2.6.3 さぁ、みんなで飛びだそう
「じゃあ、いまから始めるね」
ルナリアは杖を強く握ります。宝石の青い光が地下を明るく照らし始めます。その光り輝く杖を黄金の格子に向けました。
そのとき、猪が大声を出しました。
「魔女さんストップ! 杖を振るのは待って」
「どうして?」
ルナリアはコトンと首をかしげます。
「あなたは魔法のうさぎが消えるのを見たでしょう」
猪の言うとおり、ルナリアの放った光のうさぎは、格子に飛びかかった瞬間消えてしまいました。格子のすき間を抜けようとしていたはずなのに。
光の塊ならどこへだって通り抜けられます。でもダメでした。きっと、なにか理由があるはずです。
「あの格子には悪い魔法がかかっている。ちょっとでも触ったら火ぶくれどころでは済まない。おまけに魔法もかき消してしまうのよ」
だから魔法のうさぎは消えてしまったのです。
「じゃあ、先に格子にかかった魔法を解けばいいのね」
「それができるのならね。でもこの格子は、学校の魔法使いが何人も集まって作ったもの。とても大きな力が込められているし、ずっと誰かが守っているはずよ。あなた一人の力だけで壊すのは難しいでしょう」
「他の人を呼んでってこと?」
「違うわ。協力してくれる人がこの学校にいると思う?」
ルナリアは地下牢に来るまでのことを思い出しました。あのとき、ティランナ先生だけでなく、生徒たちも追いかけていたのです。ほうびに宝石を三つあげると言われ、傷ついた動物たちをほっぽり出して、ルナリアを追いかけたのです。この光景をいくら伝えようとも、彼らは宝石を選ぶかもしれません。あまり信じたくないですが、おそらく味方はいないでしょう。
――どうすればいいの?
ルナリアは焦っていました。
「いまはあなたひとりじゃないわ。私たちが力を貸してあげる」
猪が柔らかな声で言いました。
「でも、みんなケガしてる……」
「たしかに傷だらけよ。でも動けないわけじゃない。野生で生きていたら、これくらいのケガなんて一度はするものよ。だから気にしないで。あなたのやり方を教えて。私たちにできることは、私たちがするから」
金の格子をどう切り抜けるか、その方法はルナリアにゆだねられました。
地下をぐるりと見ながら考えます。
さっきみたいに焦ってはいけません。
金の格子はすき間だらけです。小さなうさぎなら通れそうなほど、大きな目が開いています。けれども光のうさぎは通れませんでした。ろうやの中にはねずみもいます。うさぎよりもっと小さなねずみだって逃げられなかったのです。
すべては猪の言う悪い魔法のせい。その力は格子の目にもおよんでいるようです。魔法で作ったうさぎが通れないなら、獣たちに傷治しの魔法をかけることもできません。格子の魔法が解ければいいのですが、猪の言ったとおり、望み薄でしょう。どんなにルナリアの魔法が上手くても、束になった先生たちに敵うわけありません。
金の格子をどうこうするのは止めたほうがよさそうです。
格子に触れず、獣たちを助け出す方法……。
ルナリアは格子の奥を見たあと、杖を地面に置いてそっと目を閉じました。胸元で物を抱くように、両腕を差し出します。銀色の淡い光がポツリポツリと現れます。それは空中でどんどん集まり、一つの球になっていきます。小さな月のような球から、ぴょっこり長い耳が生えました。
ルナリアが目を開きます。
さっき消えたはずの光のうさぎが、ルナリアの両腕にいました。
うさぎを地面に降ろすと、地下がまた明るくなりました。杖に埋まった宝石の青い光は、すっかり影を潜めています。ろうやの動物たちも、ちょっぴり落ち着きを取り戻しました。
うさぎは足で自分の頭をなんどもさすっています。
「さっき、止めてあげられなかったね。ごめんね、痛かったでしょう?」
光のうさぎが耳をピクピクさせながら、ルナリアを見つめます。
「あなたにまたお願いがあるの」
ルナリアは地面に膝をつき、しゃがみ込みます。
うさぎがルナリアの膝にちょこんと乗りました。
「金の格子の切れ目がどこにあるのか教えて。土の壁の、砂粒の間をすり抜けて、金の格子がどこまで続いているか見てほしいの。もちろん格子に触っちゃだめよ」
ルナリアが話し終えると、うさぎは膝から飛び降り、壁の中へ駆けていきました。光の身体は壁に吸いこまれたかのように地下牢から消えました。また杖の光だけになります。
けれども、それはほんのわずかな間だけでした。
壁から光のうさぎが飛び出してきたのです。それもろうやの中から。動物たちがざわめきます。
うさぎはまたぴょこんと壁の中にもぐります。そしてあっという間に、ルナリアのもとへ帰ってきました。
ルナリアは光の魔法で足元に線を引きます。
「格子の端までどれくらいあった? 教えて」
うさぎがルナリアに向かって走ってきます。光の身体はルナリアの足をすり抜けて、少し走ったところで止まりました。大人の男が手足を伸ばして寝そべったくらいの距離です。
ルナリアはうさぎから二歩離れ、互いの足元に魔法の印をつけました。
「私とうさぎの距離だけ掘り進めれば、格子の切れ目を越えられる。それから私の側へ掘り進めて通路につなげれば、外に出られるはずよ」
