4.1.3 パースの悪あがき
それから二人は話を始めました。
パースの絵を知ったきっかけや、ペガサスの絵が気に入っていたこと、もう絵がダメになったことも正直に話しました。それとルナリアが使えるたった一つの魔法、光の魔法のことも話しました。
「私の魔法はね、実はパースの絵から生まれたの」
「そ、それって、どういうこと?」
パースは目をぱちくりさせています。
「光の魔法に目覚めたのはパースのおかげ。絵にいた銀のペガサスのおかげなの」
パースがきょとんとする中、ルナリアは話を続けます。
「私が人さらいに遭ったとき、銀色の光のペガサスが助けてくれた。絵のとおりの姿だった。私、もともと小さな球なら出せたけど、いろんな光を出せるようになったのはその日から。たぶんパースの絵に会ってなかったら、いまごろ魔女の手の中。こうして会うこともできなかったの」
話が終わったころには、パースの目がきらめいていました。
「へぇ~、そんなことあるなんて! なんだか不思議だね、まるで奇跡だ!」
パースの話しぶりに、驚きと喜びがあふれていました。
ルナリアはにっこり笑います。
「私もびっくりしたよ。こんな絵を描けるなんて、きっとたくさん絵を描いてきたおじさんだと思ってた。パースはいくつなの?」
「十三だよ」
「私の一つ上……まさか魔法でごまかしてないよね?」
「変身なんかするもんか。僕は魔法使いじゃないから」
「そうね。魔法使いなら絵も魔法で描いちゃいそう」
パースが「ははは」と笑いながら、ちょっぴり胸元を見ました。
ほんの一瞬、青い輝きがちらつきます。でもそのことに、ルナリアは気づきませんでした。
「そういえば、パースの絵ってどうしてきらきら光るの? 私、他で見たことなくて」
ルナリアが持っているペガサスの絵も、ノルン先生の部屋にある黄金の街も、光を受けて輝いていました。見せてもらった描きかけの絵も、ぜんぶきらめいているのです。
ルナリアは前からずっと疑問に思っていました。
「それはね、銀色の鉱石を混ぜているから」
パースはにんまりした顔で小屋に戻り、なにかを持ってきました。手の平ほどの石ころです。でも普通の石と違って金属のように光っています。透き通っているのに銀の輝きを持つ不思議な石です。
「これを削って絵の具に練り込んでるんだ。だから僕の絵は光ってる」
「私にも光る絵描けるかな? もっとパァーッと光るやつ」
「僕の絵の具を使えば、同じくらい輝く絵は描けるよ。でもこれ以上光らせることはできない」
「どうして?」
「鉱石を入れすぎると、絵の具が砂になって崩れてしまうんだ。もちろん足らないとただの絵になる。ちゃんと分量があるんだよ」
「その分量ってどんなの?」
「それは秘密」
「ケチ」
ルナリアに「ケチ」と言われたパースは苦笑いです。
「だって配合を知られたらまねされる」
「私、まねしないし、言いふらしもしないよ」
「いいや、ここはぜったいゆずれない。兄妹でもダメだ。ルナリアだって、時間をかけて磨いた自分の魔法や、築き上げた動物たちとの関係を、なんの努力もなく、一瞬で持っていかれたら嫌なはずだ」
「そうだけど……」
「僕が言ってるのはそれと同じだよ。だからどうか分かって、僕の新しい絵を見られるように。この銀色は魔法ではまねできない。絵の価値を上げるための、僕にできる数少ない悪あがきなんだ」
ルナリアはお針子のころを思い出しました。ルナリアの家は少しでも売値を上げようと、ちょっぴり裕福なお嬢さまが着る服を縫っていました。彼女らは普通の人より品物を見る目が厳しいですから、丈夫に美しく仕上げなければなりません。でもそれだけじゃ売れません。ルナリアのような娘の服にはない、流行の飾りをつけ、生地も高級なものを使っていました。
パースのしていることは針子のルナリアと同じ。
魔女になって針を持たなくなったルナリアは、そのことを忘れかけていたのです。
「絵の具のことはわかった。もう聞かないから、ごめん」
「わかってくれてありがとう。僕こそごめん、ちょっと言い過ぎた」
ルナリアはなんだか申し訳ない気持ちになりました。
だけど同時に、ある言葉が胸に引っかかりました。
