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ルナリアは闇夜に咲き誇る  作者: 暁 乱々
2.秘密のおはなし、きかせて
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2.7.1 おしおき

 湿った土のにおいがします。カサカサなにかがすれる音と不気味な鳥の鳴き声が、あらゆる方向から響きます。そんな中、ルナリアが目を開けました。


 ここは黒い葉をつけた木々が並ぶ森の中。日光が遮られているからでしょうか、辺りは日が沈んだあとのような薄暗さです。真っ白で金の飾りのついた学校は、まったく見えません。


 ルナリアは学校を探そうとしますが、身体が思うように動きません。透明な筒に入れられているかのようです。その中にルナリアは立たされていました。身体を少しずつ回すのが精一杯、手はほとんど動かず、座ることもできません。おまけに杖は筒の外に置かれています。


「ようやく目覚めたね。このいたずら魔女め!」


 ティランナ先生の声でした。恐ろしい目つきでルナリアを見ています。まるで肉に飢えた(おおかみ)です。杖の先をルナリアに向け、空いた左手で筒をなでています。


「どうだ、出られないであろう。あんたはいま、魔法の(おり)の中だ。勝手に授業を抜け、大切な檻を壊し、獣をそそのかして校内を混乱させた。そんな愚か者にふさわしい」


 先生が甲高い声で笑います。


「どうして笑うのですか? 私は傷ついた動物たちを解放しただけです。呪いの檻で閉じ込めるなんて、おかしいと思わないのですか」


 先生の目つきがさらに鋭くなりました。


「甘いこと言うんじゃないよ。ああいう獣たちがいるから、傷治しの魔法も、敵を滅ぼす魔法も練習できるのだ。まさか、あんた国の務めを拒むつもりかい」


 ルナリアが言い返そうとすると、先生は杖をルナリアの目に向かって突きつけます。


「黙れ! これ以上しゃべれば呪いで怪物に変えてやる。醜い醜い怪物にな」


 先生の杖は結界を突き抜けて、ルナリアのすぐそばまで迫ります。このまま刺すのではないかと思ったほどです。

 先生は刃のような杖を向けながら笑っています。地獄に()む鳥がいるなら、きっとこんな風に鳴くでしょう。もはや魔物です。ルナリアは湧きあがる思いをぐっとこらえます。


「フッ。そうやっておとなしく突っ立っているといい。少しは反省するだろう」

 先生が笑いながら離れていきます。どうやらルナリアを森に置いていくつもりです。


「日没になったら結界は解ける。そしたら速やかに学校へ戻ることだ。闇夜の森でもたもたしていると、飢えた狼に()われてしまうぞ。明日の補習も台無しだからねぇ。アッハッハッハ」


 先生がいやらしい笑い声をあげながら杖を振ります。

 真っ黒な空間の裂け目が現れて、ルナリアの前から消えてしまいました。




「ほんと、ひどい魔女だ」


 ルナリアのもとに一羽の青い小鳥が飛んできました。傷治しの授業で、ルナリアを地下牢(ちかろう)へ導いたあの小鳥です。


「ごめんよ。巻き込んでしまって」と小鳥は結界をつつきます。

 でも、カツカツカツと音がするだけ。破れる気配はありません。


「まったく、ろうやが好きな連中だ。狭い場所に閉じ込めることしかできないのかよ!」

 小鳥はぼやきながら、まだ結界をつついています。


「もういいよ。魔法の結界はちょっとやそっとじゃ破れない」

「よくない! ルナリアがこうなったのは俺のせいだ!」


 小鳥はしきりに頭を動かし、結界をつつきます。


「痛ってぇ」

 とうとう筒におでこをぶつけてしまいました。


「ろうやを破ったのは私だから。もう、気にしないでよ」


 それでも結界を破ろうとする小鳥の姿に、ルナリアは首を横に振ります。あまりの痛苦しさに目をそむけたくなるほどです。もちろんそんなことしません、小鳥に失礼ですから。だけどあまりに見るのがつらいのです。


 ぜんぶ、ぜんぶ悪い魔法使いたちのせいです。


「ここはいったいなんなのよ? まるで悪い魔女のお城にいるみたい」

 目を伏せながらルナリアは言います。その声はもう涙声です。


 小鳥が「ピィー」と高く鳴き、答えます。


「君の言うとおり、ここは魔物の宮殿なんだ。宝石の力にのまれた化け物がたくさんいる。俺たちを傷つけても胸を痛めない、心を失った魔物が育つ、悲哀に満ちた宮殿なのさ」


「それ、うそよね?」

「うそじゃない、さっき地下牢を見ただろう」


「うそよ……」 


 小鳥が言ったことがほんとうなら、ここは救いようのない地獄です。ルナリアは信じたくありませんでした。だけど、地下牢の動物たちとティランナ先生の態度を考えれば、ほんとうに地獄としか思えないのです。


 それにここの生徒は感覚が変です。魔法の力を持つ、透き通った青の美しい宝石を、軽く扱っているのです。なんども生えてくる雑草のように。


 やっぱりここはおかしいのです。


「君は目が覚めている。俺たちといっしょだ。だから君にとってここは地獄なのさ」


 小鳥の言葉とともに、ルナリアはガックリと崩れました。結界が頭をコツンとたたきます。ほおに涙が流れます。顔を隠そうにも、結界が邪魔してしゃがむことも、手を動かすこともできません。


