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5 その男、歴戦の大佐殿

「副官? ってことはあんたが歴戦の猛者で優秀な副官のディートヘルム・アイヒベルガー大佐なわけ?」

「そこまで知っているのか……」


 それなら話は早い。

 この男がディートヘルム・アイヒベルガー大佐なら、ヴォルフの知り合いだし何よりヴォルフが尊敬してやまない優秀な元副官なので、私の身の安全は保証されるはずだ。

 私は男をその場に残し、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してグラスに注いでやる。


「ほら、飲みなさいよ」

「なんだこれは」


 訝しげな顔になるが、怪しい女から怪しい水が入ったグラスを差し出されたらみんな同じような顔をするだろう。


「ヴォルフは『ソーマ』って呼んでるわよ。何だか知らないけど、これを飲んだら傷も治るんでしょ?」

「ソーマ……これがあのソーマなのか? 女、名前は何だ」

「リナ・ヨソハラよ。ヴォルフは私を医術師か魔法術師と勘違いしてるけど、ただの一般人よ」


 ふんっと胸を張ってみるが、大佐の方が迫力があるし体格もいいのでいまいち決まらない。大佐はグラスと私を交互に見比べる。やがてちびっと『ソーマ』に口をつけた大佐は、ヴォルフの時と同じように光り始めた。


(なんでいちいち光るのかなぁ)


「何だこれはっ、まさか本物とは」と大佐の声が聞こえるが、私は知らないふりをする。だってそれ、ミネラルウォーターだし、私が凄い訳じゃなくて水で回復しちゃう人の方が凄いのだ。例のごとく床に垂れた血液も消えており、とりあえず床も綺麗になったのでよしとした。

 傷の状態を確認していた大佐は、自分の身に起きた奇跡に信じられないとでも言いたげな視線を寄越す。


(何よその目は、信じられないのは私の方だって言うの!)


「認めるのは癪だが、どうやら相当できる魔法術師だということか 」

「何よ、助けてやったって言うのに礼の一つくらいないわけ? それともハルヴァスト帝国の軍人ってそんなに偉いの? ヴォルフは礼儀正しかったわよ、流石は将軍ね。あとあんた、ここは土足厳禁よ。靴くらい脱ぎなさい」


 威圧感たっぷりの大佐に臆することなく、不遜な物言いをする私に、ぐっと詰まった大佐は渋々ながら編上靴を解いていく。


「ヴォルフはあんたのことを優秀で頼り甲斐のある副官だって言ってたけど、そんなに無愛想だったら部下も怖がって近づかないわよ?」

「ふん。その優秀で頼り甲斐のある副官は、将軍の采配とやらで配置換えされて今や部隊すら違うのだぞ?」


 編上靴を脱ぎ終えた大佐が自嘲気味に暗く笑った。影のある男は嫌いじゃないけど、影があり過ぎる男は面倒で嫌いだ。


「あのさ、余計なことかもしれないけど……あんたを副官から外したのはあんたの為なんだよ?」

「何だと?」


 大佐が私をきっと睨みつける。だから私の所為じゃなくてヴォルフの考えだってば。いちいち威圧してくるのやめてくれないかな?と思ったけど、声には出さないでおく。


「ヴォルフってあの通り名前だけの将軍なんでしょ? ここへ来てから勉強はしてるけど、現場指揮から外されたって聞いてるわよ。で、あんたはとっても優秀だから、窓際な自分の元にいたらもったいないんだってさ」


「自分の下についていても大佐は日の目を見ないから苦渋の決断をしました」とはヴォルフの言葉だ。海賊を討伐したその足で上層部に持ち掛け、自分は閑職へ、そして大佐を出世に一番近い参謀部へと送り込んだのだと寂しそうに語っていたヴォルフに、私がネットから引っ張り出してきた古の兵法を読み聞かせたのが勉強会の始まりでもある。「悔しくないの? 大佐みたいになりたいんでしょ?! 男ならトコトンやりなさいよ」と叱咤した私に触発されたヴォルフは、今必死に勉強中だ。


