5.2.1 ビラ降り注ぐ
西方領の街に、白い布がひらひらりと降ってきます。外だけではありません。家の中もビラだらけです。鳥たちが窓から入り、足に握ったビラをばらまいて飛び去っていくのです。
布はただの切れ端で見た目はゴミです。けれども捨てる人はほとんどいません。
平民の家にランプはありません。火を灯すだけでもお金がかかりますから、仕事や食事の用意以外で、昼間に炉を使うことはないのです。それにこの辺りでは、冬の激しい寒さに耐えるため、窓は大きくありません。だから昼間でも薄暗いのです。鳥がまいたビラは家の中でぼんやり光ります。そこに描かれているのは、国を囲う壁が破られる絵です。
平民たちは魔法使いと人さらいに怯えていました。作ったものは領と街を支配する組合に安く買いたたかれ、いつまで経っても貧しいまま。人さらいと魔法使いが組んでいるのは誰もが知っていましたし、ルナリアのような子どもを除いて、組合が魔法使いの支配下にあると読めていました。
そんな平民たちにとって、国境の壁が消えるのは、ひそかに抱いた夢だったのです。もちろん外の世界は知りません。いまの暮らしよりいいのか悪いのかわかりません。いえ、壁の向こうに見える街のきらめきを見れば、ここよりいいに決まっています。
外の世界のほうが希望に満ちている。平民たちはそう思っていました。
この小さな布には、人々の願いが描かれていたのです。
人と獣が力を合わせ壁を破る絵は、まるでおとぎ話のよう。
でも、ビラを配っているのは鳥たちです。こんなこと、どうして起こりましょう。
おとぎ話は始まっているのです。
鳥が動くなら獣だってついています。ビラを配る姿を見た人々は、これがただの空想とは思えなくなっていました。家の中でこっそりとビラは読まれ、お隣さんとのひそひそ話で、夢の絵は領中に広まっていきました。
かたや布を盗られた商人たちはかんかんです。生地屋の店主は市場に落ちたビラを見て「このいたずら鳥め、こんどこそとっ捕まえてやる!」と怒鳴っていました。
そんな店主の元にも、うわさ話が流れます。街の人が言うとおり、布を闇にかざすと不思議な絵が浮かびます。それを見た店主はすっかり納得し、わきたった怒りはすぐ収まりました。
その後、市場の店はこっそりと、いっせいに閉まり、街から人が消えました。人々のひそかな大移動が始まったのです。
そんな街の様子を、西方領主のオルカは見ていました。
だけど止めはしません。窓から投げ入れられたビラを読みふけっていました。
ビラを読み終えると、オルカは杖を振ってなにやら大きな物をこさえました。
そして三人組を呼びつけます。
「作業場の門を開けよ! いますぐに!」




