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ルナリアは闇夜に咲き誇る  作者: 暁 乱々
3.とっておきの魔法、見せてあげる
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3.1.3 ルナリアの恩人

「もう出て大丈夫」


 ノルン先生の合図で、ルナリアは木箱のふたを開けました。


 外に出たルナリアは真っ先に尋ねます。

「シャルとは、もう会えないの?」


「ええ。一度宝石にされたら、もう元には戻れない」

 先生がうつむきながら答えます。


「どうして、先生はシャルも助けてくれなかったの?」

「それは無理。私の身体は一つしかないし、模造の杖も一つしかないの」


「じゃあなんで、私が……」

「ルナリアは木陰に隠れて杖を折った。それに杖の声がとても小さかったのよ。あれほど小さいのは初めて。だから気づかれにくかった。きっと父君が守ってくれたのよ」


「どうして、先生は聞こえたの?」

「ある人からの依頼があってずっとあなたを見ていた。あのときはたまたま外にいたのよ」


 ルナリアは驚きの目で先生を見ています。まさか見張られているとは思わなかったのです。もしこれが他の軍人だったら、いまごろ宝石になっていたことでしょう。


 ルナリアはその依頼主に救われたのです。


「依頼って誰からですか?」

「学校の外にいる魔女よ。あなたは一度会ったことがあるはず」


 ルナリアは学校に来る前の記憶をたどっていきます。

 母親の病気が治る前、初めて一人で市場に行った日、杖で土を溶かし、ねずみを宝石に変えたあのいじわるな魔女。のっぺらぼうの人さらいを使い、人を恐れさせるあの悪い魔女。


「市場にいた魔女、オルカ。あんな女がどうして?」


「あの方はあなたに期待している。偽物の杖をこさえるよう言ったのもあの方。きっとあなたは杖を折るだろうと予言していた」


 ルナリアは素直に喜べませんでした。


――あんないじわるな魔女がまともなことを考えるわけない。

 ルナリアはそう思っていました。


――そんな魔女に助けられたなんて……。


 ルナリアは父親の宝石がはまった杖を見つめていました。これはオルカからの贈り物なのです。


「さぁ、そろそろ部屋に戻りなさい。もうすぐ日付が変わる。軍の人さらいは遠くに行ったから」

 ノルン先生が部屋の扉を開けました。


「私、もう少し話を聞きたい」

「ダメよ。明日も授業がある。遅刻するわけにはいかないわ。あなたは授業を受け続けなくてはならない」


「どうして……」

 ルナリアがそう言いかけたとき、先生の手が口をふさぎました。


 もう片方の手で、部屋の扉をバタリと閉じます。


「それは言ってはだめ。魔法が使えなくてもあなたは生徒でいなければならない。生徒でなくなれば、あなたは魔法の宝石に変えられてしまう。悪い魔法使いに渡れば、あなたは邪悪な魔法に協力することになる。それでもいいの?」


 先生の言葉にルナリアは慌てて首を横に振ります。


「じゃあ言うことを守って。あなたには生きていてほしいから」


 ルナリアは先生と約束しました。


「もし疑われたら光のペガサスを見せなさい。そうすれば誰も罰を与えられないから」


 その言葉を()みしめてルナリアは部屋から出ました。



 扉が閉まったあと、先生は鍵をかけました。


 ひとりになったとたん、椅子に腰掛けて胸を押さえます。そして(せき)を切ったように、大きな息をなんども吐きました。


 実は一つ隠し事をしていたのです。

 シャルがどうして宝石になったのか、ルナリアにはとても言えませんでした。




 ノルン先生の部屋は校舎から離れた地下にありました。青い炎の(とも)る、石を積み上げたような壁の暗いろうかが、ずっと続きます。ルナリアのそばには光のペガサスではなく、うさぎがちょこちょこ歩いています。ルナリアの前を行き、分かれ道ばかりの迷路を右へ左へと、案内してくれるのです。


 しばらくすると広間が現れ、その奥にらせん階段が見えました。ぐるぐる回りながら、長い階段をのぼり続けます。いくらのぼっても、のぼっても出口どころか、踊り場にすら着きません。ルナリアは家から市場の往復で何時間も歩いていましたから、身体を動かすのは慣れています。でも、さすがに息があがってきました。今夜は食事をとっていないのでヘトヘトです。


 とうとう階段の終わりが見えてきました。

 けれども、そこは行き止まりでした。


「なによこれ?」


 ルナリアはガックリと、地面にへたりこんでしまいました。


 その横で魔法のうさぎが、しきりに一つの石へ頭突きしています。うさぎは光の塊ですから、身体が当たったところで石はびくともしません。それなのに、うさぎは頭突きを繰り返します。


「これを蹴ればいいの?」


 ルナリアがうさぎに聞くと、うさぎはぴょんぴょんぴょんと三度跳ね、くるりと回って消えました。

 ルナリアはツンと石を蹴ります。すると行き止まりだった壁がすーっと消えて、ろうかが現れました。

 この石は道を開けるスイッチだったのです。


 明かりの少ない、八つの扉があるろうか。そこに一つだけ、ひときわ明るく照らされた扉がありました。なんだか見覚えのある光景です。ここは寮の五階、この明るい扉がルナリアの部屋でした。


 扉を開けると、白い壁と金色の飾りが目に飛び込みます。


「お願い、明かりを消して」とルナリアが言うと、部屋のまぶしい炎はゆっくり消えていきます。部屋が暗くなると、代わりにオレンジ色のペガサスが、浮かびあがってきました。どうやらベッドの横で待っていたようです。


 ルナリアはペガサスのつぶらな視線を無視して、部屋の窓を開け放ちました。そしてノルン先生からもらった偽物の杖を、空に向けて振りました。


 学校の上を一つの流れ星が走ります。星はルナリアが作った光の塊。隕石(いんせき)と違って燃え尽きることなく、どこまでも飛んでいく魔法の光です。けれども星は校門から少し進んだところで弾け、宝石の青い光をパラパラ散らせ、燃え尽きてしまいました。


「いったい、なんなの! これじゃ(とら)われのお姫さまよ!」


 この学校には透明の壁が張り巡らされているのです。土の中も抜けられる、魔法の光ですら通れないのです。ここはもはや魔法使いたちが築いた監獄です。でも杖を折ったルナリアには、どうすることもできません。


 乱暴に窓を閉め、ベッドに身を投げました。


 涙がポロポロ、止まりません。

 光のペガサスが添い寝します。


 ルナリアは炉の炎のような温かさに触れながら、少しでも気が紛れるよう、画家パースの絵を抱きしめます。


 結局、ちっとも眠れぬまま一夜を明かしました。

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