1.3.2 ペガサスにお願い
人さらいはもう人間ではありません。魔女の力を借りた怪物です。ペガサスを生み出した魔法使いがほんとうにいるのなら、こんな醜い怪物はやっつけてくれるはず。ルナリアはそう思っていました。
でも助けはまったくありません。それならどうして、ペガサスが炎の色に変わったのでしょう? まるでルナリアの心を読んでいるかのようです。
――もしかしてこのペガサス、私の心が作ったの?
目の前にいるペガサスは、画家パースが描いた絵のとおりの姿です。パースの絵は元々、市場の隅に捨てられたものでした。組合の目利きも投げ捨てるほどですから、きっと無名の画家なのでしょう。そんな無名の画家の絵を知る人はけっして多くないはずです。それに絵に描かれていたのは銀色のペガサス、炎の色ではありません。この姿のペガサスを見たのは、おそらくルナリアだけです。
もし、心を見抜く魔法使いがこの場にいないのなら、このペガサスを生み出せるのは自分だけ。
そう思ったルナリアは勝負にでました。
「ペガサスさん、溶岩の火を吐いて」
ルナリアは、オルカが溶岩の池を作った様子を思い浮かべながら、めいいっぱい叫びました。
すると、ペガサスは身体を赤い溶岩の色に燃やしながら、一筋の光を放ちました。光は怪物たちの目の前で雪にぶつかり、白い蒸気をあげる溶岩へと変わりました。ペガサスはいくつも赤い光を吐き出して、小さな溶岩の池を作りました。
「なぜだ?」
「なぜペガサスが溶岩を吐くんだ」
「ありえないねぇ」
ルナリアに向かって手を伸ばそうとしていた怪物は、すぐさま手を引っ込め、溶岩を避けながらどんどん離れていきます。去り際に、ひどくしわがれた怪物たちの声がいくつも聞こえました。
「こいつはやべぇ魔女の子だ」
「魔女の子はおっかねぇ」
「なにしでかすかわからねぇ」
「おまけに魔女の子は国のもの」
「手を出しゃ主が裁かれる」
「ならばここにいる意味はない」
「焼かれる前に退散だ」
「とっとと逃げよう」
「とっとと逃げよう」
口がないのにどうして話せるのか、とても不思議です。きっと魔女の力のおかげでしょう。
雪原の中に不気味な紫の炎があがりました。怪物たちは自ら炎の中に入っていきます。三人とも炎に包まれると、紫の炎は強く強く輝きました。炎の柱が空までのぼると、あっという間に消えてしまいました。
炎のあった場所に怪物はいません。辺りは静かな夜の雪原に戻りました。
ペガサスの放った溶岩は、いまだに蒸気を放ちながら赤く輝いています。ルナリアは溶岩に近づいてみました。けれども、どうもおかしいのです。溶岩は白い雪の上に乗っていました。おまけに熱くありません。人肌ほどの温かさです。どんなに手を近づけても焼けることはありません。
人さらいの怪物にとっては熱かったのでしょうか。でも、ルナリアにとってはただの光の塊でした。
「ありがとう。もう終わったから、大丈夫」
ルナリアが溶岩に向かってそう言うと、赤い溶岩の池はすーっとしぼんで消えてしまいました。溶岩から出ていた白い蒸気ももうありません。
でも、空から降り注ぐ銀の光は、いまも残っています。光のほうを向くとペガサスがいました。溶岩の赤に染まっていた身体は、すっかり月の色に戻っています。そして大きな黒目でルナリアを見守っていました。
ペガサスの光に照らされながら、ルナリアは散らばった生地やパースの絵を背負い袋へ入れました。この雪原は風が描いた模様が残るほどですから、積もった雪はとてもきれいです。人さらいに荒らされて落ちた生地も、きちんと干せば商品に使えます。ルナリアは落とし物がないか確かめ終えると、家に向かって出発しました。