4.3.2 宝石を生み出すヒント
ルナリアは学校に帰ると真っ先に、ノルン先生の部屋を訪ねました。
部屋の扉に手を掛けた瞬間、勝手に開きます。魔法ではありません。ノルン先生が開けたのです。ルナリアの帰りに合わせて仕事を切りあげ、部屋で待っていたようです。
ルナリアは杖に埋まった宝石を見せながら、さっそくあの質問をぶつけました。
「誰にも傷つけず、青い宝石を生み出す方法ってないんでしょうか?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「だって宝石は昔、地面にあったんですよね。魔法で命を引き換えにしなくても、宝石はあったんですよね」
「たしかにそうよ。けれども地面から掘り出した宝石がどうやって生まれたのか、誰も知らない。もしわかっていたら、宝石の魔法なんてとっくに消えているはずよ。あれは取り替えのない命や心が奪われるだけじゃない。魔法の代わりに決して消えない胸の痛みが刻まれるの」
ルナリアを重たい眼差しで見据えながら言います。
その話はもっともでした。宝石を手にするため魔物になるのは、後ろめたい気持ちがあるから。ほんとは誰も宝石の魔法なんて使いたくないのです。魔法の源が噴水のように湧き出る方法があれば、とっくに広まっているはずです。宝石に願えばたいていのことは叶います。その力がどれほど手放しがたいものか、ルナリアもわかっています。入学したてのころは石の魔法を使っていたのですから。
でも、この答えではダメです。だって当たり前の話でしょう。これじゃ先生に聞いた意味がありません。ルナリアは聞き方を変えてみます。
「じゃあ、ヒントはないのでしょうか。私なんかより先生の方が魔法に詳しいはずです。なにか思い当たるものはないのでしょうか」
すると先生が「ふふっ」と笑いました。
「この世で一番ヒントを持っているのはルナリアよ。宝石がなくても、あなたは魔法を使えるのですから」
それを聞いたルナリアはきょとんとしていました。
「私の中に答えが眠ってると言うのですか」
「そうよ、考えてみるといい。なんの犠牲も出さず、誰もが魔法を使える方法を見つけたら、世界の大発明よ」
ルナリアは頭が熱くなるほど考えます。
でも、答えはなかなか出そうにありません。
ふと、壁にかかったパースの絵が目に飛び込みます。透明な壁の向こうにある黄金の街。ルナリアが暮らしていた家のそばにあった、ぜったいにたどり着けないあの街とそっくりです。
いや、もしかしたら……同じ街かもしれません。
「この絵はどこから手に入れたのですか?」
パースの絵を指しながら、先生に尋ねます。
「これは西方領のオルカからもらった」
パースの言った通りです。画家パースがオルカに贈ったレプリカそのものでした。
「魔法を使わず描いた絵で、魔女の心を射止めるなんて。相当な腕の持ち主よ」
先生の声がうわずっています。大絶賛でした。
オルカも素晴らしいと思ったからこそ、一枚追加を頼んで先生に渡したのでしょう。
でも、ルナリアが知るパースは無名の画家。どうしてオルカが目をつけて、五倍の値で買ったのでしょう。彼女はルナリアが母親の病気を治すよう頼んだとき、平民の身分だからと拒んだのです。不気味な鳥の甲高い笑いを響かせ、人さらいまで遣いました。そんな魔女が平民であるパースの絵を買うとは、よくよく考えればおかしな話。少なくともルナリアは不思議に思いました。
それにさっきのパースは自信満々です。平民の身分で市場に個展を開くと言ったのです。そんなこと、あの意地悪な組合が認めないでしょう。個展を開くのを許されたとしても、高い出店料をとるはずです。そんなお金、パースが払うとは思えません。だってお金持ちの展覧会に出さない理由に、お金のことも入っていましたから。
あの市場は変わったのでしょうか。
そもそもパースは西方領の人なのでしょうか。
「先生、この絵はいつもらったのですか」
「あなたが入学する一ヶ月前よ。秘密の入学推薦状と一緒に贈られた」
先生は机の引き出しから一枚の紙を取り出しました。そこには赤い字でこう書かれていました。
私はこの絵が実現する日を願っている。
どうか同志のあなたに手伝ってほしい。
いま、この娘に最大の期待を寄せている。
私の想いを水の泡にしたくない。
手間取らせることを許してほしい。
【依頼事項】
・四週間後に入学推薦を行う。
二十八日後、私は魔女の娘と会い、
法律に従い、遅滞なく推薦状を送る。
あなたならわかるはずだ。
・一ヶ月後までに模造品を作製する
私の予想が正しければすぐ必要になる。
・この手紙は速やかに焼却のこと
紙はボコボコ、文字はブレブレでひどくにじんでます。手を震わせながら書いたのでしょう。インクが乾く前にいくつも雫が落ちたのでしょう。
ルナリアは胸を熱くしながら、手紙を読みました。石にならなくて済んだのは、この魔女のおかげ。なんとも不思議な話です。手紙をよく見ると、ごくごく小さな字でもう一行書かれていました。
『どうか娘に伝えておいてほしい。「ごめんね。私が悪かった」と』
オルカの手紙をノルン先生に返しました。
部屋には不気味な青い炎が揺れています。
先生はその炎で手紙を燃やしました。
結局、ルナリアは宝石を生み出す方法を思いつかないまま、ノルン先生の部屋を出ました。みんなが考えつかないことを見つけるのは、決して簡単とはいえません。疑問は頭の片隅において、秘密の階段を上っていきました。
部屋に入るといつものように、黄金の明かりがルナリアを出迎えます。パースの絵にあった街と同じ輝きです。あの街はルナリアのいた家のすぐそば、西方領の外に広がっています。
「パースがいるのはきっと西方領……。こんど、聞いてみよう」
ルナリアはにんまりしながら、お風呂に行く準備をします。まぶしい明かりはゆっくりと弱まり、ろうそくの灯になりました。




