表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナリアは闇夜に咲き誇る  作者: 暁 乱々
4.さぁ、おいで!
41/63

4.1.3 パースの悪あがき

 それから二人は話を始めました。

 パースの絵を知ったきっかけや、ペガサスの絵が気に入っていたこと、もう絵がダメになったことも正直に話しました。それとルナリアが使えるたった一つの魔法、光の魔法のことも話しました。


「私の魔法はね、実はパースの絵から生まれたの」


「そ、それって、どういうこと?」

 パースは目をぱちくりさせています。


「光の魔法に目覚めたのはパースのおかげ。絵にいた銀のペガサスのおかげなの」

 パースがきょとんとする中、ルナリアは話を続けます。


「私が人さらいに遭ったとき、銀色の光のペガサスが助けてくれた。絵のとおりの姿だった。私、もともと小さな球なら出せたけど、いろんな光を出せるようになったのはその日から。たぶんパースの絵に会ってなかったら、いまごろ魔女の手の中。こうして会うこともできなかったの」


 話が終わったころには、パースの目がきらめいていました。


「へぇ~、そんなことあるなんて! なんだか不思議だね、まるで奇跡だ!」

 パースの話しぶりに、驚きと喜びがあふれていました。

 ルナリアはにっこり笑います。


「私もびっくりしたよ。こんな絵を描けるなんて、きっとたくさん絵を描いてきたおじさんだと思ってた。パースはいくつなの?」


「十三だよ」

「私の一つ上……まさか魔法でごまかしてないよね?」


「変身なんかするもんか。僕は魔法使いじゃないから」

「そうね。魔法使いなら絵も魔法で描いちゃいそう」


 パースが「ははは」と笑いながら、ちょっぴり胸元を見ました。

 ほんの一瞬、青い輝きがちらつきます。でもそのことに、ルナリアは気づきませんでした。



「そういえば、パースの絵ってどうしてきらきら光るの? 私、他で見たことなくて」


 ルナリアが持っているペガサスの絵も、ノルン先生の部屋にある黄金の街も、光を受けて輝いていました。見せてもらった描きかけの絵も、ぜんぶきらめいているのです。

 ルナリアは前からずっと疑問に思っていました。


「それはね、銀色の鉱石を混ぜているから」


 パースはにんまりした顔で小屋に戻り、なにかを持ってきました。手の平ほどの石ころです。でも普通の石と違って金属のように光っています。透き通っているのに銀の輝きを持つ不思議な石です。


「これを削って絵の具に練り込んでるんだ。だから僕の絵は光ってる」


「私にも光る絵描けるかな? もっとパァーッと光るやつ」

「僕の絵の具を使えば、同じくらい輝く絵は描けるよ。でもこれ以上光らせることはできない」


「どうして?」


「鉱石を入れすぎると、絵の具が砂になって崩れてしまうんだ。もちろん足らないとただの絵になる。ちゃんと分量があるんだよ」


「その分量ってどんなの?」

「それは秘密」


「ケチ」


 ルナリアに「ケチ」と言われたパースは苦笑いです。


「だって配合を知られたらまねされる」

「私、まねしないし、言いふらしもしないよ」


「いいや、ここはぜったいゆずれない。兄妹でもダメだ。ルナリアだって、時間をかけて磨いた自分の魔法や、築き上げた動物たちとの関係を、なんの努力もなく、一瞬で持っていかれたら嫌なはずだ」


「そうだけど……」


「僕が言ってるのはそれと同じだよ。だからどうか分かって、僕の新しい絵を見られるように。この銀色は魔法ではまねできない。絵の価値を上げるための、僕にできる数少ない悪あがきなんだ」


 ルナリアはお針子のころを思い出しました。ルナリアの家は少しでも売値を上げようと、ちょっぴり裕福なお嬢さまが着る服を縫っていました。彼女らは普通の人より品物を見る目が厳しいですから、丈夫に美しく仕上げなければなりません。でもそれだけじゃ売れません。ルナリアのような娘の服にはない、流行の飾りをつけ、生地も高級なものを使っていました。


