3.5.2 熊さんからのお知らせ
空から星が一つ流れます。星はとても大きくて地平線から浮かぶ満月のよう。それが水面に落ちると、夜の闇に包まれ真っ黒だった泉は、白銀に輝きだしました。そして泉の中から星がいくつも湧き出します。まるで噴水のようです。光の粒は舞い上がり、空に浮かぶ星々はどんどん数を増していきます。それでも満月よりちょっぴり明るいくらいですから、闇に動く森の生き物たちにとってもまぶしくはありません。
気づけば動物たちはどんどん増えていきます。泉にいた動物たちがさらに仲間を呼び寄せたようです。母親狼に近い大きさの化け猪も来ましたが、魔法の光を見ても、ルナリアを襲うことはありません。
光の泉に魔法のペガサスを走らせていると、金のろうやで会ったさっきの熊が声をかけました。
「ずっと思っていたんだが……お前、不思議な馬を連れてるな」
ルナリアは光のショーを続けながら、熊にペガサスのことを話しました。人さらいから守ってくれたこと、狼の子どもたちから守ってくれたこと、ずっと好きだった画家の絵であること。
「俺、その画家知ってるぞ」
熊がそう言った瞬間、銀のペガサスを残し、泉の光はパッと消えてしまいました。
ルナリアは目をぱちくりさせています。
「それ、ほんと?」
「この森の一番端、透明な壁の向こうにいる。あいつは真っ黒な板に翼のある馬を描いていた。お前の馬そっくり、炎を浴びて輝くさまもみんなそっくりだ」
「熊さん教えて。その画家に会ってみたい。どうやって行けばいいの?」
「悪いがお前の足では無理だ。俺の足でもとんぼ返りしかできない。それにあの一帯は危険だ。魔物がよく現れる」
「じゃあ、会えないの?」
「いや、道さえ間違えなければ大丈夫。ただなるだけ近づかないようにしているから、知っている道がいまでも使えるか調べなきゃならない」
「どれくらいかかるの?」
「わからねぇ、しばらく待ってくれ。ただ、しばらくしたら俺は冬眠の季節に入るから、狼に引き継ごうと思う」
熊は冬眠しますが、狼は冬も起きているのです。
「息子たちを行かすわ。あたしは目をつけられているから」
母親狼は熊の話を受け入れました。
「ええ~」
「怖いよ」
「魔物は嫌だよ」
「母ちゃん来て~」
そう口々に言う子ども狼たちに母親は言います。
「あんたたちはいいかげん自立しろ! そろそろ一人でも生きられるようにしないと。男気のある熊が先導をしてくれるんだ。いつまでも『母ちゃん、母ちゃん』言ってないで行け!」
「「「「「「「はぁい~」」」」」」」
七頭の子ども狼はうつむきながら、そろって返事しました。
「じゃあしばらく待ってくれ。狼のガキが道を覚えたら、教えてやる」
それを聞いたルナリアは「やったー!」とピョンピョン跳ねて喜びました。
辺りにはもう狼の親子と熊しかいません。他の動物たちはショーが終わったと思って、みんな森に帰ってしまいました。ルナリアはまた母親狼に連れられ、すっかり眠りについた学校へ戻りました。
それからルナリアは毎日森に入り、熊の知らせを待ちました。そして森の生き物たちに応えるように、泉だけでなく、きのこや森の木々にカラフルな光を灯しました。
動物たちの中には、自分を光らせるようお願いするものもいました。
「これから彼女に告白するんだ」
「俺たちは闇の中で恋をする」
「でも、目立たなきゃならない。真っ暗じゃ目立ちようがないんだよ」
「狼の子たちにかけたのと同じ魔法、あれをかけてくださいな」
ルナリアは彼らに魔法を施します。どれも決して強い光ではありません。闇は闇のままです。ルナリアは決してこの黒い森を傷つけはしませんでした。そして来る日も来る日も、この闇夜のキャンバスに光を走らせました。
毎日のように森へ通うルナリアを見た生徒たちは不満でいっぱいです。だって知らない間に、ティランナ先生を超えたことになるのですから。このままだとルナリアをバカにできなくなります。
「森に入りましょ。あのルナリアが生きて帰ってこれるなら、私たちにもできるわ」
「きっと先生が化け狼を始末したに違いない」
「もう怖い獣は消えたんだ」
「もしいたとしても魔法を使えばなんとかなる」
そう言って生徒たちはこぞって森に入ります。宝石の青く悲しい光を放ち、森の闇を壊していきます。動物たちがそれを嫌っていると、彼らは知らないのです。そして、森に入った生徒はみな大けがをして、森の外に捨て置かれました。
そのことが学校中に知れ渡ると、ルナリアをいじめる生徒は誰もいなくなりました。いくら魔法が下手でも先生はとがめません。だってティランナ先生を超えたのですから。ルナリアは堂々と学校を歩けるようになりました。授業が終わると食堂で夕食をとり、夜は森に通う日々を過ごしました。




