1.6.- 王立学校へ
ルナリアは家に着くとさっそく湯を沸かし、薬草を煎じます。他に例えようのない、変な香りと味のする薬草でしたが、母親は一気に飲み干しました。
次の日とその次の日は、まだ寝込んでいました。だけど三日後にはすっかり調子がよくなり、動けるようになるとすぐ、針仕事に加わりました。
ルナリアと母親は、温かい魔法の光でできた動物に囲まれ、毎日毎日働きました。できあがる商品の数は倍以上。服ばかり売るわけにはいかないので、別の物も作るようになりました。組合の買い取りも高いままでしたから、お金もどんどん貯まります。すき間風の吹く寒い家はそのままでしたが、ひもじい思いはしなくてすむようになりました。
あの街へ行っても、ルナリアを指さし怯える人はもういません。組合の雰囲気もほんのちょっぴり良くなりました。そんな組合を見て、ルナリアの母親はとても驚いていました。
でも、ルナリアは気づいていました。
自分だけが特別扱いされているだけなのだと。他の人にはなんの恵みもないのだと。組合へ商品を売りに並ぶ人々は、いまもみすぼらしいままでした。
母親が家と市場の往復に慣れたころには、辺りの雪はすべて溶け、白かった平原は淡い緑色に変わりました。そんな平原の草がピンクの花をつけた日に、ルナリアは母親から声をかけられました。
「ルナリア、今日はあなたにプレゼントがあるの」
母親はそう言って、きれいな包みを開けました。さっそくルナリアが手に取ると、それは淡いクリーム色の不思議な服でした。
「さぁ、着てみて」
ルナリアは母親に言われるまま、服を着てみました。着替えてみるとなんだか変な格好です。だって、ちょっぴり色はついているけど、全身ほとんど真っ白なのです。上も下もマントもぜんぶクリーム色。旅人の服だったらこんなに白くありません。とても外に出歩ける代物には見えないのです。
「いやだ。なんか変な格好。私、旅人じゃないのに」
「これから遠くにいくこともあるでしょう。そのための服よ」
「でもこんな白いの、すぐ汚れちゃう」
「大丈夫よ、生地屋の店主がすすめてくれた特別な生地だから。泥を塗ってもすぐ取れるわ」
ルナリアには信じられませんでした。そんな生地なんてあるわけないと思っていました。でも、あの店主がすすめたものです。きっとうそではないのでしょう。彼はうそをつくような人ではありません。
「でも、どうしてこんな白いの? 他の色に染められないから?」
母親がそっとほほえみました。
「暗闇にまぎれて、こそこそ悪さする魔女にならないように」
外から馬のいななきがしました。
「お迎えが来た」と母親が言います。
――お迎えってなんだろう。
ルナリアは不思議に思いながら、母親に連れられて、家の外へ出ました。
外へ出ると、なんと大きな馬車が止まっていました。立派な車の前には、きれいな毛並みをした茶色の馬が二頭います。引き締まった軍人の男がそれぞれ乗っていました。
ルナリアは頭がこんがらがっています。どうしてこんな馬車が止まっているのかわかりません。
「お母さん、これどういうこと? なにが起こったの?」
黒いマントを着た軍人が二人、馬から降りてルナリアのほうへ向かってきます。でも、母親はまったく動じていません。どうやら、すでに事情を知っているようです。
「ルナリアは国の学校へ行くのよ」
ルナリアにはまったくわかりません。どうして国の学校へ行かなければならないのでしょう。だって、母親の病気は治ったばかりです。それに家からルナリアが離れてしまえば、組合の買い取り額が下がってしまうかもしれません。組合には魔女がついています。ルナリアがいなくなれば、魔女の力を借りてまた悪いことをするかもしれません。そしたら前の暮らしに逆戻り。おまけに市場に行くときは、人さらいに遭わないか、ずっとビクビクしながら歩くことになるのです。頭の中で悪いことばかり思い浮かびます。
「いやよ。私、行かない」
ルナリアはきっぱり断りました。
すると、軍人の男が言います。
「いえ、行かなければならないのです。お嬢さま。魔法の力のある者は、国の学校へ行くと法律で定められております」
男が馬車の扉を開けました。
「もし断ったら、どうなるの?」
「国王の命令に背いたとして、罰されます」
「そんなのひどいよ! どうして? お母さん、なんで言わなかったの?」
「言ったらルナリアは拒むでしょ。どこかに隠れて国に迷惑をかければ、あなたの未来は潰れてしまう」
「ぜったいうそ! 潰れはしないよ」
「ルナリア、相手は国よ。わたしたちは逆らえない。さぁ、行きなさい!」
母親がそっとルナリアの背中を押します。
ルナリアは足を踏ん張り、止まったままです。
「ルナリア、これはあなたのためなの。国の学校を出れば、あなたはもうみじめな暮らしをしなくてすむ。お母さんはルナリアがちゃんと生きて、いい魔女になってくれれば満足なの。私のことは気にしないで。さぁ、行きなさい」
「さぁ、お嬢さま。出発のときです」
軍人に両肩を持たれ、ルナリアはゆっくりと馬車へと進みました。車の中に入ると、扉はひとりでに閉じました。ルナリアは学校など望んでいません。魔女の力がなければ、母親の暮らしは元に戻ってしまうでしょう。
だけど、行かなければよりひどい目に遭うことも、ルナリアにはわかりました。話をしている間、もう一頭の馬にいた軍人が杖を握っていたのです。杖についた青い宝石がちらちらと光っていました。いくらルナリアが魔女でも、大人の魔法使いと戦う力はありません。
ルナリアは扉の窓から顔を出します。すると母親が小さな包みを渡してきました。中身はわかりません。ルナリアが包みを受け取ると、母親はめいいっぱい笑いかけました。
「さぁ、行きなさい!」
母親の声とともに、馬にムチが入りました。馬の足はどんどん速くなっていきます。ルナリアは静かに、涙をこぼしながら、後ろを振り返ります。母親の姿はあっという間に見えなくなってしまいました。ルナリアの住んでいた家もどんどん小さくなって、とうとう消えてしまいました。
学校がどこにあるのかなんて、ルナリアは知りません。暗い市場の街でも、透明な壁にはばまれた幻の街でもない方向へ、走っていきます。
「大丈夫、学校を出ればまた会えます。卒業すればどこの大商人よりも豊かになれるでしょう」
杖を持った軍人が言います。
「ただどうか、素直な心のまま過ごしてくれ。けっして力にのみ込まれないように」
もう一人の、剣を携えた軍人がつけ加えました。
馬車は広い平原の、まだ見ぬ場所を駆け抜けて、深い深い森へと入っていきました。