4.5.1 ちょうちょたちの問いかけ
その十日後、ルナリアはまた狼に乗って、パースの家へ走りました。
けれども広場には焚き火はなく、パースの姿はありません。「パース、どこ?」と叫んでもダメ、小屋から出てきません。そもそも、人の気配すら感じられませんでした。
高い木の枝から小鳥のさえずりが聞こえます。
「パースは市場に行ったわ。個展を開くって」
「いつから行ったの?」
「つい昨日よ」
「十日後には戻るかな?」
「十日もあれば充分よ。彼は狼の背に乗ったから遠くの街でもすぐ着くわ。それに森に慣れすぎて街に長居できないはずよ」
小鳥は「ピィーユ、ピィーユ」と高く鳴いて笑います。
「ありがとう。十日後また来るね」
ルナリアは小鳥に礼をして、青い目玉の蝶、ルリメアゲハの巣へと戻っていきました。
巣の中では、ルリメアゲハたちが青い目玉の羽を広げ、ひらひら飛んでいます。トンネルみたいな巣は、春の風ですっかり暖かくなり、こもった湿気のせいでムワッとしています。もう熱を出す蛍色のキノコにひっつく必要はありません。白く輝く花の、蜜を求めながら、空をくるくるりと舞っています。
羽には毒のりんぷんがついていますが、ルナリアは平気です。ルリメアゲハが襲うのは、宝石の涙にまみれた魔法使い。命と引き換えに生まれた宝石を、自分の望みのために削り、魔法を使う人たちだけなのです。
傷つけられた宝石は泣き、かすかに血の臭いを帯びた涙が、魔法使いたちを濡らします。
ここでは蝶の目が通る者を見張っています。ルナリア以外の魔法使いが来れば、たちまち殺されてしまうのです。
「ルナリア、ちょっといいかな?」
小さな女の子の声がします。ルリメアゲハの声です。
ルナリアを乗せた子ども狼は足を止めました。
ここは彼女たちの巣です。逆らえばなにされるか、わかりません。小さくたって魔法使いを倒せるほどの力を持っています。いくら身体の大きい狼でも従わざるをえないのです。
「ルナリア、ちょっと教えてほしいの」
「この前、巣に魔法使いが入ってきたの」
「とってもひどい魔法使いよ」
「わたしたち腹が立って、毒をなすりつけてやったの」
「でもあいつ、ぜんぜん逃げなかった」
「わたしたちの羽をつかもうと必死だったの」
「とっても苦しいはずなのに」
「もっと苦しくなるのに」
「ねぇ、どうしてなんだろう?」
「魔法使いが逃げなかったの、どうしてなんだろう?」
「ルナリアにはわかるかな?」
「「「ねぇ、どうしてなんだろう?」」」
ルナリアは「え~っと」と考えるばかりで答えが出てきません。ルリメアゲハの毒で死にそうになっているのに、毒のついた羽を触ろうとするなんて、狂っているとしか思えないのです。
だけど、それでは答えになっていません。だって意味不明だからこそ、ルナリアに尋ねてきたのですから。
「ごめん。いまは思いつかないの。学校に帰ってちょっと考えてみる」
ルナリアがそう言うと、ルリメアゲハたちはバラバラに散っていきました。
「また教えてちょうだいね」
「魔法使いと戦うヒントになるかもしれないの」
「だから早く見つけてね」
「わたしたちだけじゃなく、ルナリアのためにもなるはずだから」
ルリメアゲハたちはみんな、巣の壁に隠れてしまいました。
狼がまた歩きだします。花とキノコの光あふれる巣から、夜より暗い森へと進みます。
また一つ、ルナリアの宿題が増えてしまいました。おまけにこの宿題、早く片付けた方がよさそうです。
ルナリアは森の闇に、いままでにない寒気を覚えました。




