5.2.4 みんな手のひら返して
人と鳥獣が集まり、壁を破ろうとする様子は王城からも見えました。
王様は大好きな黒猫を抱え、親指の爪をかみながら、虹色に波打つ国境の壁を見つめます。そばには呼びつけておいた大臣が立っていました。
「見よ、この光景を! 軍は送り込んだのだろうな?」
王様が西方領の国境を指し、荒々しい声で大臣に問い詰めます。
「ええ、もちろん手配しました。三十名の魔法使いと千名の兵士を送っています」
「たったそれだけか! いますぐ魔法使いを増員しろ! 城から魔法を放てば平民の群れなどすぐ静まる」
「残念ながら陛下、みな宝石に夢中でございます」
「なぜだ? 夜空から宝石が降るなど甘い話はないであろう。あれはまやかしだ!」
「さすがは陛下、おっしゃるとおり。しかしあれはよくできた幻影です。一粒一粒雪のように積もり、礫のごとく転がっております。見ただけでは本物と区別がつきません。陛下があまりに強い暗示をかけたものですから、幻に欲が膨らみ、心を奪われてしまったのでしょう」
王様は「ぬぬぬ……」と、顔を真っ赤にしています。
「ならば兵士を送れ!」
「残念ながら陛下、みな民に交じりて結界を突き破ろうとしています」
「なんだと? 役立たずが!」
王様は怒るばかりでなにもしません。腰には立派な魔法の杖があるのにぜんぶ人任せです。
大臣はそんな王様を冷めた目で見ていました。
「陛下、そろそろやめにしませんか」
「なにをだね?」
王様はとげとげしい口調で大臣に問います。
「きらめく青の牢獄。民を縛る政をです」
王様は顔をしかめ、歯をくいしばっています。
「縛るだと? 我は宝石の力で国を守っておるのだ」
「そう、ですか……」
「その口ぶりはなんだね? 我に不満でもあるのか」
「ええ、大いに」
大臣は王様にくるりと背を向けました。腰元にある剣の鞘がきらめきます。
「私はこれで失礼します。祭りに行かねばなりませんので」
大臣は服の胸元からなにかを出しました。
ビラです。ルナリアとパースが作ったあのビラです。わざとらしく掲げ、ピラピラと振っています。
王様はもうカンカンです。
顔をゆがませながら杖を手に取りました。
大臣に魔法をかけようとした瞬間、王様の部屋にたくさんの白い鳩が飛び込んできました。
鳩が顔をつつきます。
翼で視界が遮られ、大臣の姿がわかりません。
「なぜだ、なぜだ。なぜ真夜中に鳩が飛んでおるのだ!」
王様はしきりに鳩を払います。そうしているうちに、うっかり杖を落としてしまいました。
落ちた杖は部屋にいた黒猫がくわえます。王様のもとに届けるかと思いきや、そっぽを向いて走っていきます。
「待て、この泥棒猫め!」
猫は待つことなく、そのまま部屋を出ていってしまいました。
それから間髪入れずに、部屋に大きな鷲が飛び込んできます。あまりにも大きく、この世のものか疑うほどです。こんな大きな身体、どこから入ってきたのでしょう。
よく見れば普段閉めている大窓が全開でした。
実は大臣が前もって開けていたのです。
鳩が王様の顔から離れます。
代わって鷲が一直線に飛んできます。そのまま鋭いかぎ爪で肩をつかんで、丸々と太った王様の身体を持ちあげました。
「離せ、やめろ、やめてくれ!」
鷲は王様をつかんだまま、開いた大窓から飛び立ちました。
夜の闇には、宝石色の流星を見守るように満月が浮かんでいます。
鷲は王様の叫びに耳を貸すことなく、雲すら越えて、月の方角へ消えました。




