5.1.2 パースの頼みごと
ルナリアと子ども狼七頭は、パースがいた空洞に向かいます。
寝床とその空洞はほんの少し離れています。
パースいわく、ルナリアの寝ている間に作業をしていたようです。鉱石を掘る音で眠りを邪魔しないように、わざと違う空洞で寝ることになったのです。
宝石の悲鳴がすれば、子ども狼の誰かが気づくはず。だから離れていても大丈夫とパースは思ったそうです。
道中でパースが聞きます。
「魔物に襲われたとき、どうしてあの魔法を使おうと思ったんだい?」
ルナリアはにんまり笑いました。
「学校の先生にね、ティランナっていう大嫌いな魔女がいて、目くらましをかけたことあるの。瞳の中に宝石色の青い星をたくさん散らせて、目を見えなくする魔法よ。ティランナは軍事訓練って、魔法で戦う方法を教えているの。目くらましなんて効かなさそうでしょ?」
「うん、そう思う」
「だけどめちゃくちゃ効いたの。しばらくボーッと突っ立てた。ティランナだけじゃない、クラスメートにも効果抜群だった。これは使える、と思ってあの魔法を選んだの。びっくりしたら魔法解けるかもって。
でもダメだった。死ぬかと思った」
「ダメじゃないよ。魔法はぜんぶ解けたんだ。変身も、眠りの呪いも、偽物の金貨も……」
パースがなぐさめます。
あのとき、どうして魔物が人の姿に戻ったのか、ルナリアにはちっともわかりません。だけどそのおかげで、ルナリアもパースも狼の親子も、ここで生きているのです。
ルナリアは考えるのをやめました。そして彼らといっしょに、みんなで笑い合いました。
「それにしてもルリメアゲハってすごいね。手のひらほどの大きさなのに魔法使いと戦えるもの。私、あの蝶に聞かれてたの。魔法使いは毒を浴びても逃げない、苦しいはずなのにどうしてなんだろう? って」
「それであんな魔法になったんだ!」
パースは納得したように、どこかうわずった声で言いました。
「あのときのルナリアはルリメアゲハみたいだったよ。とてもきれいで、とても怖かった」
ルナリアもパースが怖がる気持ちはよくわかりました。だって兵士の声だって耳に入っていたのです。
あれはただの青い光にすぎません。でも宝石に飢えた者にとっては破滅の呪い、魔女がこさえた甘い誘惑なのです。ルナリアは魔物たちに幻の宝石を与える代わりに、心を奪い取りました。あんな魔法、きっとティランナ先生ですら手をつけないでしょう。
――ダメ、これじゃあまっくろくろの魔女に思われちゃう。いますぐきっぱり言わないと……。
「もう! パースが怖がることないよ! 私の魔法はしょせん光の塊。ちょっぴり目は眩むけど、見ても触れても痛くないもん。どう? それでも怖い?」
パースは「ははははっ」とおなかを抱えます。
「たしかに。僕にはあんなまやかし意味ないしね」
ルナリアもパースといっしょに大笑いしました。
パースが作業していた空洞に着くと、一枚の絵が目に飛び込んできました。
その絵は横に細長く四つに分かれています。
一番左は壁に流れ星がぶつかって、青い宝石が飛び散る絵です。壁は透明ではなく宝石の色に変わっています。二番目の絵では獣たちが壁に突撃する絵です。獣が当たった壁には虹色の波紋がいくつもできています。三番目の絵は斧やつるはし、槍を持った人々が獣と一緒に壁を突いています。そのせいか、壁には亀裂がはしっています。四枚目にはとうとう壁に穴が空き、人々と獣は外に出ています。内側に残されたのは宝石の山と一人の人間だけです。
よく見ると、絵の途中に三本の筋があります。顔の大きさくらいのキャンバスを四つつなげているのです。
四枚目の絵の下に、一ヶ所だけ、小さな文字が書かれていました。
「パーリア……?」
「すごいよ、どうして読めたんだい」
パースは目を見開いています。
「いや、なんとなく……ただの勘よ、勘。当てずっぽう」
「これはこの国では使われなくなった遠い昔の文字だよ。僕だって読み方しか知らないんだ」
『言葉がわかる魔法』はルナリアだけの秘密です。パースに知られたところでなんともないのですが、光を出す魔法以外は隠しておきたかったのです。さっきパースは魔物に見せたまやかしの魔法を『怖い』と言っていました。いろんな魔法を使えることを知ったら、もっと怖がるでしょう。
ルナリアはそれを心配していました。
それに言葉がわかる魔法は、杖と宝石の力があったからこそできたもの。いまのルナリアにはもう使えません。だからこの力はないことにした方がいいのです。はぐらかすしかありません。
ルナリアはキャンバスを指して、「じゃあ、なんで四枚にわかれてるの?」と聞きました。
「これは四コママンガだよ。絵の中にストーリーを仕込んでいるんだ。なにを描いたのかルナリアにはわかるはず」
「でもこんなにたくさん、いつ描いたの?」
「ぜんぶさっきだよ。ひどいラフだけど」
「うそでしょ。こんなカラフルできれいなのに?」
それでもパースは『精彩を欠いた粗描』だと言い切りました。
「パースは寝たの?」
「二時間だけ」
ルナリアは口をあんぐり開けています。
かたやパースはそんな様子を気にも留めず、ルナリアが浮かべた光の球にポンと触れました。
「この光があったおかげで描きやすかった。寝ている間も一日中、同じ光を出していたんだから。ありがとう、ルナリア」
「私、そんなに寝ていたんだ……」
ルナリアは照れてほおを赤らめながら、一日も眠っていたことにガックリしました。
「落ち込む必要はないよ。ルナリアはほんとすごーい魔女なんだ。もっと自信を持って!」
「ほんとにそう? こんな状態なのに一日寝てるなんて、ボケボケよ!」
「じゃあ眠気覚ましに、頼みたいことがあるんだ。聞いてくれるかい?」
「頼みってなあに?」
パースがキャンバスを指します。
「この絵をコピーしてほしい。
こんどはいつもと逆、僕が先攻だ」




