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ルナリアは闇夜に咲き誇る  作者: 暁 乱々
2.秘密のおはなし、きかせて
21/63

2.6.3 さぁ、みんなで飛びだそう

「じゃあ、いまから始めるね」


 ルナリアは杖を強く握ります。宝石の青い光が地下を明るく照らし始めます。その光り輝く杖を黄金の格子に向けました。


 そのとき、猪が大声を出しました。


「魔女さんストップ! 杖を振るのは待って」


「どうして?」

 ルナリアはコトンと首をかしげます。


「あなたは魔法のうさぎが消えるのを見たでしょう」


 猪の言うとおり、ルナリアの放った光のうさぎは、格子に飛びかかった瞬間消えてしまいました。格子のすき間を抜けようとしていたはずなのに。

 光の塊ならどこへだって通り抜けられます。でもダメでした。きっと、なにか理由があるはずです。


「あの格子には悪い魔法がかかっている。ちょっとでも触ったら火ぶくれどころでは済まない。おまけに魔法もかき消してしまうのよ」


 だから魔法のうさぎは消えてしまったのです。


「じゃあ、先に格子にかかった魔法を解けばいいのね」

「それができるのならね。でもこの格子は、学校の魔法使いが何人も集まって作ったもの。とても大きな力が込められているし、ずっと誰かが守っているはずよ。あなた一人の力だけで壊すのは難しいでしょう」


「他の人を呼んでってこと?」

「違うわ。協力してくれる人がこの学校にいると思う?」


 ルナリアは地下牢に来るまでのことを思い出しました。あのとき、ティランナ先生だけでなく、生徒たちも追いかけていたのです。ほうびに宝石を三つあげると言われ、傷ついた動物たちをほっぽり出して、ルナリアを追いかけたのです。この光景をいくら伝えようとも、彼らは宝石を選ぶかもしれません。あまり信じたくないですが、おそらく味方はいないでしょう。


――どうすればいいの?

 ルナリアは焦っていました。


「いまはあなたひとりじゃないわ。私たちが力を貸してあげる」

 猪が柔らかな声で言いました。


「でも、みんなケガしてる……」


「たしかに傷だらけよ。でも動けないわけじゃない。野生で生きていたら、これくらいのケガなんて一度はするものよ。だから気にしないで。あなたのやり方を教えて。私たちにできることは、私たちがするから」


 金の格子をどう切り抜けるか、その方法はルナリアにゆだねられました。



 地下をぐるりと見ながら考えます。

 さっきみたいに焦ってはいけません。


 金の格子はすき間だらけです。小さなうさぎなら通れそうなほど、大きな目が開いています。けれども光のうさぎは通れませんでした。ろうやの中にはねずみもいます。うさぎよりもっと小さなねずみだって逃げられなかったのです。


 すべては猪の言う悪い魔法のせい。その力は格子の目にもおよんでいるようです。魔法で作ったうさぎが通れないなら、獣たちに傷治しの魔法をかけることもできません。格子の魔法が解ければいいのですが、猪の言ったとおり、望み薄でしょう。どんなにルナリアの魔法が上手くても、束になった先生たちに(かな)うわけありません。


 金の格子をどうこうするのは止めたほうがよさそうです。

 格子に触れず、獣たちを助け出す方法……。



 ルナリアは格子の奥を見たあと、杖を地面に置いてそっと目を閉じました。胸元で物を抱くように、両腕を差し出します。銀色の淡い光がポツリポツリと現れます。それは空中でどんどん集まり、一つの球になっていきます。小さな月のような球から、ぴょっこり長い耳が生えました。


 ルナリアが目を開きます。

 さっき消えたはずの光のうさぎが、ルナリアの両腕にいました。


 うさぎを地面に降ろすと、地下がまた明るくなりました。杖に埋まった宝石の青い光は、すっかり影を潜めています。ろうやの動物たちも、ちょっぴり落ち着きを取り戻しました。


