5.1.3 パースの企み
パースはルナリアに作戦を説明した後、子ども狼たちに声をかけました。
「どうか街まで行って布を盗んできてほしい。でも白っぽいものでお願い」
「どれだけいる?」
「できるだけたくさん。だから他の動物たちの力も借りないと」
「もちろんそうする。俺たちだってバカじゃない」
「ついでに結界を破る方法も伝えてほしい」
「それもわかってる」
「パースの言うことお見通し」
「小鳥に頼もう」
「やつらは素早い」
「器を拾えば楽ちん」
「それはいい」
「さぁ、行くぞ!」
七頭の子ども狼は鉱山から勢いよく飛び出していきました。
子ども狼たちがいなくなると、残りは父親狼と二人だけです。
洞窟はスッカスカ、すっかり寂しくなりました。
でもそれはほんのわずかな時間だけ。入れ替わりで猪の群れと熊がやってきたのです。
熊は金色の地下牢にいたあの熊です。
ルナリアは思わず熊に尋ねます。
「どうして? 遠くに逃げたんじゃないの?」
それを聞いて熊は大笑いです。
「どうしてって? 用心棒がいるだろう? ルナリアの魔法はすげぇけど、とどめがない」
たしかに、魔物たちを倒したのは熊たちでした。
「おまえの魔法だけだったら、ここは幻に囚われた魔法使いの巣になっちまう。だから代わりに俺がかっ飛ばしてやるのだ」
それからも次々と、動物たちが洞窟にやってきました。鷹だって飛んできます。足のかぎ爪に、ぷっくり膨れた布をぶら下げ飛んできます。降り立ってそれをバサリと広げると、中から赤い実がたくさん転がりました。
それを見たルナリアは「なにこれ?」と聞きます。
「透明な壁の周りに、黒い葉っぱの木があっただろ。あの木の実だよ」とパースが答えました。
ルナリアは木の実を手に取ります。きれいな紅色でりんごそっくりですが、なんだか不安です。
「これ、毒じゃない?」
「ぜんぜん! 毒なんかちっともない、たくさん食べても当たらないよ」
パースはそう言って、実をガブリと食べました。
ルナリアもいっしょにパクリと食べました。
あの木は一年中実をつけるのですが、旬は秋だそうです。だから春の実は小ぶり。けれども味は素晴らしいものでした。ルナリアは一日以上なにも食べていなかったので、何個も何個も食べました。
二人が木の実を食べている間、また鷹の群れがやってきます。木の実を持ってきたのと同じように、布をかぎ爪につかんで持ってきます。洞窟に飛び込み布の袋を広げると、こんどは中から白い布がたくさん出てきました。
「俺たちは不器用だ。ぐちゃぐちゃでも勘弁してくれ」
鷹の群れはそう言ってくるりと回り、また飛び立ちました。
彼らは人間のように物を丁寧につかめません。多少破けているのはご愛嬌。きれいなところを使ってうまくやればいいのです。パースはさっそく布を裁っていきます。
ルナリアは山盛りになった赤い木の実を見つめていました。鷹たちがまた「ついでに」とおすそわけしてくれたのです。
「こんなにたくさん……どうしよう」
「猪たちに食べてもらえばいいさ。用心棒代を払わなきゃ」
パースの言葉を聞いて、さっそく猪たちがガツガツと赤い実を食べ始めました。
「なんだか不思議だね。動物たちにご飯持ってきてもらうなんて」
「恥ずかしいけど、僕は絵を描いていると時間を忘れちゃうんだ。気づけば何時間も、何日も食べないときがあって、心配になった動物たちがよくおすそわけしてくれた。いまのはそれと同じ。きっとバカなやつと思いながら、持ってきてくれたんだよ」
パースは「へへへ」となんだか苦笑いです。
「じゃあなおさら、ありがとうって言わないと」
「そうだね。すっかり忘れてた」
「あと、これが終わったら、そのくせ直さないとね。ずっと鷹さんに頼りきりじゃダメだと思う」
「そうだね。気をつけるよ」
パースは布を裁ちながら、笑っていました。
ルナリアもパースを手伝います。ルナリアは元は針子の娘、布の扱いはパースより得意です。どんどんどんどん切っていきます。パースが描いたキャンバス画の横に、肩幅ほどの小さな布が何枚も重なっていきます。両手で持てばちょうどです。
いまもなお、布を盗んだ動物たちが、わんさかわんさか帰ってきます。
とうとう洞窟は布だらけになりました。動物たちの物盗りはもう終わり。こんどは洞窟で待ってもらいます。
一仕事を終えた動物たちは、鷹が持ってきたおすそわけをみんなで頬張りました。
