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ルナリアは闇夜に咲き誇る  作者: 暁 乱々
2.秘密のおはなし、きかせて
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2.2.1 王城の教育係

 翌日、ルナリアは最初の授業を受けに、教室へ入りました。習うのは法律です。魔法使いの決まりごとを習う授業で、これを受けなければ魔法の勉強は許されません。とっても大切な授業だからでしょうか、教える先生は王城の教育係を務める男の人でした。この日のために、遠くからはるばるやってきたというのです。かたや教室にいる生徒はルナリアたったひとりです。


 彼いわく、この学校では生徒の入学日を決めておらず、魔法の資質ある子が見つかれば、国がすぐに馬車を手配して学校へ連れていくのです。だから入学日はみんなバラバラで、おまけに新入生は多くて年に十人ほどしかいません。そのため、この授業はいつも教育係と生徒の一対一だそうです。


 国の法律はとても大切です。だから入学する生徒がたったひとりでも、学校の先生に任せず王城から人を送り、国が直接教えるよう定められているのです。


 ルナリアは教育係から本を渡されました。本はとても薄く、耳たぶほどの厚みしかありません。国の法律をぜんぶ並べると、こぶしを二つ重ねたほどの厚みになるそうですが、この授業では扱いません。今日は魔法使いの決まりだけを身につけるのです。


 でも、ルナリアには一つ大きな問題がありました。


「私、文字を読めないの」


 ルナリアは貧しい平民の子でしたから、ちゃんと文字を習っていません。ほんの少しは読めるのですが、食べ物や服を作る生地の名前、それとお金の計算に使う数字といった簡単な言葉だけです。他はただの模様にしか見えませんでした。試しに本を開いてみましたが、やっぱりちっとも読めません。


「ならば本に向かって、書いてあることをすべて教えるよう、杖を一振りするとよい」


 教育係の男はルナリアに杖の使い方を説明し始めます。彼も魔法使いなのです。


「でも先生、私はまだ魔法を習ってはいけないのでは」


 ルナリアはなんだか心配になりました。魔法の使い方を習うのは法律違反だと、さっき知らされたばかりです。ルナリアがその話をすると、教育係は胸を張って「心配無用だ」と言いました。


「私は城の教育係、王室ともつながっている。法律を知るためなら魔法を特別に許可できる」


 ルナリアは教育係から杖の使い方を習いました。とはいってもそんなに難しくありません。知らなければならないことはたった三つしかありませんでした。


 杖に埋まった青い宝石が魔法の源であること。

 自分の望む結果を心に描き、杖に伝えること。

 杖に願いが届いたら、杖を一振りすること。

 すると魔法が起こって、自分の願いがたちまち(かな)うのです。


 もちろん、死んだ人が生き返るといった願いは無理ですが、魔法の力があればたいていの望みは叶うと、ルナリアは聞きました。


 ただ、魔法を使うのはけっして簡単ではありません。いくら杖の使い方を知っても、それだけではダメなのです。


 教育係いわく、たいていの人は自分の望む結果を描けないか、うまく杖に伝えられません。もちろんそんな人は、入学の推薦を受けても試験に落ちてしまいます。入学できた生徒ですら、最初のうちは杖をうまく使えず、とても苦労するそうです。


 だけどルナリアにとっては、望みを心に描いて杖に伝えるなど、たやすいことでした。光のペガサスを出すときとやり方が同じだからです。願いを伝える相手が、ペガサスから魔法の杖に変わるだけ。さっそく、言葉がわかる自分を思い描き、本に向かって杖を一振りしました。


 杖の宝石が青白くまたたきます。あまりにも強い光でしたから、ルナリアは思わず目を閉じてしまいました。身体がほんのり温かい感じがします。全身がなんだか風に浮かんだようにフワフワします。地面に足がついているはずなのに、とても不思議な感じがしました。


 光が静まり、ようやく目を開きました。


 本にはなにも起こっていません。さっきと同じ模様がたくさん並んでいるだけです。けれども、いまのルナリアにはすらすら読み解けます。見た目はなんら変わりないのに、本に刻まれた模様は、意味のとれる言葉に置き換わりました。


 ルナリアは目をキラキラさせながら、本を読み進めました。


 本にはこんなことが書いてあります。



 魔法の素質ある者は、国の学校に入らなければならない。

 学生は十五歳までに、魔法を修めて卒業しなければならない。

 杖を折った者は強制退学とする。

 魔法使いは国の宝であり、罰することはできない。

 ただし、国王の命令に背いた者、平民に魔法を施した者は厳罰に処す。



「どうして平民に魔法をかけてはいけないの?」

 ルナリアは先生に尋ねました。


 先生の顔が一瞬ムッとします。


「それは、ろくなことにならないからだ」

「どうして? たとえば、病気を治してあげるのはろくでもないこと?」


「考えてみたまえ。魔法を使えばどんな病気もたちまち治る。それ知った平民たちは君のところに群がる、大勢だ。君はその一人一人に魔法を施さなければならない。やがて疲れ果て、倒れてしまうだろう」

