2.7.4 森で魔法を使ったら
地面に背中を打ちつけた痛みで、ルナリアは目を覚ましました。まぶたを開いて見えたのはシャルの顔ではありません。なんと猪の顔でした。周りを見渡せば動物たちばかりです。シャルは彼らの向こうで身を縮め、震えていました。
「大丈夫よ、あなたは襲わない。魔法の光が見えたから、男に傷つけられていないか心配になっただけ」
猪が言いました。
彼女は地下のろうやにいたあの猪です。声も体つきも同じでしたから、間違いないでしょう。
「襲われてない。ただ、シャルを助けようとしただけで……」
ルナリアは慌てて説明します。
「事情は知っている。ずっと見張っていたからな。あの魔法使いにかみつくなんてしねぇよ」
猪の横にいた熊が言いました。地下牢にいたあの熊でした。
シャルが言っていたとおり、この森では、宝石の魔法を使ってはならないのです。
動物たちにとって、宝石の青色は攻撃を意味します。この森はろうやと違ってここは彼らのすみか、ぜったいに守らなければならない場所です。地下牢で怯えていた彼らも、誰かが襲われたなら話は別。仲間を集め、みなで戦うのです。
ルナリアだからよかったものの、他の魔法使いであれば、ただでは済まなかったでしょう。
「さぁ、下りてこい! 話は聞こえてるんだろう」
熊がシャルに呼びかけます。
シャルが岩から下りると、ルナリアのもとへ歩きます。
そして「すまなかった」とつぶやきました。
辺りはすっかり暗くなりました。先生の結界が解ける時間はとうに過ぎています。でもルナリアは学校に帰らず、泉のほとりで動物たちと話をしていました。
ルナリアの魔法のうさぎが夜闇に浮かびあがり、泉の水面を駆け回ります。その足跡には小さな月を思わせる光の泡が残されて、泉と森を黄色味がかった淡い銀に照らします。ここには炎の強い輝きはありません。森にあるのは夜の光だけ。でも光の動物たちが走り回る姿はとても華やかです。
ここはまるで祭りのうたげのよう、とてもにぎわっていました。
だけどルナリアはどこかしょんぼりしています。
まだ心にわだかまりがあるのです。でも、我慢していてもしかたありません。ルナリアは熊にそれをぶつけてみました。
「私、聞いたの。三割くらいしか助からなかったって」
「たしかにそうだ」と熊は言います。
「ごめんなさい。私の力不足で……ごめんなさい」
「なぜ謝る?」
「だって、あの先生たちは平気で悪い魔法を使うもの。なにするか分からない。残された動物さんがよけいに苦しむんじゃないかって」
「バカヤロウ! なにもしないよりはましだ」
熊が怒りました。だけどルナリアにしか聞こえないほどの小さな声でした。
周りはにぎやかなうたげに浸ったままです。
「たしかにろうやの魔法はより強力になるだろう。けれども今回で逃げ方のヒントは得た。いつかは役に立つ。それにな、俺たちは人と違って生き続けることすら運しだい。それは残されたやつもわかっている。だから気にするな!」
熊の横にいた、猪も言います。
「そうよ、気に病んじゃだめ。私の娘はまだ囚われたままだけど、『助けられなかった』と責める気はない。そんなことをしたら、誰もなにもできなくなってしまうでしょ」
「ほらほら、ここまで言ってくれたんだ。ルナリアが悩む必要はない。こんどは僕も協力するから」とシャルも言います。
ルナリアはみんなの言葉を信じることにしました。
うたげはまだまだ続きます。ルナリアとシャルは森の動物たちといっしょに過ごしました。