「でも、どうして『悪あがき』なの? あれほどすごい絵が描けるのに……なにか悩んでない?」
街から遠いであろう森で、ボロボロの服を身につけ、夜遅くまで絵を描く姿から苦しい暮らしがうかがえます。ルナリアはパースの姿と自分の過去を重ねたのです。
「いや、そんなことないよ」とパースが言います。
声がうわずっています。ぜったいうそです。
ルナリアが首をかしげながら、パースの目をのぞきこみます。
その瞬間、目がそれました。
「ほら、ぜったい隠してる!」
「隠してない!」
「うそつき。膿みたいな隠しごと、早く吐き出した方がいいよ。さぁ、吐いちゃえ、吐いちゃえ」
「そんなこと言ったって……。やめてよ。絵描きとして恥ずかしいし、イメージが崩れる」
「そこまで言ったらもう遅いよ。大丈夫。私、パースのことが知りたいの。魔法を与えてくれたすごい絵を描いた人のこと、もっと知りたいの!」
パースはうつむき、おでこに手を当てています。
たき火がおとろえて、辺りはだんだん暗く、静かになりました。
「ルナリアは魔法使いが描く絵を知ってるかい?」
パースに聞かれ、ルナリアは首を横に振ります。そんなもの学校では見たことありません。あるのは装飾品と金や銀の像ばかり、意外と絵画はないのです。だって授業では扱わないのですから。
「魔法使いの絵はね、僕が描くものと違って動くんだ。さっき描いた狼だって、額縁の中を自由に駆け回る。あるときは自由気ままに眠り、あるときは絵に棲んでいる猪を狩ってたいらげる。風景だって変わるんだ。僕の絵と違って、一枚でいろんな瞬間を映し出す。わかりやすくて飽きない」
枯れ葉の散る地面を見ながら、パースは続けます。
「だからほとんどの人は魔法使いの絵に手が伸びる。たとえ僕が描いた絵の何倍の値がしてもね」
絵なんて普通の平民が買える代物ではありません。そんなもの買う余裕すらないのです。だから欲しがるのはお金に余裕のある人たちだけ。彼らが魔法使いの描く不思議な絵を気に入り、パースの絵に見向きもしないなら、銀の鉱石を混ぜて工夫したって絵はちっとも売れません。描くのにいくらお金がかかっても、銅貨一枚すら手に入らないのです。
悔しそうに語るパースの表情は魔法の絵が生んだのです。ルナリアの大好きな絵は、青い宝石の力に負けているのです。そんなのルナリアは許せません。
「魔法使いの絵を超えることはできないの? パースならきっとできそうだけど」
「そんな恐ろしいこと、言わないでくれ」
パースが穏やかで、でも怒りを秘めた口調で言いました。
「彼らの絵を超えようと思ったら、紙をたくさん用意して、ぜんぶの紙に少しずつ違う絵を描かなきゃいけない。ものすごく時間がかかるんだ。それで完成したら束にしてものすごい速さでめくる。千枚描いても一分もたない。あっという間に終わってしまうし、見栄えもよくないんだ」
パースは走り出した羊の群れみたいに、止まることなく早口で語ります。
「相手は僕と違って杖一振り。まともに張り合えば、敵いっこないんだよ」
顔こそ笑っています。でも、本心は違うと、外から見ても丸わかりでした。怒りと情けない気持ちがあふれています。
「ごめんなさい。私、言葉が足らなかった。パースの言うとおり、同じやり方じゃ負けちゃう。だけど、この世にないものの絵を描けたら? 描かれているものすべてが幻。そしたら最初の一枚を売れるのはパースだけ。どんな魔法使いでも、イメージできないものは創れないはずだから」
パースは黙ったままです。どうやら悩んでいるようです。
幻のものを描くといっても、まずイメージしなければなりません。それはパースもいっしょ。空想の世界をゼロから思い描くのは、決して簡単ではありません。
ルナリアは服から杖を取り出しました。ノルン先生から与えられた偽物の杖です。魔法の力はないし、アイデアをくれるわけでもありません。だけどこんな杖がなくたって、ルナリアは光の動物をたくさん生み出してきました。彼らはみな幻の存在、現実に縛られることはありません。テストに出たら満点を取れるくらい、空想には自信がありました。手元に紙がなくたって、夜空に映せばいいのです。
「じゃあ、こういうのはどう?」
ルナリアは空に向かって杖を振りました。




