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ルナリアは闇夜に咲き誇る  作者: 暁 乱々
1.この願い、どうか届いて!
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1.5.1 三人組ふたたび

 半月後。ルナリアは背負い袋に商品の服を詰め、街へ出かけました。ペガサスの絵は入っていないので、前より荷物は少なく、身体の動きも軽やかです。


 でも、ルナリアはずっと不安でした。別の人さらいがひょっこり現れて、さらわれてしまうかもしれません。魔法の力はあっても、太陽の下ではとうてい戦えません。魔法で家のそばにある透明の壁をすり抜け、あのにぎやかな街に行くことができれば、どれほど楽だったことでしょう。


 だけどどんなにがんばっても、ルナリアは壁を破る魔法なんて使えませんでした。悩んでもしかたありません。辺りを見回しながら、足跡一つない、凍える雪原を歩きます。結局なにごともなく、暗い灰色の街へとたどり着きました。


 街はいつものように暗く、元気がありません。今日は特に不気味です。ルナリアが街に入るとすぐ、ありとあらゆる建物の陰から、ひそひそ声が聞こえてきます。なにを話しているかはわかりません。あまりにも気味が悪かったので、ルナリアはその声がする場所をのぞき込みました。すると声は止み、そこにいたはずの人は、するすると消えてしまいました。


 怖くなったルナリアは、逃げるように走りだしました。商品を売りに行く組合に向かって、市場を駆け抜けます。走っている間、ひそひそ声は聞こえません。いや、聞こえなかっただけかもしれません。視線をいくつも感じます。ルナリアを指さす人もいます。


 この半月の間になにがあったのでしょう。人さらいの主である魔女のオルカが、街の住人になにかしたのでしょうか。魔女はルナリアと違って、どんなことだってできるのです。


 市場までの道はわかっています。ルナリアは露店の商品を踏んづけないよう、地面だけを見て、大嫌いな組合へと逃げ込みました。


 組合には商品を売る人たちの列がありました。ルナリアはいつものように列の後ろに並びます。列に並ぶ人たちは、ルナリアの姿を見てもなにも言いません。ただ自分の商品を売る順番を待っていました。


 しばらく待っていると組合の人が建物からでてきました。一人ではなく、がたいの良い男が三人。みなとても高そうな服を着ています。三人の男はそろってルナリアのほうへやってきます。そのうちの一人が声をかけました。


「お嬢さん、こちらへ来てください」


 男の言葉にルナリアは頭が真っ白になりました。


「どうして? 私、捕まるの?」


 すると、男たちはビクビクしながら、顔を横に振りました。


「そ、そんなめっそうもない! 他のほうより先に買い取り手続きするだけです。さぁさぁ、こちらへ」


 ルナリアは不思議に思いながら、男のあとをついていきました。


 男の一人は列の一番前にいる物売りを押さえています。もう一人の男は扉を開けています。前に並んでいた人たちよりも先に、ルナリアは組合の建物へ入りました。


 建物に入ると、ルナリアを案内した男は一礼し、引き下がりました。奥にはあのいじわるな目利きが座っています。また酒を飲んでいたのか顔が真っ赤です。でも今日はなにやら慌てています。小さな瓶の中身をなんども口に含み、なんども吐き捨てました。部屋にはツーンとするミントの香りが漂い始めます。目利きの男が口にしていたのは、とても高価なミント油でした。


「小さな嬢ちゃん、今日はなにを持ってきたのかね」


 ひどい酒の(にお)いはすっかり消えていました。


 ルナリアはいつものようにテーブルに商品を並べます。売りに出すのは半月前の半分、服五着です。


 服をテーブルに並べ終えると、目利きの男が一つ一つ手に取って、ほつれや傷がないか確かめます。服を引っ張ったり、ルーペでのぞき込んだりしましたが、ケチは一つもつけませんでした。目利きがいやみ一つ言わずに、ぜんぶの品を合格にするなど初めてでした。


 ルナリアは目利きから、服五着の代金を受け取りました。ルナリアの手のひらには、普通のコインに混じって、見たことのない銀色のコインがありました。コインの数字を足していくと、売り上げは前の五倍ありました。売った服の数は半分しかないはずです。


「どうして買い取りのお金が急に上がったの?」。


「それはお嬢ちゃんの商品が、文句がつけられないほどきれいだからだ」

 目利きの男はさらりと答えました。


 でも変です。ルナリアが納めたのは前と同じような服です。それにルナリアが見るかぎり、今回売った服のできが特別いいわけでもありません。今日はなにか変です。ルナリアはいくつか質問してみることにしました。


