5.2.5 宝石の魔法はもうおしまい
ルナリアたちのいる国境の街は大きく揺れていました。壁を突くごとに透明の壁は大きくたわみ、地面を震わせます。壁にはすでに亀裂が入っています。人々が刃をぶつけていない間も傷は広がり続けます。壁を生み出す魔法の力が弱まっているのです。
「もうすぐだ。壁が壊れるぞ!」
誰かの声とともに、国境に歌が響きます。
壊せ、壊せ、さぁ壊せ。
ビラにならいてさぁ壊せ。
壊せ、壊せ、さぁ壊せ。
獣とともにさぁ壊せ。
壊せ、壊せ、さぁ壊せ。
みんなそろってさぁ壊せ。
ルナリアもパースも、狼の親子を含めた獣たちも、いっせいに壁にぶつかります。
もう反動はありません。
壁のヒビはどんどん広がって砕け散りました。
割れた壁はまるでガラスのよう。大きな塊で落ちていきます。その破片に当たっても刺さりはしません。おしつぶされることもありません。ルナリアの魔法と同じ、ただの幻にすぎないのです。
人も獣も鳥たちも勢い余って飛び出します。
みな外の空気を大きく吸って大歓声をあげました。
ルナリアもパースもぴょんぴょん跳ねて喜びます。狼の親子も尻尾を大きく振っていました。
でも、ルナリアたちが喜びに浸れるのは、ほんのわずかの間だけ。すぐさまパースが呼びかけます。
「じゃあ早く出よう。ルナリアも僕もまだお尋ね者。さっさと国の手が及ばない場所に行かないと」
ルナリアとパースは父親狼に乗って、壁のあった場所を越えていきました。
これでもう罰を受ける必要はないのです。
父親狼の後ろには子ども狼と獣たちがついています。もう狭い森で窮屈な思いをしなくていいのです。外の世界はどんな場所なのか、まだ誰にもわかっていません。けれどもあのような王様が治める国から逃れられるのです。
この国に壁はもうありません。もし外の方が暮らしにくいなら、ここへ戻ってくればいいだけです。もちろんルナリアとパースはしばらく戻れませんが……。そんなの二人にとってはどうでもいいことでした。
背中から太陽が顔をだしました。
青い宝石は少しずつ、朝の光に溶けていきます。
ルナリアの魔法はもうおしまい。魔法使いたちは目を覚まし、お互いきょとんと見つめています。彼らのそばには、なにも入っていない白い布がたくさん散らばっていました。
気がそぞろの間に鳥たちが彼らの杖を盗みます。杖は叫ぶように青くきらめきます。でもその光を追う魔法使いはひとりもいません。王様が消え、かけられた暗示はすっかり解けたのです。
魔法使いの杖は国境の外で捨てられました。平民たちが集まって杖に火を放ちました。杖は青みがかった水のような炎をあげ、宝石ごと燃えています。
ルナリアはその様子を狼の背から見ていました。
「止まってはダメだ。姿が隠せる場所まで、走って!」
スピードが落ちていく狼を、パースが奮い立たせます。
ルナリアは「どうして?」と聞きます。
「僕らは知られちゃいけないんだ。この革命はパーリアが企てたんだ。僕らではない。わかるかい?」
パースの言葉にルナリアは首をかしげますが、これ以上問うことはしませんでした。だって普通、こんなに遠回しな言い方をするでしょうか。
――パースはぜったい答えない。
ルナリアにはわかっていました。
ルナリアたちは国境を越えて、猛スピードで走り続けます。
日没まで走ると深い森が見えてきました。入口には紫色のルナリアが咲いています。狼たちはルナリアとパースを乗せたまま、その森の奥へ駆けていきました。