 パースのしていることは針子のルナリアと同じ。

 魔女になって針を持たなくなったルナリアは、そのことを忘れかけていたのです。


「絵の具のことはわかった。もう聞かないから、ごめん」

「わかってくれてありがとう。僕こそごめん、ちょっと言い過ぎた」


 ルナリアはなんだか申し訳ない気持ちになりました。

 だけど同時に、ある言葉が胸に引っかかりました。


「でも、どうして『悪あがき』なの? あれほどすごい絵が描けるのに……なにか悩んでない?」


 街から遠いであろう森で、ボロボロの服を身につけ、夜遅くまで絵を描く姿から苦しい暮らしがうかがえます。ルナリアはパースの姿と自分の過去を重ねたのです。


「いや、そんなことないよ」とパースが言います。

 声がうわずっています。ぜったいうそです。

 ルナリアが首をかしげながら、パースの目をのぞきこみます。

 その瞬間、目がそれました。


「ほら、ぜったい隠してる!」

「隠してない!」


「うそつき。(うみ)みたいな隠しごと、早く吐き出した方がいいよ。さぁ、吐いちゃえ、吐いちゃえ」

「そんなこと言ったって……。やめてよ。絵描きとして恥ずかしいし、イメージが崩れる」


「そこまで言ったらもう遅いよ。大丈夫。私、パースのことが知りたいの。魔法を与えてくれたすごい絵を描いた人のこと、もっと知りたいの!」


 パースはうつむき、おでこに手を当てています。

 たき火がおとろえて、辺りはだんだん暗く、静かになりました。



「ルナリアは魔法使いが描く絵を知ってるかい?」


 パースに聞かれ、ルナリアは首を横に振ります。そんなもの学校では見たことありません。あるのは装飾品と金や銀の像ばかり、意外と絵画はないのです。だって授業では扱わないのですから。


「魔法使いの絵はね、僕が描くものと違って動くんだ。さっき描いた狼だって、額縁の中を自由に駆け回る。あるときは自由気ままに眠り、あるときは絵に棲んでいる猪を狩ってたいらげる。風景だって変わるんだ。僕の絵と違って、一枚でいろんな瞬間を映し出す。わかりやすくて飽きない」


 枯れ葉の散る地面を見ながら、パースは続けます。

「だからほとんどの人は魔法使いの絵に手が伸びる。たとえ僕が描いた絵の何倍の値がしてもね」


 絵なんて普通の平民が買える代物ではありません。そんなもの買う余裕すらないのです。だから欲しがるのはお金に余裕のある人たちだけ。彼らが魔法使いの描く不思議な絵を気に入り、パースの絵に見向きもしないなら、銀の鉱石を混ぜて工夫したって絵はちっとも売れません。描くのにいくらお金がかかっても、銅貨一枚すら手に入らないのです。


 悔しそうに語るパースの表情は魔法の絵が生んだのです。ルナリアの大好きな絵は、青い宝石の力に負けているのです。そんなのルナリアは許せません。


「魔法使いの絵を超えることはできないの? パースならきっとできそうだけど」


「そんな恐ろしいこと、言わないでくれ」

 パースが穏やかで、でも怒りを秘めた口調で言いました。


「彼らの絵を超えようと思ったら、紙をたくさん用意して、ぜんぶの紙に少しずつ違う絵を描かなきゃいけない。ものすごく時間がかかるんだ。それで完成したら束にしてものすごい速さでめくる。千枚描いても一分もたない。あっという間に終わってしまうし、見栄えもよくないんだ」

 パースは走り出した羊の群れみたいに、止まることなく早口で語ります。


「相手は僕と違って杖一振り。まともに張り合えば、(かな)いっこないんだよ」


 顔こそ笑っています。でも、本心は違うと、外から見ても丸わかりでした。怒りと情けない気持ちがあふれています。


「ごめんなさい。私、言葉が足らなかった。パースの言うとおり、同じやり方じゃ負けちゃう。だけど、この世にないものの絵を描けたら? 描かれているものすべてが幻。そしたら最初の一枚を売れるのはパースだけ。どんな魔法使いでも、イメージできないものは創れないはずだから」


 パースは黙ったままです。どうやら悩んでいるようです。


 幻のものを描くといっても、まずイメージしなければなりません。それはパースもいっしょ。空想の世界をゼロから思い描くのは、決して簡単ではありません。


 ルナリアは服から杖を取り出しました。ノルン先生から与えられた偽物の杖です。魔法の力はないし、アイデアをくれるわけでもありません。だけどこんな杖がなくたって、ルナリアは光の動物をたくさん生み出してきました。彼らはみな幻の存在、現実に縛られることはありません。テストに出たら満点を取れるくらい、空想には自信がありました。手元に紙がなくたって、夜空に映せばいいのです。


「じゃあ、こういうのはどう?」


 ルナリアは空に向かって杖を振りました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