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ルナリアは闇夜に咲き誇る  作者: 暁 乱々
3.とっておきの魔法、見せてあげる
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3.4.3 異界の怪物

 それは大きな大きな真っ黒な狼です。大きさは七頭とは比べものになりません。高さだけでも大人の丈の倍はあります。まるで別の世界から呼び寄せた怪物、そんな狼がルナリアの前に立ちはだかったのです。


 ルナリアは声が出ません。ギュッと身を縮めました。もう逃げられません。手遅れです。

 こんな狼、いつ現れたのでしょう。七頭に立ち向かい、魔法を使うのに精一杯だったルナリアは、背後から近づく巨大な狼に気づきませんでした。


「母ちゃんだ!」

 狼の一頭が叫びました。どうやら大きな狼は七頭の母親のようです。


「助けて」

「魔女に変な魔法をかけられた」

「おかげでこんな変な色」

「お願いしても魔法を解いてくれない」

「おまけに無視して逃げようとしたんだ」

「その魔女をなんとかして」

「はやく、はやく」


 七頭の子ども狼はすっかりと態度を変えて、甘えた声で母親に訴えます。先に襲いかかったのは彼らですが、そのことはすっかり棚上げです。


 それを聞いた母親狼がルナリアに顔を近づけます。熱い鼻息がルナリアの髪を揺らします。こんなにそばまで来たら、まばたきする間にパクリと食べられてしまいます。ルナリアの手にある杖ではなにもできません。青い宝石も真っ暗なままでした。


「魔女のお嬢ちゃん、その杖を出しなさい」

 母親狼が柔らかな話し方で命じます。


 あまりに優しい声だったので、ルナリアは思わず「えっ?」と声を漏らしました。素直に先っぽを自分に向けながら、母親狼に杖をさし出しました。


 母親狼が杖に鼻を近づけます。鼻を小さく揺らしながらにおいを嗅いでいます。


 なにを考えているのか、さっぱりわかりません。ルナリアは心臓をバクバクさせながら、待っています。母親狼が杖のにおいを嗅いでいる間に、カラフルな子ども狼がルナリアをぐるりと囲みます。


 母親狼の背丈ほどあった銀のペガサスはもういません。子ども狼にかけた魔法と違って、あのペガサスはルナリアの心をよく映します。母親狼が現れた驚きと、自分よりずっと大きい八頭もの狼に囲まれた恐怖で、消えてしまったのです。


 森はすっかり夜。辺りは冷えてじっとりしてきました。子ども狼たちの放つ光がなければ、ここには星一つの明かりもありません。夕食の時間なのか、お風呂の時間なのか、もうみんなが寝た時間なのか、いまのルナリアにはわかりません。


 間違いないのは、助けに来る人など誰ひとりいないこと。

 すべては母親狼しだいです。


 狼の鼻が杖から離れていきます。

 ルナリアを見つめながら、大きな口を開きました。


「お嬢ちゃん、怖がらせてごめんね。どうか子どもたちの魔法を解いてちょうだい」


 母親狼が優しい口調で言うものですから、ルナリアは目を見開いたまま、きょとんとしまいました。


「大丈夫よ。あんたをだます気はないから」


「ぜったい食べない?」


「ええ、約束するわ」


 ルナリアは振り返り、子ども狼たちを見つめます。杖を握り直し、七頭めがけて大きく振ると、狼の身体にまとわりつく光はたちまち消えて、元の真っ黒な身体に戻りました。


「やったー! これで元通り」

「すごいぞ、母ちゃん」

「ありがとう、母ちゃん」


 辺りの森も普段の真っ暗闇になります。まったく目が見えなくなったルナリアは、慌てて手のひらに乗るほどの光の球を作ります。球を宙に浮かべると満月の光を放ち、狼の姿をくっきり映しました。


 子ども狼たちがルナリアを押しのけて、母親狼にくっつきます。


「あんたたちは早く森の奥へ戻りなさい」

 母親狼が鼻で子どもたちのおなかをつつきました。


「え~? さっさと食っちまおうよ」

 七頭そろって同じようなことを言います。


 それに対して母親狼は「この子は食べない」ときっぱり言いました。


「どうして?」

「さっき、魔女の嬢ちゃんに約束したからよ」


 母親狼がルナリアに目配せします。


「母ちゃん、目を覚ませ」

「こいつは魔女の子だぞ」

「大きくなったら悪さする」

「まさか変な魔法にかかって……」

「操られているの?」


「操ってないよ! 私、そんな魔法使えないもん!」

 ルナリアは子ども狼たちに怒ります。


「そうよ、あたしはちゃんと覚めている。昨日の魔女を見たでしょう。石の力に(とら)われ、おごり高ぶった哀れな人。ほんとに悪い魔女なら、こんな回りくどい魔法の使い方しないわ。あなたたち、ケガしてないでしょ?」


「たしかに、俺たち色が変わっただけ」

「ひどい魔法だったけど、昨日のに比べたら……」


 母親狼にさとされて、子どもたちは少しずつ離れていきます。


「さぁ、行きなさい。魔法使いがいない森の奥へ」

 母親狼がそう言うと、子どもたちは森の奥へ帰っていきました。


 ただ一頭だけは、ずっととどまったままです。

「母ちゃんは、来ないの?」と残った狼が聞きます。


「この子を送っていく。きっちり学校へ帰さないと、魔法使いたちが探しに来るわ」

 母親がそう言うと、残る一頭も森の奥へ消えていきました。

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