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6 窓際将軍の意外な特技

 シイタケ、豆腐、白ネギ、水菜、人参、鶏肉、鰤だって入れてしまえ!最後に大根おろしを投入して、まあなんて素敵な白銀の世界……じゃなかった、本日はみぞれ鍋です!

 あご出汁ベースの醤油味は、グツグツと煮えてくるととってもいい匂い。

 私はよく絞った大根おろしを準備すると、ヴォルフの顔を想像して口元がニヤニヤと上がりそうになるのを我慢する。この間は終始お説教じみた週末鍋だったから、今日は驚かせたいのだ。


「いただきます!」


 例のごとく正しい召喚呪文を唱え、土鍋の蓋を素早く開けた私は、丸めた大根おろしを鍋の縁に沿わせるように配置する。青白い光は収縮を始めており、ヴォルフがもうすぐやってくることを告げていた。


「まだ駄目よ、ああっ、ちょっと失敗? ま、いいか」


 急ぎすぎて手が震えてしまったけど、なんとかなったように思える。私は切った海苔を大根おろしに配置し、何事もなかったかのように待った。


「こんばんは、リナさん」

「やっほー、ヴォルフ。相変わらず堅い服装ねぇ……首のソレは汚れるから取っちゃって」

「は、はい。では失礼して」


 今日も今日とて、ヴォルフは糊の効いてそうな白いシャツと、軍服の延長線のような黒っぽいスラックス?だ。ポリシーなのか、私が外していいというまで、首元のおしゃれマフラー外さないらしい。

 準備が整ったヴォルフは、定位置の座椅子に座るとほかほかと湯気を立てる土鍋に目を落とす。私はニマニマとしながら反応を待った。


「あの、これはアゴラモゴラドラッヘンですか?」

「アゴラモ……何て?」


「凄いです!」とか「可愛いですね!」という賛辞が飛び出してくることを予想していた私は、肩透かしを食らってしまった。聞きなれない変な単語は帝国の言葉なのか。思わず聞き返した私に、ヴォルフはもう一度ゆっくり目に発音してくれた。


「アゴラモゴラドラッヘンです。まさかリナさんの世界にもいるとは思いませんでした。こちらの種も凶暴凶悪のようですね」


 ヴォルフの目の先には、私が作った立体大根おろしアートがある。どこが凶暴凶悪なのかわからないくらい、可愛い可愛い愛玩動物をモチーフにしていて、尖った耳は我ながらよく出来ていると思うんだけど。


「いや、それ猫だし」

「ネコって妖精猫のことですか? こんな風に凶悪な面構えではないですよね」


 私とヴォルフの間に沈黙が落ちた。妖精猫がなんなのか知らないけど、要するに、これは猫ではないと言いたいようだ。


「凶悪で悪かったわね! 猫は猫よ、誰が何と言おうと猫なの!」

「す、すみません! 大きな二本の角に暗黒の深淵のような鋭い目と牙や爪があまりに立派だったので、てっきりアゴラモゴラドラッヘンとばかり」


 私はスマートフォンに猫の画像を映し、ヴォルフの目の前に突きつけた。向こうの世界にも写真と同じような技術があるらしく、画像を見て驚愕するようなことはないはずなのに、何故か驚いている。


「どう見たって猫でしょうっ!」

「は、羽根は生えていないようですが、妖精猫のように愛らしいですね……写真の方は」

「あ?!」

「いえ、まあ、何と言いますか、非常に幻想的かつ独創的ですね」


 無難な感想ではある。しかし、それは褒めているわけではないことくらい、私にだってわかる。蓋を開けてから設置するまで時間が足りなかったのだから、仕方ないじゃないの。そりゃあ、耳が尖りすぎてるとか、海苔の切り方が雑だとかあるかもしれない。図画工作の成績はアヒルだったし。

 しかし、少し悔しくなった私は、ヴォルフに無茶振りをすることにした。


「わかったわ。そんなに言うなら、あんたが作って」

「ええっ?」

「どうせ私が作ったって凶悪なアゴラモゴラなんとかにしかならないんだしぃ……」

「リナさぁん」

「材料はあるから、あんたの世界の可愛い動物を作ってみせてね」


 私は冷めた営業スマイルでヴォルフに大根おろしの入ったタッパーを渡す。ついでに海苔とハサミも持ってきて、ローテーブルの上に置いた。


「さあ、どうぞ!」

「わ、わかりました。やってみます」


 有無を言わせず私が目で「やれ」と促すと、ヴォルフは渋々のようにキッチンに向かった。




 ――――それからしばらくして、土鍋に向かって試行錯誤を繰り返していたヴォルフが満足げな声を上げた。


「できました! 自分で言うのもなんですが、中々の出来栄えですよ」


 ノートパソコンを閉じて振り返った私の元に、ヴォルフがホクホク顔で近寄ってくる。それから思わせぶりに私の背後に回ると、その大きな手で目を覆われた。


「何? 何のつもり?」

「まだ見たら駄目ですからね」

「あんたね、子供じゃないんだから」


 ぐいぐいと背中を押され、座るように促される。手のひらの暖かさがダイレクトに顔に感じられ、ちょっとだけドキッとしたけど……大根臭いので全てが台無しである。


「ではいきますよ……さあどうですか、リナさん」


 ウキウキ声のヴォルフが手を外す。照明が思いのほか眩しくて何度か瞬きをした私の目に、白くてもこっとした塊が飛び込んできた。


「リナさんは可愛いものがお好きなようなので、ハルヴァスト帝国一可愛らしいと言われている鳥の雛を模してみました」


 二匹の丸っこい鳥の雛は、ペンギンのようだが海苔で作った触角のようなものを生やしている。丸く切られた海苔の目は大きく、教えていないのに、頬の部分がほんのり醤油で色付けされていた。初めて作ったとは思えないくらい、立体大根おろしアートを理解しているらしい。窓際将軍の意外な一面だが、何か能力の使いどころがもったいない気もする。


