4.6.2 裁きの時
闇夜の森に、青い大きな光の球が現れました。その中心にはなにか黒い影が浮かんでいます。だんだん目が光に慣れてくると、正体が見えてきました。
大きな狼です。子ども狼よりずっと大きな狼です。そんな狼、この森には一頭しかいません。
ルナリアのそばにいる七頭の、母親でした。
母親狼を包む光はどんどんしぼんでいきます。それとともに真っ黒な狼の身体も小さくなり、形も崩れ、消えていきます。とうとうまぶしい輝きもなくなって、ころりと地面に落ちました。
もう狼の面影はありません。
母親狼は大きな大きな青い宝石に、変わってしまったのです。
ルナリアの周りで動物たちが次々と倒れていきます。す~っと気を抜かれたように眠ってしまったのです。
辺りに兵士の姿はありません。その代わり、真っ黒の服を着た魔法使いたちがいました。彼らが動物たちに魔法をかけたのです。
魔物がルナリアに杖を向けています。
彼らはもはや人ではありません。こそこそ闇に紛れて魔法を操る、九体の魔物でした。
その姿が見えたとたん、爆発音とともに森から火柱がいくつもあがりました。ルリメアゲハの巣がこうこうと燃えています。もう羽の輝きは見えません。
魔物にとってルリメアゲハは邪魔者、だから炎の魔法で焼いてしまったのです。
「どうして……。どうして軍の魔物がいるの?」
そんなルナリアに魔物たちは「ギィーヒッヒッヒ」と不気味な笑い声をあげます。
「ノルンが守ってると思っただろう」
「だからノルンの番を狙って来た」
「だがノルンはもういない。このとおり」
魔物が青い宝石を取り出します。とがった爪を立て、突き刺さんばかりにそれを握り、掲げました。
「我々は君の犯した罪を知っている」
「重罪その1:その杖は偽物だ」
「ノルンが作った偽物だ」
「メモ書きが残っていたぞ」
「君は国に背いた」
「魔法使いの身分はない」
「重罪その2:平民に魔法を施した」
「君は魔法を絵描きに施した」
「魔法で絵を与えた」
「いまの絵描きの言葉がその証拠」
「君は国に背いた」
「絵描きは魔法で金を得た」
「ゆえに、二人そろって処刑だ!」
魔物たちの不気味で太い声が重なります。
ルナリアは耳をふさぎました。魔法を使っているのでしょうか、頭に声がなんども響くのです。
「処刑だ、処刑だ、処刑だ、処刑だ、処刑だ……」
聴きたくなくても聞こえてきます。
ルナリアは吐きそうな顔です。
パースは斧を握ったまま立ち尽くしています。壁の向こうにいる彼はどうすることもできません。
耳をふさいだり、顔をしかめたりする様子はありません。きっと向こうには、魔物たちの魔法が届かないのでしょう。それだけは救いでした。
「違う! あの画家は自分の頭で絵を考えて、自分の手で描いたの。魔法の力なんて使ってない! 彼をバカにしないで! 裁くなら、私だけにして!」
魔物の声が響く中、ルナリアが訴えます。
パースの名前を伏せて。
魔物たちがまた「ギィーヒッヒッヒ」と笑いました。
「もう遅い!」
「絵描きは自白した」
「黙っていればよかったものの……」
魔物たちはパースの方を見て、刃を突きつけるかのように杖を向けました。
パースは魔法の杖を向けられても引きません。斧を握りしめたまま、魔物たちをまっすぐ見据えていました。
「強情な絵描きだ」
「いいことを教えてやろう」
「絵は我々が買い占めさせてもらった」
「君が望む人のもとへは届いていない」
魔物たちはまた気味の悪い笑い声を響かせます。
パースの手から斧が滑り落ち、地面に刺さりました。膝がガクリと折れて地につきます。それでも魔物から目を背けはしません。涙が浮かぶ様子だけは、結界の内側からもはっきり見えました。
その思いを踏みにじるかのように、魔物たちが腹を抱えて笑います。
「魔法で手にした絵だろう」
「どうしてそんなに嘆く」
「だいじな彼女の絵だからか」
パースは魔物たちの言葉を全身で受け止めています。震えるほど固く握られた手から、張りつめ膨れ上がった筋肉から、その思いが見てとれます。壁がなければ、きっと斧で斬りかかっていたことでしょう。たとえそれが無謀だったとしても、止めることはできないでしょう。
「まもなく彼女は青い宝石に変わる」
「きっと美しい宝石になるだろう」
「とても大きな宝石になるだろう」
「そのままずっと見るとよい」
「君もすぐ宝石に変わるのだ」
「予行演習にちょうどよかろう」
「その軽い口を嘆くがいい」
九体の魔物がいっせいにルナリアへ向き直り、杖を向けます。
ルナリアも杖を握りますが、しょせんは偽物。魔物から逃れる魔法は使えません。
けれども、この状況をなんとかしなければなりません。ルナリアが宝石になってしまえば、彼らの手はすぐパースにおよびます。動物たちも腹いせに宝石にしてしまうでしょう。自分だけでは済まないのです。
――どうすればいい? どうすれば、どうすれば、どうすれば……。
「どうやら抗う気持ちはあるようだ」
「ならば教えてやろう」
「その杖にある宝石を外せ」
「まがい物の杖から離れれば、魔法の力を出せるだろう」
「魔女の君ならできるはずだ」
「たとえ力は弱くとも」
「我らと戦う気があるのなら」
魔物は地獄の底から湧き出るような声で笑います。人や獣にはとうてい出せないダミ声です。
ルナリアは耳をつんざく音に耐えながら、杖に埋まった宝石を外しました。それを広げた右手に乗せます。そして魔物には聞こえない小さな声でつぶやきました。
「お父さん、どうか見てて。私、がんばるから」
ルナリアの言葉に応えるかのように、宝石は鋭い青のまたたきを放ちました。




