2.4.- 宝石の価値
ルナリアがろうかを歩いていると、なにやら人だかりが見えました。
ここは全校生徒が入れる大ホールです。みんな次々と集まります。集会でもあるのでしょうか? そんなこと、ルナリアはちっとも知らされていません。
ちらりとホールをのぞきます。奥にある銀の像がキラキラと青い光を放っています。生徒たちはみな、目をらんらんとさせながら、その光に魅入っていました。
「これってなんの集会?」
近くにいた女の子に尋ねます。ルナリアよりちょっぴりお姉さんです。髪はとっても整えられたブロンドで、香水をつけているのでしょうか、ふわりといい花の匂いがします。
「集会じゃありませんわ。宝石の配給です!」
女の子は『あなた、なに寝ぼけているの?』と言いたげな口調です。おまけに堅苦しい話し方。ルナリアは聞いたことありません。
「宝石の配給?」
ルナリアは辺りを見回しました。銀の像の足元には青い宝石が山のように置かれています。大きさは杖にはまっているものとほぼ同じです。山のそばには先生たちが立っていて、生徒の杖を見ながら、一人一つずつ宝石を渡していました。
「杖にはまっている宝石は、魔法を使うごとに減っていくのよ。まさかあなた『知らない』って言わないでしょうね」
女の子はルナリアの顔をのぞきこみ、首をかしげています。
「そんなの、初めて聞いた……」
ルナリアはボソッと言いました。
「うそ、でしょ……」
女の子はあきれ顔でため息をつきます。
宝石の山のそばでは、生徒たちがなにやら競い合っています。青い宝石を掲げて見せ合いっこ、もらった石の大きさを比べているのです。大きいのをもらった生徒は勝ち誇り、小さいのしかもらえなかった人は、しゅんとしょぼくれていました。
「宝石の大きさがバラバラね……大きいのをもらってるのはお金持ちの子?」
ルナリアがつぶやくと、女の子はブッと吹き出しました。
「なに言っているのですか? お金なんて払っていません! ここではなんでも支給されるのですよ」
女の子は『あなた、バカ?』と言いたげです。さすがに口にはしませんでしたが。
でも、ルナリアには「え、うそでしょ! あんな高そうなものがただなんて!」と言ってしまうくらい、信じられなかったのです。
だってあんなきれいな宝石、きっと誰もが欲しがるはずです。きちんと加工して、金や銀の指輪につければ立派なお宝になるでしょう。おまけに魔法の力が眠っているのです。お金持ちがその力にあやかって、買い占めてしまうかもしれません。魔法を使うのに宝石がほんとうに必要なら、世の中にいる魔法使いは、のどから手が出るほど欲しがるでしょう。みんな欲しがれば値段はどんどん上がります。そんな宝石がただで配られているのです。
おかげでルナリアみたいにお金のない子も魔法を使えます。だけど、杖を見せるだけで貴重な宝石が手に入るなんて疑問です。ルナリアは首をかしげます。
「あなた、青い宝石は黄金のように貴重だと思っていません?」
「思ってるよ。金よりずっと高いって」
すると女の子は口を手で隠しながら、「キャハハハハ」と笑いました。
「なに? 変なこと言った?」
ルナリアは声をとがらせながら言いました。ひどいあざけり笑いに腹がたったのです。
それでも女の子は笑い続けます。ルナリアの気持ちなど考えてすらいません。
「青い宝石なんて、この国にいくらでもありますわ。おまけに尽きることはありませんのよ。あなた、ほんとうに知らないのですか?」
「いま、初めて知ったよ。だって私、昨日ここへ来たばかりだし」
「でも、親から聞いたはずでしょう? いくら新入生でも知っていますわ」
女の子は上目づかいで、ルナリアを試すかのように聞きます。
ルナリアは「え、そうなの?」とすっとんきょうな声をあげます。
すると女の子はさらに「キャハハハ」笑いました。
「へ~、ぜんぜん知らないのね? いったいあなたはどこから迷い込んできたのかしら? まさか妖精の子なんて言わないでしょうね」
ルナリアは手が出そうになりました。いくら小さい身体でも薪だって割れるのです。こんな上品ぶった女の子なら一撃でたたきのめせるでしょう。でも、ルナリアはこらえました。
質問にも答えません。この女の子は別世界の人。きっと身分が高いお金持ちのお嬢さんで、青い宝石に囲まれて暮らしていたのです。そんな人に貧しい家の話をしたら、さんざん貶めるだけでしょう。学校に来るまで宝石とは縁のなかった、底辺から来た無知な子だと笑うでしょう。自分たちとは違うのだと笑うでしょう。
ルナリアからすれば、彼女の上品さは見た目だけ。中身はむしろ下品です。
だけどその言葉は吐き出さずに飲み込みました。妖精だとでも思わせておけばいいのです。
「いいでしょう。あなたに教えて差しあげますわ」
女の子はすっかりあきれ顔です。
「私たちには特別な身分が与えられているの。卒業して立派な魔法使いになれば、青い宝石はいくらでも手に入る。だけどいまの私たちには得られないから支給されるだけ。値段なんて気にするだけ無駄なのよ。そんなことより、たくさん魔法を使えるようになるのが先。宝石の価値なんて気にするのは、愚か者の考えなの」
ルナリアは女の子の話を黙って聞いています。なんだか急に言葉遣いが変わりました。まるで小さな子どもに言い聞かせるかのようです。
女の子は話を続けます。
「魔法には宝石が必要だから月に一回支給される。大きいのをもらえるか、小さいのしかもらえないか。それはそのときしだい。小さいのが当たったらすぐに削れて、なくなってしまうのよ」
「すぐって、何日くらい?」
ルナリアは聞きます。
「小さいのだと三週間くらいよ、一ヶ月もたないわ。でもあなたの宝石はとても大きいから、三ヶ月はもつでしょうね」
女の子がルナリアの杖を指さします。
ルナリアはとっさに、服からポロリと出た杖をしまいました。
「あなたは新入生だから宝石はそんなに減ってないけど、こんどはきちんと宝石をもらうことね。ギリギリになってから小さいのが当たったら大変よ。予備はいくら持っていても損はありませんわ」
女の子はまるで常識と言わんばかりです。
――こんなきれいな青い宝石が『予備』だなんて。
ルナリアはその考えを受け止められずにいました。
「今日のは特別配給だから、二週間したらまた配られるでしょうね」
女の子はそう言い残し、宝石の山へ向かっていきました。
ルナリアは服の中に隠した杖をちらりと見ました。青い宝石は大きくて、くぼみからあふれでています。一方、生徒たちの石はそんなに大きくありません。ルナリアは目がいいので、遠くからでもわかるのです。
女の子の言うとおり、今日は宝石を受け取る必要はないでしょう。ルナリアは青く輝く宝石の山に背を向け、歩きだします。そのとき、後ろから女の子の声がしました。
「それと、あなたは話し方に気をつけることね。私はかまわないけど学校が許さないわ。品にかかわりますから」
ルナリアはムキーッとしました。その顔を見せないよう女の子に背を向けたまま「気をつけます」とだけ返事して、生徒たちがはしゃぐにぎやかなホールから、こっそり逃げだしました。