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ルナリアは闇夜に咲き誇る  作者: 暁 乱々
4.さぁ、おいで!
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4.6.3 さぁ、おいで!

 魔物の目を宝石の光が貫きました。彼らは鋭い爪のある毛むくじゃらの手で押さえます。けれどもまぶしい光は消えません。だって青い宝石の輝きは、瞳の中で弾けたのですから。


 その輝きは両目に満ちていき、やがて青いしずくとなって落ちました。


 魔物からこぼれた涙は地面を跳ねて転がります。青くきらめく様子は、杖に埋まった宝石そのものです。一粒、二粒と土に吸い込まれることなく残っていきます。ぽろぽろりん、ころころりんと宝石は地面に積もっていきます。ぶつかっても重なっても、石同士が溶け合うことはありません。ぶつかれば互いにはじき合い、重なればそのまま山となるのです。


 魔物たちは地面に落ちた宝石を拾おうと必死です。

 でも、つかんだ宝石は光の塊。するするりとこぼれ、落ちていきます。それでも彼らはあきらめようとしません。手からすり抜けた宝石を、なんどもなんども集めようとします。一体だけではありません。九体みな宝石集めにいそしんでいます。


 ルナリアの手に宝石はありません。もうとっくに杖に埋め込んで、服の中に隠していました。ルナリアの父親から生まれただいじな宝石は、これっぽっちも減っていません。これはルナリアだけ使える光の魔法なのです。


 ルナリアは魔物たちに向かって、祈るように結んだ両手を差し出します。宝石に目を奪われている彼らの前で、手をパッと開きました。なにもない白い肌から、青い宝石がザクザク生まれます。石はあっという間に両手からあふれ出て、地面へゴロゴロ落ちていきます。魔物の涙より何倍も大きいものですから、光の強さも大違い。

 魔物たちは宝石の涙を集めるのはやめて、みんなルナリアを向きました。彼らの視線はその手の上、宝石の湧き出る泉から離れません。宝石色に染まった青い目が彼らの心を映していました。


 ルナリアは手にあった宝石の泉を宙へ投げます。すると魔物たちとの間に、宝石の水柱が立ちのぼりました。噴水のように打ち上がった宝石は、雨となって森に落ちていきます。彼らは降り注ぐ雨に駆けつけて、全身で浴びています。もちろんすべて、身体すらすり抜けてしまう幻の宝石です。それでも魔物たちは、もっともっとと手を伸ばし、ひたすら宙をかいていました。


 彼らが宝石に夢中になっている間に、ルナリアが着るクリーム色の服は、宝石色のひらひらドレスへ変わっていました。背中には透明の羽根が四枚生えています。両手には大きな金色の杖があって、先っぽは三日月のようにくるりと曲がっています。その真ん中に青い大きな宝石が、ふんわり浮かんでいました。杖の長さはルナリアの背より一回り上で、宝石はダチョウの卵ほどあります。


「私ね、ほんとは宝石の妖精なの。魔法の宝石をいーっくらでも出せるのよ!」


 ルナリアは魔物たちに呼びかけて、ひょいっと杖を動かします。するとルナリアの後ろに宝石の山がポンと現れました。


 魔物の目は釘付けです。


「ほら!」

 ルナリアの右に宝石の噴水が現れます。


「ほら!」

 こんどは左から宝石が噴き出します。


「ほいっと!」


 杖で空をクルクルかき回すと、先っぽからきらめく青の煙が沸き立って、空にモクモク広がります。

 煙はやがて宝石色の雲になって、ルナリアの背中に青い雨を降らせました。落ちる雨は雪のように積もり、あっという間に宝の山になりました。山はどんどん広がり、ぐんぐん高くなっていきます。


 けれども山があるのはルナリアの後ろだけ、魔物たちの側には宝石はもう一粒もありません。黄金の杖の一振りで、宝石を根こそぎ吸い取ってしまったのです。


「ほら! 私のところには、た~くさんっ宝石があるの。こっちへ来れば、あなたたちにも分けてあげる!」


 魔物たちの手がゆっくりと伸びていきます。

 不思議です。彼らには翼も力強い脚も生えています。中身が人間でも、この姿ならすばしっこく飛べるのです。

 それなのに、彼らの動きは芋虫が這うかのよう。ますますにぶくなります。おまけに目はうつろ。これでは亡者です。宝石の涙を流しながら、宝石を求め続ける亡者です。


 ルナリアは手を差し伸べるように、黄金の杖を魔物たちに向けました。



「さぁ、おいで!」



 杖の宝石がきらきらとまたたき、青い光の粉を散らします。


 魔物たちの黒いマントがいっせいに外れました。スルスルと人の姿へと戻っていきます。

 マントは闇夜の中に溶けてしまい、もうどこにもありません。


 だけど元の姿に戻っても、彼らは亡者のままでした。


 ルナリアの後ろからうめき声が聞こえます。宝石の山から、かろうじて生きている兵士が声をあげます。


「行くな……それは、まやかしだ。宝の山は、魔女がこさえた、はえ取り草だ」


 兵士の声は絶えだえながらも、森に響くほどの大きさでした。眠っている人がいれば、必ずや目を覚ますでしょう。それほど大きな声でした。


 でも、魔法使いの心はまやかしに(とら)われたまま。

 振り子のように揺れ、ちらちらと青い粉を振りまく、黄金の杖しか見ていませんでした。



 動物たちが次々と起きあがります。どうやら眠りの魔法が解けたようです。顔を震わせ、しっぽを立て、ひづめを鳴らし、遠吠えをあげました。


「やつらはふぬけだ!」

「魔物の力もない」

「いまならやれるぞ!」


「「「行けっ!」」」


 九人の魔法使いに向かって、動物たちがいっせいに飛びかかります。

 魔法使いは抗うことなくかみ砕かれ、バタリバタリと倒れていきました。


 ルナリアの後ろで生き残っていた兵士は声すらあげません。その光景を目の当たりにして、息をひきとったのです。


 宝の山は一瞬で空に散って、跡形もなく消えました。


 ルナリアはもう宝石の妖精ではありません。黄金の杖もありません。いつものクリーム色の服を着た、ちょっと不思議な女の子に戻りました。魔法が解けたルナリアの身体はがっくりと崩れ、地面にへたりこんでしまいました。

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