「たしかに、そうかもしれない……」


 ルナリアは落ち着いた表情で、小さくつぶやきました。


「わかったようだな」

 教育係の表情がほころびました。


 でもルナリアには、まだ聞きたいことがあります。


「王城の人は病気になったとき、薬屋さんに行くの?」

「いや、王城では魔法で治す」


「どうして? 私たちは助けないのに?」

「王城には魔法使いがたくさんいるのだ。疲れ果てる心配がない」


「どうしてそんなに魔法使いがたくさんいるの?」

「魔法が必要だからだ」


「どうして? 私たちは魔法を使わず、生活しているのに? 王城の人は魔法に頼るのに、私たちは魔法の助けを受けられないのはなんで? 不公平よ!」


 教育係が机を強く殴りました。

 耳が痛くなるほど(とが)った音が教室中に響きます。


「ええい。うるさい、うるさい、うるさい! なぜ君はくだらない発言をするのだ」


 男がルナリアに杖を向けます。

 杖に埋まった青い宝石が妖しくきらめきます。


 ルナリアは思わずのけぞりました。どうして杖を向けるのでしょう。教育係がなにを考えているかはわかりません。だけどもし彼が杖を振れば、どんな魔法だって思いのまま。


――悪い魔法をかけられる。

 ルナリアは怖くなりました。教育係の望む答えを言わなければ、きっと魔法を使うでしょう。だって顔がカンカンです。鋭い目つきでにらんでいます。


「だって……わからないから」

 ルナリアはしょんぼりと素直に答えます。


「なぜだ。本に魔法をかければ、私に聞かずともすべてわかるはずだ。まさか、君はなにを願って魔法を使ったのだ?」


 教育係がルナリアのほおに杖を突きつけます。刃の先っぽで触れているのと同じです。


「言葉がわかる自分を思い描いたの」

 ルナリアは素直に答えました。


 教育係は血がのぼり、顔が真っ赤になりました。


「どうして私の指示に従わなかったのだ」

「指示には従ったはず。いまはちゃんと本の言葉を読めるし、内容もわかってる」


「いいや、君はまったくわかっていない。本に語らせれば、中身など一瞬でわかるのに」

「本一冊ごとに、いちいち魔法をかけるの? 言葉がわかればちゃんと読めるのに」


「なんと。本を読む時間がもったいないと思わないのか? 君はなんてバカで愚かなんだ。無知にもほどがある」


――バカ、愚か、無知。


 ルナリアの頭がカーッと熱くなりました。手を固く握り、怒りのあまりブルブル震えています。それでは治まりません。とうとう教育係に向かって本を投げ捨て、右手をグーにして顔面めがけ、突き上げます。殴りはしません。寸止めです。けれども心の中ではもうとっくにボコボコにしています。教育係は鼻血を垂らしながら倒れています。いま杖を振れば、こてんぱにやっつけられるかもしれません。

 でもルナリアは、杖にすがることはしませんでした。


「国の教育係にたてつくとは……いいであろう。わからぬなら、私がわからせてやる」


 教育係が杖を振り下ろしました。ルナリアの手元にあった本がパラパラめくれて、赤い光が飛び出しました。


「さぁ、国の宝としてふさわしき者に!」


 その言葉とともに赤い光はどんどん強さを増していきます。やがて光は本自身を包み込み、白いまたたきを発するとともに、鉄すら溶けそうな炎をあげました。


 ルナリアはすかさず横っ飛びで、本の炎から逃れました。


 教育係は杖から水を出し、火消しをしています。けれども炎の勢いは止まりません。教室にあった椅子や机、別の本も巻き込んでどんどん大きくなっていきます。やがて本は燃え尽き、灰になってしまいました。本が消えると教室の物を焼いていた炎はポッと消えました。


 ルナリアの身体にはなんの変わりもありません。


 教育係がルナリアをにらみつけます。歯をイーッと食いしばりながら、杖を向けています。


「貴様はなんというやつだ。人の言うことを聞かず、あげくの果てに国王陛下の作った大切な本を燃やすとは」

「私はわからないことを聞いただけよ。言うことに逆らった(おぼ)えはない。どうして魔法をかけようとするの?」


「なんと、そんな口をきくとは。いいだろう、この手でおとなしくさせてやる。反省しろ」


 教育係が杖を一振りします。けれどもなにも起こりません。教育係の杖に埋まった青い宝石はもうないのです。真っ黒なくぼみが一つだけ。魔法の源を失った杖はただの棒きれでしかありません。


 ルナリアはただただ、きょとんとしていました。


 目の前で、教育係は喉を締め付けられたような、声にならない声をあげました。

 泣いています。まるでルナリアより小さな子どものようです。さんざん泣いたあと、こんどは大きな怒号をあげました。


「授業は終わりだ。出て行け! 本を燃やしたのなら、あの本に書いてあることはすべてわかっているのだろう。見逃していたなどという言い訳は通用しないぞ。とっとと出て行け! 二度と顔を向けるな」


「はい、お望みどおり」

 あまりにも腹が立っていたルナリアは、いやみの一言を教育係にぶつけ、教室を出ました。


「いったいあの人、なんなのよ? いきなり変な魔法をかけようとするなんて」

 教育係の耳に入るほどの大きな独り言を放ちます。


――でも、なんでなんともなかったんだろう。私、なにもできなかったのに。

 ルナリアはちらりと教室を振り返ります。


 校長先生が入っていくのが見えました。


「わが校の生徒になんてことするのだ!」

 校長先生の姿が消えた瞬間、そんな怒鳴り声が響きました。

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