「そんな、そんなはずは……将軍は俺を疎ましく思っていたのではないのか?」

「知らないわよ。でもあんたのことべた褒めだったわよ。大佐がどうした、大佐がこう言った、大佐なら不可能でも可能になるって煩いったらありゃしない。あんたも拗ねてないでさ、上にでも昇り詰めたら?」

「叩き上げの大佐に参謀部など務まるものか。現場に居てこそ俺の力は発揮されるのだというのに……将軍は何故そのようなことを」

「ヴォルフに直接聞けばいいじゃない。できるかどうかわかんないけど、ヴォルフを呼んでみようか?」


 さっきは『いっただっきまーす』だったので間違って大佐が来たのだから、ちゃんと『いただきます』と言い直せばヴォルフが来るかもしれない。

 しかし、大佐は私を慌てて止めた。


「待て! 時を見て自分で聞く……気遣いは無用だ」

「そ、じゃあ余計な口出しはしないわ」


 確かに私は何も関係ないし、当人同士で話してもらう方が後腐れなくていい。男同士の話に口を挟むのは得策ではない。


 話もひと段落したところで、湯気をあげている土鍋が気になってきた。高級霜降り和牛も私に食べられるのを待っている。


「ところであんた、お腹空いてない? ヴォルフが来る予定だったけど、もう遅いからあんたでいいわ。せっかく異世界に来たんだから鍋物でも食べて帰りなよ」

「鍋物? それが将軍の言っていた『魅惑の料理』なのか?」

「そうよ。異世界人もびっくりな料理なの。どう? 何ならお酒もつけるわよ?」


 ヴォルフの為に用意した東北産の大吟醸の瓶を指し示すと、大佐はごくりと嚥下した。




 そうして大人しく私の対面に座った大佐に、さっと湯をくぐらせた柔らかそうな肉を入れた器を渡してやると、彼のお腹がぐーっと鳴る。


「それ、絶対美味しいわよ。ヴォルフはポン酢が好みだったけど、あんたの好みはわからないから好きなの選んで食べてね」

「ずいぶんと薄切りな肉だな……」


 くんくんと匂いを嗅いだ大佐は、ポン酢ではなくニンニクショウガのたれをかける。そしてぱくりと肉を口に入れると硬直し、次にものも言わずにご飯をかきこんだ。


「ご飯、おかわりあるから食べたかったら言ってね」


 無言で茶碗を差し出した大佐に、私はご飯を山盛りについであげた。大佐もフォークで食べているのが面白い。しかもヴォルフと違って胡座をかけなかった大佐は正座である。


(何というギャップ萌え! 軍服で正座とか美味しいシチュエーション……役得よね?)


 私は鍋物に夢中になっている大佐にお酒を注いであげながら、隠しもせずににやにやと笑みをもらした。


「それじゃあ、私も一口……」


 流石は高級な肉。口の中で蕩けてしまうくらいに柔らかく、そして肉自体の味がよい。すかさず冷酒をくいっと引っ掛けた私は「くうーっ、たまんない」と声をあげる。

 大佐の言う通りに薄切りの肉だというのに、それはやばいくらいに美味し過ぎた。ヴォルフには申し訳ないが、生まれて初めての高級霜降り和牛に私は幸せの極地に舞い上がる。ご飯にお肉を被せて食べると、口の中が天国になった。

 お酒にご飯とは合わないかもしれないけど、私はご飯だって一緒に食べるタイプなのよ!


