1.4.- 温かな魔法に囲まれて
その次の日、ルナリアはまた針仕事に励みました。ペガサスが部屋を暖めたおかげで、雪に濡れた生地は一晩で乾いていました。でもペガサスの姿は見えません。夜明けとともに消えてしまったのです。ルナリアがどんなに呼んでもペガサスは現れませんでした。
ルナリアの仕事は夜も続きます。母親と粥を食べるほんの少しの時間以外、ルナリアは服を作り続けました。
壁にはパースの絵をかけてあります。絵はもう輝きません。目利きに汚された絵は元に戻らないのです。
夜もルナリアは針を手に取ります。炉で小さな枯れ枝を燃やしていますが、部屋は暗く針の先がよく見えません。ペガサスの絵のきらめきは思った以上に大切だったのです。
「いたっ!」
ルナリアはとうとう自分の指を針で刺してしまいました。炉の火に指をかざすと血の粒が見えました。これではもう仕事はできません。布に血がついてしまいます。布に血がついてしまったら取れません。
――あのペガサスがいてくれたら。無理ならせめて、ランプの明かりがあればいいのに。
ルナリアはそう思いながら、血が引くのを待っていました。
するとふと、手のひらがぽっと暖かくなりました。部屋もぱっと明るくなりました。ルナリアの目に火と同じ色の光が飛び込んできます。気づけば手に、小さな火の玉が乗っていました。火の玉といってもぜんぜん熱くなく、あのペガサスと同じ温かさ。動物の背中に触ったような感じです。
火の玉は手のひらから離れ、天井へとのぼっていきます。炎のようにゆらゆら揺れるので、ちょっぴり不気味ですが、手元をほどよく照らしながら部屋を暖めてくれます。物を燃やすこともなさそうですし、ルナリアは火の玉を浮かせたままにしました。
火の玉に見とれていると、ルナリアのほほに温かいものが触れました。
振り向いたルナリアは、思わず「うわっ!」と声を出し、目を閉じてしまいました。まぶたの向こうにかすかに赤い光が見えます。目を開くと鼻を突き出した黄金色の小さなペガサスがいました。パースの絵に棲み、人さらいと戦ってくれた、あのペガサスでした。違うのは大きさだけです。
ペガサスが鼻でルナリアをつつきます。痛くはありません。温かな感触があるだけです。
ルナリアは思わず抱きしめました。けれども両腕はすり抜けて、ぶつかってしまいます。やっぱりこのペガサスは光の塊なのです。一晩経ってもほんものの動物にはなれないのです。けれども、その仕草はほんものの馬と変わりません。
光の魔法を使っている間に指先の血はすっかり固まっていました。ルナリアはその指を使わないようにしながら、日付が変わるころまで針仕事を続けました。
次の日も、その次の日もルナリアは働きました。そして針仕事の合間を縫って、自分の魔法を試しました。
ペガサスも火の玉も夜明けとともに消えてしまいます。けれども、ほんとうに消えたわけではありません。ルナリアが呼べばすぐ、壁をすり抜けて帰ってきました。部屋の中なら魔法の光ははっきり見えるのです。
でもペガサスたちを真昼の外に連れて行くと、薄い透明の身体になってしまいます。魔法の光はとても弱くて、太陽の光に負けてしまうのです。負けるとはいっても、姿を消すようお願いするまで、光のペガサスは消えません。ほんとうははっきりとした姿でずっといて欲しいのですが、どんなにがんばっても、太陽の下ではかすんでしまいました。
その代わりに夜になれば、魔法の光はあざやかにきらめきます。ルナリアは光の動物を生み出し、部屋を照らしました。生み出す動物もペガサスだけではありません。心に描くことさえできれば、雪色の小さなねずみや野ウサギだって出せました。一匹だけじゃなく、二匹でも三匹でも、場所が許すかぎり生み出せました。母親を起こさないように注意して、あとは動物たちの思うままにさせました。部屋を駆け回り、じゃれあう光の動物たちは、見ているだけで寂しさがまぎれます。
ルナリアは輝く動物たちに囲まれながら、くる日もくる日も、服を作りました。