「じゃあ、もし他の人が私とおんなじ商品を持ってきたら?」

「それなら同じ額で買い取るよ」


「他の人がいい商品を持ってきているかもしれないのに、どうして私のものを先に見たの? 前の人はせっかく早く来て並んでいたのに」

「それは嬢ちゃんが特別だからだ」


「特別ってどういうこと?」

「それは、だな……」


 目利きの男は言葉につまりました。黙り切ったまま、ちっとも動きません。


「なに? 変なこと考えてない?」

「い、いえ。めっそうもない。変なことなどまったく……」


 男はすっかりどもっています。そのときルナリアの後ろから声がしました。


「それはお嬢さんが魔女の子だからです」

 それはルナリアを目利きのもとへ案内した男のものでした。組合に並ぶ人たちの列を割り、先にルナリアを通した二人も加わり、三人そろって立っています。


「どうして私が魔女だって知ってるの。今日は一度も魔法を使ってないのに、誰から聞いたの?」


 ルナリアが尋ねると、男たちは口々に言いました。


「この地を統べるオルカ様から直々に伺いました」

「組合の者すべてに申し伝えるよう命じられました」

「だから目利きの者も知っておるのです」


 この話し方……どこかで聞いたことがあります。ルナリアはもう一つ聞いてみることにしました。


「でも、オルカ様ってとっても怖いんでしょ。私、知ってるよ。みんなひざまずいていた。気にくわなかったらすぐ魔法使うんだから。おじさんたちはどうしてオルカ様と直接話ができるの?」


「オルカ様が我々を選んだだけです」

「組合にいる我々に命じれば早く伝わると、見抜いてらっしゃるのです」

「我々は言われたことに従っただけです」


 三人の男がそう言ったので、ルナリアはもう一つ尋ねます。


「でも、私が魔女だなんて信じると思う? 私がほんとうに魔女なら、あそこのいじわるおじさんに、ありったけの呪いをかけているよ」


 ルナリアに指さされた目利きの男は「ひぃっ!」と声をあげ、机の下に隠れました。


「あなたたちがどんなに私が魔女だと言って、いじわるおじさんが言うこと聞くと思う? さんざん言い合いして、安く買いたたいてもなんにもなかったのに。もしかしてあなたたち、オルカ様の力を借りているの?」


 すると、三人の男は黙ってしまいました。


「やっぱり、あなたたちは、のっぺらぼうの人さらいなのね?」


 男の一人がピクピク震えています。ルナリアはそれを見逃しませんでした。


「どうして震えてるの? ただの当てずっぽうよ」

 ルナリアが男たちの目をのぞき込むように見ています。


 すると三人とも「「ひぃっ!」」」といっせいに声を出し、両手で顔を隠します。もうバレバレです。男の一人は『自分たちは組合にいる』と言っていました。つまり、組合はオルカと組んでいたのです。



 建物の中を照らすオレンジのランプが、突然明るい緑に変わりました。


 男たちの顔がますます引きつります。三人ともわなわな震えながら、ぎゅっと抱き合います。ランプの光に照らされて、男の顔がどんどん緑色になっていきました。炎の色に合わせ、部屋全体が毒々しい緑色の光に染まっていきます。


「ヤバい、オルカ様のお怒りだ」

「魔女の子にしゃべったから」

「お、俺たち……このままでいさせてくれ」

「お許しください、オルカ様!」

「言いふらすなど、軽率でした。申し訳ございません!」

「なんでもしますから!」


 男の叫びが部屋にむなしく響きます。それを聞きつけてか、壁のあらゆるところから緑色の毒蛇が現れました。蛇はするすると三人のほうへ向かっていきます。男たちは意味のとれない叫びをあげて、蛇を避けるように部屋中を駆け回りだしました。目利きの男はテーブルの上から動けません。もう泡を吹いて倒れていたのです。


 でもルナリアは平気でした。男たちを追いかける毒蛇をひょいと一匹捕まえて、強く強く引っ張ります。すると、毒蛇の身体は簡単に真っ二つになりました。二つにわかれた毒蛇は、骨一つ残すことなくあっという間に消えました。


 一匹が消えると毒蛇は次々と壁の中へ帰っていきます。ルナリアはすかさず壁に向かい、人差し指を振りました。たった一振りで毒蛇は緑色の光の粉に変わって、部屋中に飛び散りました。


 もう毒蛇はいません。けれども飛び散った光の粉が、男たちにパラパラとかかります。三人の男は、緑色の光を吸い込まないよう鼻をつまみながら、身体についた光の粉を必死に払い落としています。きっと毒の粉だと思っているのでしょう。パタパタはたいても、はたいても、粉が降り止むことはありません。とうとう息が我慢できなくなって、男たちが緑の光を吸いこみました。


「蛇の粉を吸っちゃった」

「ありゃきっと毒だ。俺たち死んじゃうよ」

「なんでもしますから、毒を消してください」

 男たちが天井に向かって声をあげます。


 ゆっくり光の粒は消えていき、不気味な緑色の部屋も元に戻りました。ランプはもうオレンジ色です。


 テーブルの上にいた目利きは泡を吹いて倒れていました。三人組はすっかり気が抜けてしまっています。


「大丈夫よ、私が蛇の毒を消しておいたから。オルカ様の力が強すぎて、毒の無い光に変えるだけで精一杯だったのよ」


 ルナリアが男たちに笑いかけます。すると、三人は息を切らしながら、すっかりへたりこんでしまいました。


「でも、もう悪さはしないこと。変なことしたら私の魔法は解けて、吸い込んだ粉が毒蛇になっちゃうよ。身体の内側からガブガブいかれたくないでしょ」


 男たちの顔はすっかり真っ青です。

 ルナリアはそそくさと組合の建物から出ました。もちろん、ぜんぶルナリアのいたずらだったことは、彼らにはないしょです。

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