 学校の正体が白亜と黄金に彩られたハリボテなら、普通の魔法使いを地獄の魔物に変える魔宮なら、一刻も早く飛び出さなければなりません。


「ここから出る方法ってあるのかな?」

 ルナリアはべそをかきながら小鳥に聞きます。


「日没まで待つしか……」

「なに寝ぼけたこと言ってるの! 違うよ、学校から出る方法! ここにいたら私、悪い魔女になっちゃう!」


 小鳥は羽で頭をかきながら言います。

「それは、かなりやっかいだ」


「どうして?」とルナリアは聞きます。


「この学校には大きな結界が張られているんだ。それもめちゃくちゃ強力なやつだ。少なくとも勝手に抜け出すことはできない。勝手に抜けられるのなら、俺たちはとっくに逃げている」


「じゃあ、先生にお願いして出ていくしか……」


「それは無理だ!」


 ルナリアに答えたのは小鳥ではありませんでした。

 別の、男の人の声でした。


 木々の黒い葉っぱをかきわけて、その男がやってきます。すらりと高い背に銀の髪、身に着けた服には四枚羽の鳥の紋章が描かれていました。


「ゲッ、魔法使いだ!」

 小鳥が慌てて飛び立ちます。


「小鳥さん逃げないで! シャルよ、あの方は大丈夫。たぶん、きっと……」


 ルナリアはそう言って「あっ!」と声を漏らしました。

 動物としゃべっているところを見せてしまったのです。


――どうしよう、ぜったい頭のおかしな変な子だと思われてる。


 ルナリアは顔を真っ赤にしてひどく悔やみました。おまけに泣いた後ですからひどい顔です。


 でももう手遅れ。その証拠にシャルが笑っています。


「どうして恥ずかしがる? いまさら隠してもしかたないよ」


 シャルが杖を一振りします。青い宝石のまたたきとともに、結界にヒビが入って砕け散りました。


 ルナリアは自由の身になりました。でも心を失くしたように立ちつくしています。涙に()れたそのほおにシャルの手が触れました。


「ほら、忌まわしい結界はなくなった。いつまでかごの中の鳥でいるんだい?」


 ルナリアは手を伸ばします。透明の筒はもうありません。自由になったのです。結界のあった場所から外へと足を踏み出します。ルナリアを邪魔するものはありません。


 ゆっくりとスキップしてみます。ルナリアの顔に少しずつ笑顔が戻りました。


「いったいいつから隠れていたのですか」


「最初からだ。あのおっかないティランナ先生がいたときから」

 シャルがにっこりほほえみながら答えます。


「じゃあ……ぜんぶ聞いていたのですね」

「そうだ。ルナリアの声も、小鳥の声もね」


 ルナリアは「へっ?」と、目をぱちくりしました。


「シャルさんって動物の声がわかるのですか」


 シャルが幼い子に語りかけるように話します。

「魔法使いはみな、聞こうと思えばできるんだよ。ただ、自分を変える魔法はとても危険なんだ。失敗したら取り返しがつかない。だからみんな手をつけないんだ」


「動物と話せる魔法が危険だなんて、どうして?」


 ルナリアはきょとんとしています。シャルの言っていることが飲み込めないのです。動物たちを傷つけ、ろうやに閉じ込める魔法のほうが、よっぽど恐ろしいはずなのに。


「動物の声が聞こえたら、君と同じ気持ちになるからかもしれない。それが怖いんだ。僕の勝手な想像だけどね」

 ルナリアは首をかしげました。いまいちピンときません。


 シャルが空に向かって指笛を吹きました。

「青い小鳥よ。どうか戻ってきてくれないか」と呼びかけます。


「どうかもう一度、姿を見せてほしい。君と話してみたいんだ」

 また声をかけますが小鳥は見えません。遠くへ行ってしまったのでしょうか。


「お願い戻ってきて。大丈夫、シャルは悪い人じゃないから。私の結界を解いてくれた人だから」


 ルナリアも呼びかけましたが、青い小鳥は出てきませんでした。


「もう行っちゃったみたいね」


「しかたない、僕が悪かった。森の動物たちは魔法使いを嫌っているんだ」

 シャルが力なく言います。


 たしかに動物たちは魔法使いを恐れているようです。ルナリアがろうやに潜り込んだときだって、魔法をかけられまいと大騒ぎでした。青い小鳥はたまたま、お風呂のねずみからルナリアの評判を聞いていました。だから信用していたのです。

 でもそれは、例外なのです。


「行こう、ルナリア。気にしてもしかたない」


「行こうって、どこへですか?」

 ルナリアがたどたどしく聞きます。


「森の奥だ。ここはまだ浅い。ちょっと魔法が使えれば誰だってたどり着ける。しばらくしたら、ルナリアを見世物にさもしい生徒がやってくる。このまま日没まで、さらし者になるかい?」


「そんなのいや!」

 ルナリアは首を横に振ります。


「じゃあ、僕といっしょに」


 ルナリアはシャルとともに森の奥へと歩き始めました。

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