 うさぎは足で自分の頭をなんどもさすっています。


「さっき、止めてあげられなかったね。ごめんね、痛かったでしょう?」


 光のうさぎが耳をピクピクさせながら、ルナリアを見つめます。


「あなたにまたお願いがあるの」


 ルナリアは地面に膝をつき、しゃがみ込みます。

 うさぎがルナリアの膝にちょこんと乗りました。


「金の格子の切れ目がどこにあるのか教えて。土の壁の、砂粒の間をすり抜けて、金の格子がどこまで続いているか見てほしいの。もちろん格子に触っちゃだめよ」


 ルナリアが話し終えると、うさぎは膝から飛び降り、壁の中へ駆けていきました。光の身体は壁に吸いこまれたかのように地下牢から消えました。また杖の光だけになります。


 けれども、それはほんのわずかな間だけでした。


 壁から光のうさぎが飛び出してきたのです。それもろうやの中から。動物たちがざわめきます。

 うさぎはまたぴょこんと壁の中にもぐります。そしてあっという間に、ルナリアのもとへ帰ってきました。


 ルナリアは光の魔法で足元に線を引きます。


「格子の端までどれくらいあった? 教えて」


 うさぎがルナリアに向かって走ってきます。光の身体はルナリアの足をすり抜けて、少し走ったところで止まりました。大人の男が手足を伸ばして寝そべったくらいの距離です。


 ルナリアはうさぎから二歩離れ、互いの足元に魔法の印をつけました。


「私とうさぎの距離だけ掘り進めれば、格子の切れ目を越えられる。それから私の側へ掘り進めて通路につなげれば、外に出られるはずよ」


 動物たちのざわめきがします。


「見たか、いまの」

「すごく遠いな」

「あんなに深い穴どうやって掘る」

「魔女とうさぎの間じゃないぞ。その二倍半は掘らなきゃいけねぇ」

「どれだけ時間がかかるんだ」

「出るより先に悪い魔法使いが来ちゃうよ……」


 動物たちはとても不安そうです。


 彼らの目の前で、ルナリアは壁に向かって杖を振りました。

 大きな音とともに、壁に大きなくぼみができました。もう一振りすると、くぼみはさらに深くなりました。杖を振るたびくぼみは深くなり、新しい通路が生まれます。


「私は魔女なのよ。ほらこのとおり、穴を掘るのはあなたたちだけじゃないの」


 ルナリアは通路を掘り進めます。魔法の杖さえあればなんだってできるのです。


「俺たちもやるぞ。女の子一人にぜんぶさせるわけにはいかねぇ。俺たちにできることは俺たちがやるんだ。なぁ、猪のご婦人さん」


 身体の大きな熊が言いました。

 ルナリアと話していた猪は「そうよ!」と鼻息をあげます。


「俺たちは斜め下にしか掘れねぇ。それは許せ。いくぞー!」

 動物たちが壁を掘り始めました。


 金の格子を挟んだ両側から、新しい通路がどんどん延びていきます。弱音を吐いていた動物たちも、いったん掘り始めれば速いものです。通路はどんどん深くなっていき、金の格子の切れ目を軽く越えていきます。


 ルナリアはろうやの方へ向かって杖を振ります。二つの穴はどんどんどんどん近づいていきます。金の格子が顔を出すことはありません。土の壁に埋まったまま、ルナリアの予想どおりです。

 この調子で進めば逃げ道ができます。


「お願い、いったん離れて!」

 ルナリアが大声で叫びました。地下牢の壁で反射してこだまとなって響きます。


 ろうやの動物たちがいっせいに引き下がります。


 動物たちの掘り進める音が止むと、ルナリアは杖を振り下ろしました。


 爆音ともに二つの穴はつながり、ろうやを抜け出す道が完成しました。


 動物たちは大喜びです。


 その間にルナリアは小さく杖を一振りします。ゆっくり、ゆっくりと彼らの傷が癒えていきます。青い小鳥のように完璧に治ったわけではありません。でも、ここの動物たちにとっては血が止まっただけで充分です。


「さぁ、早く出ましょう。みんな外へ」


 動物たちがせきを切ったように、ろうやから飛び出しました。光のうさぎが先頭に立って、暗い通路を照らします。動物たちの流れはとても速く、女の子のルナリアは押しつぶされそうです。

 でもそうなる前に、大きな熊が負ぶってくれました。


「どうしてあの策が思いついた?」

 熊が聞きます。


「あのろうや、前に格子がはめられているだけで周りは土だったでしょう」

「たしかにそうだ」


「魔法の格子だって物よ。無限に続いているわけないもん」

 ルナリアは笑いながら、答えました。


「たしかにそうだな」

 熊も笑いました。


 でも笑顔は長く続きません。はるか前を走っていた光のうさぎが立ち止まったのです。ルナリアの乗っている熊も急停止。とうとうみんなの足が止まりました。


「行き止まりよ。たぶんふさがれたのね」

 猪の声がします。


「どうりで人が来ないと思った。最初から閉じ込める気だったのね」

 ルナリアは小さくつぶやきました。


 動物たちが「どうしよう、どうしよう?」と話し合っています。


 熊がルナリアを乗せたままぐいぐいと前に出ます。猪の言うとおり、外への道はありません。


 通路をふさいでいるなにかが、魔法のうさぎの光を受けて銀色に輝いています。

 きっとあの銀の像です。あの足が邪魔しているのです。


 熊が「降りろ!」と叫びました。

 ルナリアは慌てて背中から飛び降ります。


 熊はルナリアが離れたのを見届けると、助走をつけて突進しだしました。

 鈍い音が地下に響きます。なんどもなんども響きます。銀の像はピクリともしません。それでも熊は突進を繰り返します。きっととても痛いはずです。でも熊はあきらめません。


 猪も突進を始めます。ろうやの奥に隠れていた大きな動物たちが、こんどはそろって前に出て、像の足元へ体当たりしています。「1、2の、3!」、「1、2の、3!」と、かけ声をあげながら。


 コトンコトンと銀の像が小さく浮き上がります。浮き上がるたびに、通路の先から光が()し込んできます。魔法のうさぎは外の光を受けて消えてしまいました。


 あと少しで通路が開きます。ルナリアのそばで、小さな動物たちが像の離れるときを待っています。


 ルナリアは胸元でそっと両手を結び、祈りをささげます。

「どうか、私たちを悪い魔法から守って」と。


 ルナリアの杖が青白い光を放ちます。

 そしてとうとう、動物たちが銀の像を突き飛ばしました。


 みな一気に外へ駆け出しました。大雨が降った暴れ川のように、勢いよく流れていきます。足音の大きさはまるで巨大な滝のよう。ルナリアも遅れないよう通路を走ります。足元にいるねずみたちを踏まないよう、最後の階段をかけあがっていきます。先頭にいた熊や猪はもう見えません。きっと遠くへ逃げたのでしょう。


 ルナリアはついに外へ出ました。

 ホールの景色とともに、まぶしい宝石の光が弾けます。


 ふわっと力が抜けて、ルナリアはその場で倒れてしまいました。

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