「…………悔しい」

「悔しい?」

「悔しいけど可愛いじゃない。っていうか、何この子、こんな可愛いのが本当にいるの?」

「ルクススという鳥です。成鳥になると簡単な言葉を話すようになりますよ」

「へぇ〜、そんな鳥がいるんだ! こっちにも喋る鳥がいるからそんな感じかなぁ……仕方ない、ここはあんたの勝ちよ」

「勝ち? いつの間に勝負に」


 私は一旦止めていた火をつけ、ルクススの雛を崩さないように慎重に具材を掬う。仲良く寄り添っている雛がこっちを見ているようで、食べるのが可哀想になるが、それはそれだ。


「ほら、食べるわよ」

「はい!」

「この子たちは私がいいって言うまで崩したら駄目だからね」


 鰤と鶏肉の上にたっぷりとみぞれの入った出汁をかけてやり、ヴォルフに手渡す。そういえば、こちらの魚を出すのは初めてだ。


「みぞれ鍋って言うんだけど、あっさりしてて美味しいわよ」

「鳥肉と、これは魚ですね! 随分と立派な切り身のようですが、大型魚ですか?」

「その通り、鰤っていう魚で大きさで呼び名が変わるの。だから『出世魚』とも呼ばれていてね。こっちの冬の味覚で縁起もいい魚なんだから」


 私はもう一つ、この鍋に必要なものを手渡す。


「この緑のピケラみたいな果実は何ですか?」

「これはカボスっていうの。こうやって絞って、酸っぱい汁を楽しむの。ヴォルフはポン酢が好きだから、カボスもきっと好きなはずよ」


 ヴォルフも見よう見まねでぎゅっと搾り、その香りを楽しんだ。それから手についた汁をペロリと舐め、プルっと震えた。まるで大型動物のような仕草だ。


「ポン酢よりも瑞々しく爽やかな酸っぱさですね!」

「今日はこれで食べてね。他にも絞り汁に甘味を加えて飲んでも美味しいわよ」


 冬の鰤は本当に美味しい。刺身はもちろんだけど、こうやって鍋に入れると出汁も取れて最高なのだ。醤油ベースの出汁にカボスの酸味とみぞれがマッチして、私の箸がどんどん進む。ヴォルフも自分でお代わりを掬い、カボスを搾りつつもりもりと食べる。

 そして、「また作りますから、すみません!」と宣言して、容赦なく大根おろしで作ったルクススの雛を崩した。そんなに美味しかったのであれば、またみぞれ鍋にしてあげよう。写真を撮っておけば良かったと思ったけど、また作ってくれるならその時でもいい。

 たっぷりと出汁を含んだみぞれにシイタケや人参を絡め、咀嚼しては至福の笑顔になる。

 と、ここで、私はどうしても一杯やりたくなってきた。いつかはヴォルフにもお酒を出したかったのだ。大佐も問題なかったようなので、いいタイミングではないか。


「ねぇ、ヴォルフ」

「何ですか?」

「お酒、飲む?」


 お酒という言葉に、ヴォルフの目がキラキラと輝いた。うんうん、言わなくてもよくわかるわよ。飲みたいよね、飲みたくなっちゃうよね、お酒?

 私は冷蔵庫からありったけのお酒を出してきて、ローテーブルの上に並べる。缶は初めて見たようで、よくわからないみたいだったけど、ワインの瓶には凄く良い反応を見せた。


「これがビールで、これがワインの赤と白、これがスパークリングワインで、この間あんたに出そうと思ってたのがこれ、日本酒よ」

「ニホンはこの国の名前ですよね」

「そうよ。日本酒はこの国の伝統的なお酒。お米から作ってるんだけど、辛口から甘口、すっきりまったり、キレがあるのコクがあるの、銘柄によって全然違うのよ」

「是非ニホンシュをいただきたいです……きっとこの鍋物に合いそうな予感がします」


 瓶の蓋を開け、まずはその香りを嗅がせてみる。冷やでいただくスッキリとした味わいの地元産で、水のように飲めると言われている銘柄だ。


「とりあえず一杯飲んでみて」


 ガラス製のお猪口を手渡し、こぼさないようにゆっくり注いでやる。四号瓶なので、呑み助な大佐であれば軽く飲んでしまう量だけど、ヴォルフはどうだろうか。

 チビっと口を付けて味を確かめ、クイっと飲み干す。何かを考えるような感じで口の中で酒を転がしているのか、もごもごと唇を動かした。


「鼻に爽やかさが抜けるようですね。口当たりがとても優しくて、何杯でも飲めそうです」

「そこが危ないところなのよ。飲みやすいから気がついたら全部飲んじゃって、足腰立たなくなるかもね」

「どう? まだ飲める?」


 ハルヴァスト帝国軍人は、もしかしたら酒好きな人が多いのかな?ヴォルフも大佐と同じように好相を崩し、きちんと両手でお猪口を差し出してきた。気に入ってくれたようでなによりだ。私は快く何度もお猪口を満たしてあげた。


 そうして鍋の締めに入るころ、すっかり出来上がってしまったヴォルフを前に、無茶苦茶後悔しても後の祭りだけどね!


「リナさぁん……」


 トロンとした潤んだ目で、甘えるような声を出すヴォルフとか、私は一体どうすればいいのよっ⁈





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