3.1.2 魔物たちの腹の内
ルナリアの肩を先生がたたきました。新しい杖ができてからまだ一分も経っていません。
「ルナリア、杖を持って隠れて。あの木箱に」
先生はひどく慌てていました。
ルナリアはすぐさまペガサスに頼みます。
「お願い、姿を消して」
すると、いつも勝手な行動ばかりするペガサスが、すんなりと姿を消しました。
ペガサスはルナリアの味方です。大切なときはちゃんと言うことを聞きます。どうやらまずいことが起きているようです。
ルナリアは先生に言われたとおり、人が入るほどの大きな木箱に入りました。
「この箱は外の音は聞こえて中の音は漏れない。私が言うまで、ぜったい開けてはダメよ」
ルナリアがうなずくと、木箱のふたが閉まりました。この木箱は不思議な構造で、中から見れば透明な窓があります。さっき外から見たときはなかったものです。きっと、外からは見えないのでしょう。
やがて足音が聞こえてきました。その音はどんどん大きくなります。ほんのわずかの静けさのあと、部屋の扉が乱暴に開き、真っ黒なマントを着た人が四人も入ってきました。さっき先生が着ていた軍人のマントです。
「ノルン先生、学校のお仕事は順調かな」
不気味なうなり声がしました。マントから見え隠れする手は人のものではありません。ルナリアを捕らえたのと同じ、かぎ爪のついた魔物の手です。
「ええ、おかげさまで。青い火の地下室に来る物好きはそうそういませんから。仕事の邪魔をされずに済みます」
「それはそれはよかった」
「ところで今日はどんなご用件でしょう?」
「不届き者が現れた」
魔物がマントの中から青く光るなにかを出します。それは大きな手の平いっぱいの、青い宝石でした。
「中身は誰?」
「驚くなよ。南西領の子息、シャルルだ」
「うそよ!」
ルナリアは部屋いっぱいに響くような声で叫んで、慌てて口を手で押さえました。そんなことしたって手遅れです。でも窓から見る限り、魔物たちはルナリアに気づいていません。この不思議な箱の力は本物のようです。
シャルルは間違いなくシャルのことです。
彼は家柄を気にしていました。きっと、あえてほんとうの名前を言わなかったのでしょう。
――どうして? どうして捕まったの?
ルナリアの中で思いがめぐります。
箱の外からは魔物たちの笑い声が聞こえます。
「宝石王と呼ばれる南西領主の息子だ。杖を折ればどうなるか、どこの誰より知っていたはずだ」
「それも森で獣と戯れながら折ったのだ。銀の月に気が狂れたらしい」
魔物たちは大笑いです。
先生も魔物に合わせて笑っていました。憎たらしい魔女の笑いです。でも、そうしなければこの場を切り抜けられないのです。
学校に入る前、市場に魔女が現れたときのみんなと同じです。
「バカ息子はどうでもいい。もう一人が見当たらないのだ」
魔物の言葉にルナリアは胸を押さえました。『もう一人』、つまりシャルを除いて一人だけ。間違いなくルナリアを指しています。それを知っているのは、ルナリアとノルン先生だけです。
「杖は二本折れたはずだ。心当たりはあるか」
魔物が目をギラギラさせながら先生に聞きます。
「いえ、ずっと部屋にいましたから。杖の声は知りません」
魔物は「そうか」と言って、「ギィーヒッヒッヒ」と不気味な笑い声をあげます。
「では、誰が不届き者を始末したのかな……」
魔物がギロリとした目で辺りをにらんでいます。
ルナリアはゴクリとつばを飲みながら、窓をのぞきます。
ルナリアを連れ出したとき、魔物は青い空を飛びました。あの魔物が先生なら、ひどく目立つはずです。バレていてもおかしくないでしょう。
「まぁ、ここは地下だ。あんな杖の声など聞こえるはずがない。きっと隊の誰かだろう」
先生と話していた魔物が言いました。
すると魔物たちは「同感だ」、「俺もそう思う」と口々に言いました。
やけに素直です。
「ならば、あとで隊員を集めて確認しよう」
先生と話していた魔物が言います。きっと彼がリーダーなのでしょう。
部屋の扉の開く音がしました。
「では先生、失礼する。国に仕える者として、間違っても無法者に与しないよう」
「匿っていることが判明したら、南西領のバカ息子と同じ目に遭うぞ。ギィーヒッヒッヒ」
魔物たちは次々そう言って、笑いながら部屋を後にしました。
部屋から去っても、ろうかから不気味な声が響いてきます。
「さすが南西領の長男」
「こんなデカい宝石なかなかない」
「こりゃ五年は使えるな」
「国に納めたらいくらだろう」
「いや、この宝石は俺たちのもの」
「秘密にしよう。国に納めても報酬はどうせ半年分」
「五十四ヶ月ただ働き」
「それはバカバカしい。やめだ、やめ」
「あとでこっそり切り分けよう」
「四人で十五ヶ月ずつ」
「折れた杖さえありゃ問題なし」
「始末した獣を差し出しゃ理由はつく」
「「「「ギィーヒッヒッヒ」」」」
魔物たちの話し声はだんだん小さくなりました。




