映る世界は色鮮やかで、美しく、そして悲しい。その悲しささえ愛しく、全てを紙の上に閉じ込めたくなる。閉じ込めた瞬間、その世界は変わってしまうけれど。

 元の世界のような色鮮やかさは失われてしまうけれど。それでもあたしはその世界を閉じ込めるためにペンを動かす。少しでも近づけと。少しでも覚えておけるようにと願いを込めて。

次の瞬間にはなくなっている世界の色を、慈しむように。その色すべてを、目に焼き付けておけるように。

いつか変わってしまうこの心も、消えてしまうかもしれないこの切なさも。

すべて紙の上に吐き出して、胸の中は空っぽにしてしまいたい。そうしたら、いつか懐かしんで紙を眺めることができるだろう。

今は見たくないこの感情も、いつかは眺めることができるようになるだろう。

 

 


この切なさは深い群青。

この愛しさは桜色。

この涙は水色。

この痛みは激しい赤色。

この感情の正体は、変幻自在な無色。

あたしの心を映して、幾色を称える。無限の色を、作り出す。

 



「そうだ。平田」

 ぽつり、といきなり菊池が話しかけてきた。

「何ですか」

 何気ないように装いつつ、胸の動悸を鎮めるように胸に手を当ててそっと深呼吸した。そうでもしないと、動悸の音が外に漏れ出てしまいそうになる。

「俺、お前の絵がほしい」

 突然の、話だった。

「はぁ」

 言っていることがよく分からず、疑問形で帰す。どういう意味で言っているのか、見当もつかない。このときばかりは気まずさなど吹き飛んでしまった。

「平田が描いた絵がほしい」

「な、んでですか」

 自分の絵がほしいと、そう言われたのは初めてで驚いた。小さく、うれしいと思う反面、どういう意図でかと疑ってしまう。多分、この人にしてみれば、何てことない話なのだろう。

「いや、何となくほしいと思って」

 お前の色使い好きだし。

「び、美術に興味がない先生がそれを言いますか」

「いいだろう。こういうのは、好みの問題だって、平田が言ったんだから」

 そっぽをむいたまま菊池はそう言い、懐から鮮やかな包み紙に包まれたあめをこちらへと放り投げる。

いつも貰っている口止め料だ。最近はタバコをすってないのに、それでも毎日くれるのだ。

「それ、絵の代金」

「あたしの絵はアメ一個分ですか」

 からかい気味にそう言いつつ、ドロップの包み紙から桃色のそれを取り出す。コロンと手の中に躍り出るそれを指先でつかみ、口に含んだ。甘すぎる砂糖のような味が口に広がる。

 舌の上で、ゆっくりと小さくなっていくのが分かった。

「いつになるか分かりませんよ」

「いいよ」

 卒業までなら。

 そう言った彼の口調がいつもと違うような気がしたが、知らないふりをした。どうしたんですかと、問うような関係ではないと思い出した。

『卒業』という言葉で、あたしは生徒なのだと、当たり前のことを認識した。

「では引き受けます」

 どうせ描くのなら、今迄で一番素敵な絵をあなたに。


まだ最終話までとおいですが(下書きあと十数話)、お付き合いくださいませ。

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