4.5.2 ノルン先生の隠しごと
学校へ帰るとすぐ、ルナリアはノルン先生の部屋を訪れました。パースとの宿題は無理でも、ルリメアゲハの問いかけなら答えられるかもしれない、と思ったからです。
けれども部屋にノルン先生の姿はありません。
ルナリアは部屋にある箱を見ました。
いくつもあるうちの最も入口に近い箱、先生が軍服と呼んでいた黒いマントが入っている場所です。それは見た目こそ木でできた普通の箱ですが、ひとりでにふたが動く魔法の道具です。大きさはルナリアの身体がすっぽり入るくらいあります。
ルナリアはそれを開けてみることにしました。杖を握り、もう片方の手をふたに掛けます。
この杖は魔法こそ使えませんが、魔法使いの証としては充分です。手元にある限りルナリアは国の宝、なにがあっても学校が守ってくれます。魔法の箱や魔物に化ける軍服に襲われても、明日の授業に行かなかった時点で学校中の人が探し出します。そのとき生きてさえいれば、魔法の力でなんとかなるのです。
いえ、そんなものに頼らなくても、ルナリアには光の魔法があります。相手を惑わすことならお安いご用。杖を握るのはただの演技なのです。
ルナリアがグッとふたを上げると、箱は飛び跳ねるように開きました。そして、中からまばゆい青の光が飛び出してきました。
まぶしさで真っ黒になった視界が戻ると、箱の中身がだんだん見えてきました。
溢れんばかりの青い宝石です。どれもルナリアの杖に埋まっているものより大きく、大人の握りこぶしほどあります。
「どうして先生はこんなに宝石を……?」
どうしてこれだけの宝石を集めていたのでしょう? どうしてこれだけ隠せたのでしょう?
ルナリアの中で疑問がぐるぐる渦巻きます。
箱の中には宝石以外に一つだけ物が入っています。
でも、魔物に化ける黒マントではありません。一冊の古びた本です。
『破城槌』
そんなタイトルの本を手に取り、ページをめくります。けれども、めくってもめくっても、白紙ばかりです。文字が書かれていたのは途中の一ページだけ。そこにはこう書かれていました。
『最も強力な破城槌は、城にいる者の心を変えることである』
ルナリアの背中でまぶしい光が溢れています。振り向くと、青い宝石の詰まった箱がいくつも口を開けていました。まるでルナリアを誘うように、ゆっくりと同じペースで点滅しています。
『私たちを使ってよ』と。
「やめてよ! 私、宝石の力は使わないようにしてるの。だってあなたたちは泣いている、ほんのり血の気配を感じるの。そうでしょ!」
その言葉に、宝石の輝きは一気に静まりました。ルナリアの予想は当たっていたようです。
ルナリアは『破城槌』を箱に戻して、ふたを下ろしました。
すると他の箱もみないっせいに閉じ、不気味な青い炎が揺れるいつもの部屋に戻りました。
『破城槌』に書かれた言葉と、部屋の光景を頭に焼きつけながら、ルナリアは自分の部屋へと戻りました。
それから毎日、ルナリアはノルン先生の部屋へ通いました。けれどもいつ行っても、ノルン先生の姿はありません。いったいどうしたのでしょう? 気になったルナリアは他の先生に聞いてみることにしました。
人選びは大切です。校長先生なんかはぜったいダメ。
誰に聞こうか悩んだうえで、飛行の先生にしようと決めました。彼女は法律の授業のあと、初めて魔法を教えてくれた先生で、授業が丁寧でとても優しい人です。魔法を使えなくなったルナリアにも、0点をつけること以外ひどい仕打ちはしませんでした。
ルナリアがノルン先生のことを聞くと、すんなり答えてくれました。
「ノルン先生は国の仕事で出ているの。三日後には帰ってくるわ」
飛行の先生が言った三日後は、ノルン先生が見張りの日でした。