動物たちのざわめきがします。
「見たか、いまの」
「すごく遠いな」
「あんなに深い穴どうやって掘る」
「魔女とうさぎの間じゃないぞ。その二倍半は掘らなきゃいけねぇ」
「どれだけ時間がかかるんだ」
「出るより先に悪い魔法使いが来ちゃうよ……」
動物たちはとても不安そうです。
彼らの目の前で、ルナリアは壁に向かって杖を振りました。
大きな音とともに、壁に大きなくぼみができました。もう一振りすると、くぼみはさらに深くなりました。杖を振るたびくぼみは深くなり、新しい通路が生まれます。
「私は魔女なのよ。ほらこのとおり、穴を掘るのはあなたたちだけじゃないの」
ルナリアは通路を掘り進めます。魔法の杖さえあればなんだってできるのです。
「俺たちもやるぞ。女の子一人にぜんぶさせるわけにはいかねぇ。俺たちにできることは俺たちがやるんだ。なぁ、猪のご婦人さん」
身体の大きな熊が言いました。
ルナリアと話していた猪は「そうよ!」と鼻息をあげます。
「俺たちは斜め下にしか掘れねぇ。それは許せ。いくぞー!」
動物たちが壁を掘り始めました。
金の格子を挟んだ両側から、新しい通路がどんどん延びていきます。弱音を吐いていた動物たちも、いったん掘り始めれば速いものです。通路はどんどん深くなっていき、金の格子の切れ目を軽く越えていきます。
ルナリアはろうやの方へ向かって杖を振ります。二つの穴はどんどんどんどん近づいていきます。金の格子が顔を出すことはありません。土の壁に埋まったまま、ルナリアの予想どおりです。
この調子で進めば逃げ道ができます。
「お願い、いったん離れて!」
ルナリアが大声で叫びました。地下牢の壁で反射してこだまとなって響きます。
ろうやの動物たちがいっせいに引き下がります。
動物たちの掘り進める音が止むと、ルナリアは杖を振り下ろしました。
爆音ともに二つの穴はつながり、ろうやを抜け出す道が完成しました。
動物たちは大喜びです。
その間にルナリアは小さく杖を一振りします。ゆっくり、ゆっくりと彼らの傷が癒えていきます。青い小鳥のように完璧に治ったわけではありません。でも、ここの動物たちにとっては血が止まっただけで充分です。
「さぁ、早く出ましょう。みんな外へ」
動物たちがせきを切ったように、ろうやから飛び出しました。光のうさぎが先頭に立って、暗い通路を照らします。動物たちの流れはとても速く、女の子のルナリアは押しつぶされそうです。
でもそうなる前に、大きな熊が負ぶってくれました。
「どうしてあの策が思いついた?」
熊が聞きます。
「あのろうや、前に格子がはめられているだけで周りは土だったでしょう」
「たしかにそうだ」
「魔法の格子だって物よ。無限に続いているわけないもん」
ルナリアは笑いながら、答えました。
「たしかにそうだな」
熊も笑いました。
でも笑顔は長く続きません。はるか前を走っていた光のうさぎが立ち止まったのです。ルナリアの乗っている熊も急停止。とうとうみんなの足が止まりました。
「行き止まりよ。たぶんふさがれたのね」
猪の声がします。
「どうりで人が来ないと思った。最初から閉じ込める気だったのね」
ルナリアは小さくつぶやきました。
動物たちが「どうしよう、どうしよう?」と話し合っています。
熊がルナリアを乗せたままぐいぐいと前に出ます。猪の言うとおり、外への道はありません。
通路をふさいでいるなにかが、魔法のうさぎの光を受けて銀色に輝いています。
きっとあの銀の像です。あの足が邪魔しているのです。
熊が「降りろ!」と叫びました。
ルナリアは慌てて背中から飛び降ります。
熊はルナリアが離れたのを見届けると、助走をつけて突進しだしました。
鈍い音が地下に響きます。なんどもなんども響きます。銀の像はピクリともしません。それでも熊は突進を繰り返します。きっととても痛いはずです。でも熊はあきらめません。
猪も突進を始めます。ろうやの奥に隠れていた大きな動物たちが、こんどはそろって前に出て、像の足元へ体当たりしています。「1、2の、3!」、「1、2の、3!」と、かけ声をあげながら。
コトンコトンと銀の像が小さく浮き上がります。浮き上がるたびに、通路の先から光が射し込んできます。魔法のうさぎは外の光を受けて消えてしまいました。
あと少しで通路が開きます。ルナリアのそばで、小さな動物たちが像の離れるときを待っています。
ルナリアは胸元でそっと両手を結び、祈りをささげます。
「どうか、私たちを悪い魔法から守って」と。
ルナリアの杖が青白い光を放ちます。
そしてとうとう、動物たちが銀の像を突き飛ばしました。
みな一気に外へ駆け出しました。大雨が降った暴れ川のように、勢いよく流れていきます。足音の大きさはまるで巨大な滝のよう。ルナリアも遅れないよう通路を走ります。足元にいるねずみたちを踏まないよう、最後の階段をかけあがっていきます。先頭にいた熊や猪はもう見えません。きっと遠くへ逃げたのでしょう。
ルナリアはついに外へ出ました。
ホールの景色とともに、まぶしい宝石の光が弾けます。
ふわっと力が抜けて、ルナリアはその場で倒れてしまいました。