ルナリアとパースはときおり動物たちと話しながら、布の山を作っていきました。
一日経ったころ、ようやく準備が整いました。これから作戦の本番です。
「ルナリア。どうか、始めて」
ルナリアはキャンバスの絵を見つめます。左から順に並べられた四コママンガを、目に焼きつけていきます。パースは粗描と言いましたが、充分立派な絵画です。ルナリアは描かれたものをそのまま受け止め、その絵を心の中でたくさん思い描きました。
洞窟中にある布がぼんやりと光りだします。一枚、また一枚、布にパースの描いた絵が刻まれます。まるで水にインクを落としたかのよう、どんどんどんどん全体に広がっていきます。
もう杖は振りません。ルナリアはお尋ね者、杖を持っているフリは無用です。平民のパースに魔法を貸しても大丈夫。だってパースもお尋ね者なのですから。人として悪いこと以外は、なにをしたっていいのです。
これから盛大ないたずらをしかけます。
でも、みんなのためのいたずらです。
二人はそう信じていました。
後ろめたいことなんて、なにひとつありません。
とうとう洞窟にある布は、すべてパースの絵に彩られました。ルナリアは心の輪転機にパースの絵を焼き付け、魔法の力でコピーしたのです。
魔法の光はいつもと同じ、決して明るくはありません。いくらルナリアが力をつけたって、太陽にさらせば消えてしまうのです。だからこのコピーが読めるのは、暗い部屋の中か夜だけです。
だけどこれくらいがちょうどいいのです。「ルナリア、完璧だよ!」とパースは大拍手。
しかしその直後、パースが「あっ!」と叫びました。拍手はすっかりトーンダウンしました。
「どうしたの?」
「ルナリア、ごめん。一つ忘れてた」
パースはいたずらの場所を示し忘れていたのです。
ルナリアも言われたとおりに動くだけだったので、まったく気づきませんでした。
パースは慌てながら、小屋から持ってきた袋を開きます。中から一枚のキャンバスが出てきました。
鐘のある街の絵です。街の中心にある背高のっぽの教会に、大きな鐘がぶら下がっています。
「西方領の最果ての街だよ。壁のすぐそばで、けっこう人が住んでいる。おまけに壁の外は草原だ」
「その街で壁を破るの?」
「そうだよ。これほど都合のいい街は他にない。壁の向こうになにもないのもいい。街とかあったら下手すると戦いになっちゃうからね」
パースが紙を一枚取ってなにかを書いています。書き終わるとそれを絵のそばに置きました。
『さぁ、西の最果てへ! 日没の鐘が壁を開く』
「この光の絵に街の絵を足すことってできる?」
「もちろん! おやすいご用よ!」
ルナリアは布の山にもう一度魔法をかけました。
白い面を十字に切って、四つのマスに分けます。そのマスにマンガを一コマずつ時計回りに並べます。そうしてできた絵の真ん中に教会の街と文字を置き、丸い矢印でぐるりと囲みました。その内側に小さな小さな『パーリア』の文字がきらめいていました。
パースはできあがった光の絵を、動物たちのもとへ持っていきました。
「お願いがあるんだ。この絵を人間たちのいる場所へばらまいてほしい。壁を破るためにどうか頼む!」
「ビラだな」と父親狼が言いました。
「もちろん乗るぜ!」と熊が言いました。
「「「「「「「俺たちも行く」」」」」」」
子ども狼が七頭そろって言いました。
「悪いけど、狼さんはお留守番。もう少ししたら僕たちも発つ。そのとき僕らを連れて行ってほしいんだ」
「「「「「「「は~い」」」」」」」
子ども狼はそう答えたあと「ちぇっ」とこぼしました。ほんとはビラを配りたかったようです。
地上を走る狼には向かない仕事だと、パースはつけ加えました。
ビラ配りは鳥たちがすることになりました。その間、地上を走る動物たちはうわさを広めるのです。
みんな洞窟の外に出ます。赤い空にゆっくりと太陽がのぼってきます。
「今日の夜、星がたくさん流れる。それまでに鐘のある最果ての街に集まれ! さぁ、出発だ!」
パースのかけ声とともに獣たちが走りだしました。
鳥たちは自分の身体に応じたビラを持って、大空へと飛び立ちます。彼らの姿はあっという間に消えて、洞窟にはルナリアとパース、狼の親子だけになりました。
「さぁ、僕らも出発だ!」
パースが呼びかけます。
そして最後に一言、ささやきました。
「ありがとう、ルナリア」




