4.2.1 秘密の当番表
学校に帰ると、ルナリアは秘密の通路に入りました。ノルン先生の部屋のそばさえ抜ければ、あとは自分の部屋に一直線です。通路に光のうさぎを放ち、音を立てないよう、こっそり素早く通路を走ります。
だけどそのうさぎは、途中でポンと消えてしまいました。うさぎが消えた通路に残るのは、不気味な青い炎だけ。その炎に照らされた闇がルナリアを見つめていました。
ルナリアの身体がガクガク震えます。その闇は真っ黒のマントをまとった魔物でした。
「来なさい」
案内されたのはノルン先生の部屋でした。
魔物が『軍服』のマントを脱ぐと、毛だらけの身体はみるみる肌色へ変わります。
魔物の正体はノルン先生でした。
部屋の隅にある宝箱へ軍服を投げつけると、青い輝きとともにふたが開き、服をパックリ飲み込みました。
緊張で石のようになっていったルナリアは、大きな息を吐くとともに床へ倒れ込んでしまいました。
「パースに会ったか」
先生がルナリアを見下ろして言います。
「どうして、それを知っているの……ですか?」
「あの近辺を見張っていたからよ」
先生は氷のように冷めた声で答えました。
あれは狼たちがちゃんと考えた道です。危なそうなところは声を細めて忍び足。そこからパースの家まではルリメアゲハの巣を通ったのです。ルナリア以外の魔法使いが巣に入ればたちまち襲われ、毒にやられてしまいます。
先生は宝石と引き換えに魔法を使っているはず。宝石は魔法で削られて涙を流します。泣いた宝石を持つ人は、巣に近づけないはずなのに……。
「どうして、先生があそこへ……?」
「シャルルが石になった日から、学校の監視が厳しくなった。ここでは法律違反を取り締まるのは軍の役目。私は一応軍人だから、輪番で役が回ってくるようになったの。今日はたまたま私だった。だが他が担当だったら危なかった」
ルナリアにとってラッキーでした。ノルン先生じゃなかったら、下手すれば石になっていたかもしれないのです。だけど先生はどうやって、ルリメアゲハの巣を突破したのでしょう。
「その顔は、大丈夫とたかをくくっていたのね」
先生にすっかり見透かされていました。
宝石のまたたきはありません。魔法を使わなくともわかるほど、顔に表れていたようです。
「どうして先生はパースのところまで行けたの?」
「よく考えてみなさい、あのトンネルの大きさを。ルリメアゲハの巣を使ったのは名案だけど、抜け道がたくさんあるでしょう」
たしかにパースと話をしていた場所はちょっぴりひらけていました。トンネルの中ではないのです。つまり先生は……。
「トンネルを避けて大回りした」
「その通り。あそこは抜け放題よ。まぁ、私しか踏み入れようとはしないでしょうけど」
「他の人はどうして入ってこないの?」
「ルリメアゲハには会わないよう止められているのよ。あの蝶はとても危険だから、ちょっとでも見えたら引き返すよう指導を受けている。彼らだって生きている。無用な争いは避けなければならない。だけどあなたが巣を抜けようとすれば、きっと監視は追いかけるでしょう。森の奥深くまで潜る生徒はまずいないし、巣に突っ込めば普通は命を落とすでしょうから」
すべては生徒の保護のため、助けるつもりでやってくるのです。
けれどもルナリアにとっては不都合でした。
先生が机の上に紙を広げます。見張りのスケジュール表です。
すっかり気持ちが落ち着いたルナリアは、立ち上がって表を見ました。
「十日に一度、私があの辺りを担当する。今後パースに会うのはその日だけしなさい。それ以外の日はおあずけ、それくらい我慢できるでしょ」
ルナリアはガックリでした。だって聞きそびれたことがいっぱいあります。毎日会って、絵を観てお話して……というのは、もうかなわないのです。
でも、パースは会えなかったはずの人。結界のすぐそばに住んでいるなんて、いったい誰が思うでしょう。それに比べれば十日間なんて短いものです。
子ども狼たちだって、毎日つき合ってはいられません。獲物にありつけなくなってしまいます。そう考えれば、この間隔はちょうどいいのかもしれません。ちょっと寂しい気持ちはありますが。
「わかりました。気をつけます」
「じゃあ今日は帰りなさい。もう日をまたいだわ」
ルナリアは先生に見送られ、自分の部屋へ戻りました。