「大佐も飲みなよ。お酒、いける口なんでしょ?」

「ああ、かたじけない」


 大きな手には小さ過ぎるお猪口に入った冷酒を、私と同じようにくいっと飲み干した大佐の顔がぱあっと明るくなる。美味しいでしょ?そうでしょう。うん、美味しい物に罪はないって名言だわ。


「もっといく?」

「………」


 無言でお猪口を差し出してきた大佐からは、ここへ来た時の陰鬱さがすっかり消えていた。



「じゃあね、ヴォルフにごめんねって伝えといてよ」

「わかった」


 大佐も野菜をよく食べた。特に白菜は甘くて瑞々しくて肉とよく合うらしい。

 ほろ酔い加減で鍋物とお酒を堪能した大佐に、伝言を頼んだ私はちょっと不安になる。酔いつぶれてはいないがかなり飲んだからだ。忘れ物はないかと尋ねた私に、「忘れ物があったらまた呼んでくれ」と言ってのけ、ニヤッと笑った大佐は、超絶渋いイケメンだった。制服って反則だわ、と思いながら私は土鍋の蓋を閉める。


「さてと。それじゃ、気をつけてね」


 何で怪我をしていたのか聞いてはいないが、また誰かと交戦中とかであれば心配である。


「世話になった……出会えて光栄だ、ヨソハラ殿」

「こちらこそ。対価はいらないから、ちゃんとヴォルフと仲直りしてよね。あいつの泣き言だけは聞きたくないわ」

「了解した」


 とりあえず約束を取り付けた私は、手を合わせて帰還の呪文を唱える。大佐の足元がふらりと揺れているのが気になると言えば気になるんだけど……まあ、いいか。


「ごちそうさま」


 そして、予期せぬ訪問者は帰っていった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 しいたけ、えのき、しめじにマイタケ、ヒラタケ、白ネギ、春菊、白菜、人参、今日のお肉は鶏肉で、キノコづくしのきのこ鍋!!

 味噌風味なのでご飯との相性はバッチリよ。先週は呪文を間違えたので、今回はしっかりはっきり「いただきます」と唱える。


「リナさんっ、どういうことですかっ!!」


 そうして現れたのがいつもの客人なことに安心した私だったが、何だか今日のヴォルフは怒り心頭のようだ。


「ごめんねヴォルフ。この間はアクシデントがあって別の人を呼んじゃってさ…」


 しかもヴォルフの戦果で得た高級霜降り和牛は、大佐と二人で食べてしまった。


「大佐に何をしたんですか?」

「何って……怪我してたから水を飲ませてやって、ちょっと説教して、鍋を食べた?」

「私以外の人と、この部屋で鍋? 大佐がすっかり貴女に参ってしまったみたいなんですよ……私という者がありながら、貴女は、貴女は……」


 ヴォルフの拳がわなわなと震えている。まさか大佐から高級霜降り和牛のことを聞いたのかしら?食べ物の恨みは怖いって言うし、どうしよう。


「しかも大佐と、大佐とお酒まで飲んだっていうじゃないですかっ! 大佐とお酒ですよ、あの た・い・さ と!」

「ヴォルフ、心配しないで。あんたの大切な大切な大佐を奪ったりなんかしないわ?」


 詰め寄られた私は慌てて弁解する。

 そんなに大佐とお酒が飲みたかったのか。っていうか大佐、あんたあらいざらい喋ったわね……ハルヴァスト帝国の軍人って口が軽いわけ?

 するとヴォルフはぽかんと口を開けた。


「は? 大切な?」

「ごめんねヴォルフ……私ったら気がつかなくて。ヴォルフが大佐を大切に思うように、大佐もヴォルフを大切に思っているみたいだし、安心していいのよ?」


 敬愛する大佐と仲直りできたみたいなのでまあいいじゃないの。意外だったけど人の恋路は邪魔しないわ……異世界人だし。


「違いますっ! 私が心配しているのはリナさんです……大佐は酒癖が悪いんですよ? 大丈夫ですよね? 何もされていませんよねっ⁈」

「楽しく美味しく鍋とお酒を嗜んだわよ……何よ、そんな顔して」

「リナさんっ! 今後、絶対に、大佐を呼ばないでくださいね! もし呼ぶときは私も一緒に呼んでください」

「だからあれは事故よ、事故!」

「リナさん!」

「はいはいわかりました、わかったわよ! だからそんなに詰め寄らないでってば」


 ヴォルフがここまで言う理由はわかんないけど、勢いに押されるようにして約束した私は「ハルヴァスト帝国軍人ってめんどくせーっ!」と心の中で叫んだのであった。




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