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ルナリアは闇夜に咲き誇る  作者: 暁 乱々
1.この願い、どうか届いて!
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1.1.- ルナリアの願いごと

 どうか、胸にそっと手を当てて。

 雪におおわれた王国の西の最果てに、西方領と呼ばれる場所があります。その西方領の端っこ、国境近くの平原に、ルナリアという十一歳の女の子が住んでいました。


 彼女はとても貧しく、家は打ち捨てられた小屋そのもの。部屋は一つしかありません。冷たい冬の夜風が、壁のあらゆるすき間から入ってきます。ルナリアは炉で小さな木の枝を燃やし、煙たい部屋で商品の服を身にまといながら、かじかむ手で服を縫っていました。

 

 ルナリアは母親といっしょに暮らしています。でも母親は病気になってしまい動けません。頼りになるはずの父親は、出稼ぎに行ったきり帰ってきません。母親からは「お父さんは悪い魔法使いに捕まって、こき使われているのよ」と、言い聞かされてきました。


 家計を支えるのはルナリアだけ。だから大人ですら眠る夜も、針仕事をしていました。


 炉の火だけでは手元は暗く、針がよく見えません。けれどもあまり火を強くして、寝ている母親を起こすわけにはいきませんし、あまり煙を出すと、(にお)いが服に染みついてしまいます。

 そもそも家には、燃料となる薪がほとんどないのです。辺りは平原で、薪になる木はほとんど生えていません。お金を払って買うにも、(かゆ)しか食べられないほどの貧しい家に、そんなお金はありません。母親の病気が治れば、いくぶん暮らしは良くなりますが、薬は薪よりずっと高価です。


 ルナリアにできるのは、服をたくさん作り、たくさん売って、少しでも多くのお金を稼ぐことだけ。そしてお金を貯め、薬を買って母親の病気を治すのが、ルナリアの願いでした。


 ルナリアの手元には小さな光の球があります。小指の先っぽほどの大きさで、夜空に浮かぶ星のようです。冷たい銀色の光は、炉の炎でかすんでしまい、けっして明かりの足しにはなりません。でも、これはただの光ではありません。光はふわふわと宙に浮かんでいます。炉の炎と違って、なにかが燃えているのではありません。空中の一点が光っているのです。


 ルナリアにはちょっとした秘密がありました。この星のような光の球を思いのままに出せるのです。ルナリアが光をほしがれば手からポロンと現れて、もういらないと思えば消えてしまうのです。小さいころからそうでした。だけど出せる光は一つだけ。炉の炎どころか、満月の光にすらかき消されてしまいます。それは幼いころからちっとも変わっていません。ルナリアは『こんな光なんてきっとみんな出せるの。みんなはもっともっと上手いはずよ』と思っていました。


 ルナリアは何年も前に、この小さな星のことを父親に話しました。夜の闇に淡い銀色がぽっと浮かぶと、父親は目を見開き、ルナリアに言いました。


「ルナリア、これは魔女の力だ。誰にも見せてはいけない。大変な目に遭ってしまう」


 父親の説教は夜が明けても続き、麦の世話もほったらかしてまで、丸一日続きました。ルナリアにとって初めての徹夜。これほど忘れられない日はありませんでした。

 それからは夜、家で針仕事をするときだけ、こっそりとこの光を浮かべました。けっして役立つものではありません。おとぎ話の魔法使いのようにはいかないのです。それでもルナリアにとってこの光は、たった一つの魔女の証。秘密の宝物でした。


 ルナリアにはもう一つ宝物がありました。翼のある白銀の馬、ペガサスの絵です。大きさは父親の胸板ほど。キャンバスに描かれたペガサスは、パールの輝きを帯びています。まるでほんものの銀が埋め込まれているかのよう。背景にある青黒い闇夜にのまれることなく、炉に()いた炎を反射して、暖かなオレンジにきらめいています。そんなペガサスの光は、ルナリアの手元を、ほんのわずかに明るくしました。


 元々この絵は、市場の隅に転がり落ちていたものです。絵の中のペガサスは、真昼の光を浴びて太陽の色に輝いていました。それを見たルナリアは、どうしてこんなにきれいな絵が捨てられているのだろう? と不思議に思いました。キャンバスの左下には『パース』のサインがあります。パースという画家がどんな人か、ルナリアは知りません。けれども絵の砂を払って持ち帰り、家の壁に飾ることにしました。それから毎晩、壁に掛けたペガサスと向き合いながら、針仕事をしていました。


 日付が変わるころ、ルナリアはようやく服を一着縫い終えました。商品の服をたたみ、背負い袋の中に入れていきます。明日、市場へ売りに行くのです。服をすべて詰め終えると、壁に掛けてあったパースの絵をそっと外しました。きらめくペガサスの眼差(まなざ)しを見つめながら、絵を布でくるみ、胸元でぎゅっと抱きました。


 これを売ればお母さんの薬代になる。


 ルナリアはペガサスの絵とお別れすることにしたのです。絵を袋に入れると、ルナリアはふわりと浮かぶ光の球を両手で捕まえました。そっと手を放すと、もう光は消えていました。そして弱々しい炉の火をそのままに、(わら)とぼろ布をかぶって眠りにつきました。



 翌朝。ルナリアは粥を用意して母親といっしょに食べました。そしてすぐ袋を背負って市場へと出かけました。


 家の近く、丘を下った先には、にぎやかな街があります。人が大勢歩いていて、建物は金色にきらめいています。きれいに整えられた道がすぐそばまで伸びていて、歩きで十分もかからないでしょう。けれどもルナリアは、街に背を向けて歩きだしました。


 なぜならこの街は、はっきり見えているのに、どうやってもたどり着けないのです。街に向かって歩いても歩いても、街が逃げていってしまいます。歩くのをやめて振り返ると、家のそばからこれっぽっちも進んでいません。まるで見えない壁に、押し返されるかのようでした。



――こんな壁、消えちゃえばいいのに。



 ルナリアはいつもそう思っていました。だけど自分ひとりの力ではどうすることもできません。


 壁と反対方向にある街へは、歩いて三時間かかります。ルナリアはしかたなく遠い街を目指します。


 いままでは母親といっしょでしたが、今日は初めての一人旅です。道は大丈夫、ちゃんと頭に入っています。商品を詰め込んだ大きな袋を背負いながら、冷たい風の吹きつける雪の平原を進みます。


 平原には風を遮るものがほとんどなく、積もった雪は強い風で波打っています。休憩する場所などどこにもありません。宿に泊まるお金のないルナリアは、冬の太陽が顔を出す間に市場へ行き、家まで帰ってこなければなりませんでした。


 市場に着いたとき、太陽は真南からわずかに西へ進んでいました。

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