5.1.1 秘密の洞窟
たどり着いた先は洞窟でした。パースが父親狼を駆り、さらに奥へと進みます。
「ルナリアお願い、魔法の光を灯して」
パースに頼まれるまま、ルナリアはほんわり白い球を放ちました。球の光は壁に当たって、洞窟の中を映し出します。辺り一面がまぶしい輝きに満たされました。
壁がほんのり白く曇った鏡のようにきらめいています。ルナリアの光を反射しているのです。同じ壁でも明るいところ、暗いところの両方あります。その光の強さは満月と小さな星ほど違っています。明るい満月の側を見ていると目がくらみそうでした。
「やりすぎだよ。もう少し落として」
パースは手で目を押さえ、狼たちはあまりのまぶしさに顔をそむけています。
ルナリアは光の球にお願いして、小さくしぼんでもらいました。
ようやくほどよい明るさになったところで、ルナリアが聞きます。
「パース、ここはどこなの?」
「ここは銀の鉱石がある鉱山さ」
でも銀の鉱石は魔法の光を浴びると、灰色に濁ってしまうはずです。その疑問をパースにぶつけます。
「たしかに鉱石は青い宝石の輝きには弱いんだ。だから宝石の放つ魔法を浴びるとダメになってしまう。でもルナリアの魔法は違う。宝石を使っていない。宝石がまたたかない。だから鉱石の輝きはそのままなんだ」
パースはきらきら光る壁を見つめながら答えました。
「それ、ほんとにわかってたの?」
「だいたい想像がついてたよ」
「どうして?」
「なんとなく」
パースが振り返り、ルナリアにほほえみます。ほんとテキトーな人です。
「この光の球、この明るさのまま維持できる?」
「できるけど……」
ルナリアはなんだか弱気です。実はさっきから気持ちが落ち着かないのです。
でも、パースはそれに気づいていないようです。ただ「それなら心強いや!」と笑っていました。
鉱山の洞窟を進むと広い場所に出ました。二人は父親狼の背から降りて、子ども狼たちにくくりつけたパースの荷物を下ろしていきます。これから少しの間ここで泊まるのです。
ここは学校からさして離れていませんし、西方領の外にある壁からは遠く離れています。ルナリアからすればとうてい安全なところとは思えません。
けれども、パースには考えがありました。
この鉱石は魔法使いたちの力に反応します。鉱石のそばで魔法を使われれば、輝きはなくなって洞窟は暗くなるのです。この鉱山には抜け道がたくさんあります。この山をずっと使っていたパースは道をたくさん知っています。ほんの少しでも洞窟が暗くなったら、鉱石が濁った側と別の穴から逃げればいいのです。
だから光の強さを保てるか、ルナリアに聞いていたのです。
「昨日一日夜更かししたんだ。ルナリアは休んでて、いざというときに備えて」
「パースは寝るの?」
「いや、起きている」
「どうして?」
「見張りがいる。それにやるべきこともある」
「私が寝ている間なにするの?」
「それはまだ秘密」
ルナリアがなんど聞いてもパースは教えてくれませんでした。おまけに別の空洞に案内されて、子ども狼たちと眠ることになりました。これじゃあなにをしているのか、ちっとも見えません。
そんなルナリアでしたが、急に眠気に襲われました。眠り薬でも焚いていたのかというほどです。
もちろんパースがそんなことするはずがありません。ルナリアは魔物に化けた魔法使いたちに襲われて、自分にできる最大限の魔法をぶつけたばかり。身体も心も疲れきっていたのです。
そしていつの間にか、ぐったりと寝込んでしまいました。
ルナリアは夢を見ました。
青い目をした人間が迫ってきます。宝石の涙をぽろぽろりと流しながら、両手を伸ばしてきます。
「いやよ、いやっ!」
ルナリアは顔を横に振りながら叫び、一歩、また一歩後ずさりします。けれども青い目の人間から離れられません。向こうから、どんどんどんどん近づいてくるのです。
ルナリアの手には、三日月の飾りがついた黄金の杖があります。宝石色の服に背中には羽が生えています。宝石の妖精になったルナリアはその羽で飛び立ちました。夜空に浮かぶ、杖そっくりの月に向かってぐんぐんぐんぐん高く飛びます。
その後ろからこうもりの翼を生やした魔物が追いかけてきます。
ルナリアはより速く羽ばたいて、雲さえも越えていきます。羽を動かすたびに、青い宝石がきらきらりと飛び散ります。
魔物たちはその宝石をガブガブと食らいます。食べた宝石はどんどん身体からこぼれていきました。夜空にはそんな魔物が群れています。数は多すぎてわかりません。地上にはもう、人の姿はありませんでした。
「いやっ、来ないで!」
ルナリアは涙声で飛び続けます。
その背中から「「「待て、逃げるな」」」と、重なったダミ声が空に響きました。
ルナリアも声を張り上げて、魔物に訴えかけます。
「目を覚まして。これはぜんぶ幻なの。私の服も、散らばった宝石もぜんぶまやかしなの」
それでも魔物は「もっとほしい、もっとほしい」とうなり声をあげます。
「どうしてなの……? どうして、どうして、どうして、どうして……?」
ルナリアは「ぷはぁっ」と声をあげて目覚めました。額には脂汗がびっしりです。
そんな姿をパースが見下ろしていました。
「ルナリア、どうしたの? そんなに泣いて」
パースの声にルナリアは顔を拭います。気持ち悪い汗だけではなく、たしかに涙の跡がいくつもついていました。
ルナリアはパースに夢のできごとを説明しました。
「そんな怖い夢を見ていたんだ……。きっと僕だって冷や汗をかくよ」
「怖いだけじゃないよ。なんだか悲しかったの。どうしてあんなくだらない魔法に引っかかったんだろうって。出した物はぜんぶ嘘っぱち。手にできるのはこれっぽっちもないのに……パースはどう思う?」
うつむきながら話すルナリアの暗い声が、洞窟の中で低くこだましました。
「それだけ宝石に頼り切っているんだよ」
パースが答えます。
「あれがなければ魔法使いは力を失う。力がなくなれば身分も失う。もしかしたら路上で飢えるかもしれない。それが怖い、だから宝石を求める。そのためなら人間を捨てられるほどにね」
「たしかにそうよね……」
パースの答えが一番の原因です。
だけどちょっと違うと、ルナリアは考えていました。
「でも私は思うの、魔法使いは人間は捨ててない。魔物になるのは後ろめたい心があるから。姿を隠して、暗闇でこそこそしないと耐えられないの。宝石の魔法は命を食らって、心の上澄みを搾り取る。そんなことしなくても宝石が雨のように降るなら、それを持って行きたいというのが本心なんだと思う。みんな心の芯から魔物なら、シャルもノルン先生も西方領のオルカも、この世にいないはずよ」
「なるほどね」
洞窟に浮かべた魔法の光は、昨日と同じ輝きを保ったまま。坑道を抜けて吹き込む強い風にも、揺れることはありません。二人の影は長く伸びて、銀色の鉱石の壁で交わっていました。
「でもルナリアの言うとおりなら、まだ希望があるよ。僕らにとっても、彼らにとってもね……」
ルナリアはパースに呼ばれ、寝床をあとにしました。




