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4 窓際将軍の正しい週末の過ごし方

 白菜、水菜、しめじ、焼いた豆腐にエビ、イカ、つみれ、そして今が旬の牡蠣を入れれば海鮮ちゃんこの出来上がり!!お好みで春雨なんかも入れたらいいかもね?


 我が家のちゃんこは醤油ベースであっさり味。

 いつもの土鍋の蓋の小さな穴から、美味しい匂いと共に湯気があがる。ぐつぐつと具材が煮えたつ小気味の良い音に、私は慌ててローテーブルの前に陣取った。器とお箸が二組ずつ用意され、私の対面には木製のフォークとスプーンも置いてある。実家から奪い取ってきた座椅子の主はまだ来ない。


「さて、そろそろ呼ぼうかな?」


 土鍋の蓋がしっかり閉じていることを確認した私は、いつものように手を合わせ、彼を呼び出す魔法の言葉を唱えた。


「いただきます!」


 蓋を開けると土鍋の淵が微かに光り、それが空中に文様を描きながら広がっていく。その光の文様が人型を型取ると、もう見慣れてしまった彼がそこに現れた。


「こんばんはリナさん、今夜も時間通りでしたね」

「こんばんは。早く座りなよヴォルフ」


 今年六回目の週末鍋に、今夜も遥々異世界からお客様がやってきた。対面の座椅子に大きな身体でちょこんと座る姿は何だか可愛いが、これでも彼はハルヴァスト帝国海軍の将軍である。

 靴を履いていないのは鍋を食べる時の取り決めだ。一回目に来た時は編上靴を忘れて帰り、二回目に来た時に私が始めから靴を脱いで用意しておくように言ったのだが、それから彼は私の言い分を忠実に守っている。

 毎週末に異世界にやってくるヴォルフは、だいたいこの部屋で三、四時間は過ごして帰る。何故そんなことができるのかと言うと、彼は筆記試験の成績だけで階級を上げた、頭脳派とは聞こえのよい窓際扱いの将軍であるからだ。

 定時に出勤して定時に帰る名ばかりの将軍は、週末鍋の時になると私がネット上から見繕ってきた古の兵法から戦法を学んでいる。文字を読めないから、私が読み聞かせてあげなければならないのが難点だけど。彼が律儀に自分のノートに書き写すものだから、つい手伝いたくなってしまう私もかなりのお人好しだったりする。


「今日のお鍋は何ですか?」


 食べごろになったぷりぷりの牡蠣が、早く食べてと私を急かす。海のミルクと称される冬の味覚は、きっとヴォルフも気に入ってくれるはずだ。


「冬の味覚の牡蠣をふんだんに投入した『海鮮ちゃんこ』よ。早くしないと牡蠣が硬くなっちゃうわ、ほら、いただきます!」

「はい『いただきます』」


 ヴォルフの器に、まずは牡蠣をたくさん入れてやり手渡すと、ぷるんと揺れた白い身に口元がにんまりとしていた。海軍に所属しているだけあって、ヴォルフは海産物が大好物なのだという。きっと味を想像しているのだろう。早く食べたくて、見えない尻尾が左右に揺れている。


「『かき』とは貝類なのですね。これはそのままいただいても?」

「うちのちゃんこは醤油味だからそのままで大丈夫よ。気に入ったら焼き牡蠣を出してあげるから、ポン酢はその時に使いなよ」


 私は自分にも取りわけると、大きく口を開けて牡蠣を丸ごと放り込む。


「あふあふっ、ほいひぃ!」


 少し噛めば、とろりとした濃厚な海のスープが口いっぱいに広がって、私を至福の時へと誘ってくれる。対面を見れば、ヴォルフも箸をプルプルと震わせながら何とか牡蠣を口の中に入れていた。途端に、彼の顔が幸せの極みのように綻んでいく。


「んーっ、海の味がします! この絶妙な火の通り加減がたまりませんね!」


 どうやら気に入ったらしいヴォルフは、もう一つ箸でつまむと、またぱくりと一口で食べた。本当に幸せそうな顔をする表情豊かな将軍に、私もつい顔が綻んでいく。


「箸の使い方が上手くなったじゃない。あっちで練習でもしてるの?」

「んむっ、はい! 何だか頭の体操になるみたいで丁度いいんですよ。使い慣れてくるとフォークやナイフが邪魔になってしまって」


 綺麗に持った箸を私に見せるように持ち上げ「でも柔らかいものや丸いものをつまむのは難しいんですよね」と言いながらも、既に器の中の牡蠣はなくなっていた。恐るべし、成人男性の食欲!


「エビとイカは硬くならない内に鍋から引き上げてね。野菜も適当に食べちゃっていいよ。そんなに気に入ったらんなら、残りは焼き牡蠣にしてあげるから」

「えっ、いいのですか?」


 ヴォルフが鰯のつみれと白菜を一緒に食べながら、私の言葉に顔をあげた。その顔は「是非いただきたいです」と語っている。


「生ものだからもたないのよ。今年は豊漁でキロ七百円だったからついたくさん買っちゃったのよね」


 週末ごとに鍋物をするのは正直言ってお金がかかるが、幸い私の稼ぎはよい。それに、そのことを気にしたヴォルフからは、既に対価をもらっている。

 週末鍋の三回目にヴォルフが渡してくれた金貨は、失くさないように鍵付きアクセサリーボックスを購入して、大切にしまっている。異世界の金なので本物の金かわからないけど、多分本物だと思われる。五百円玉くらいの分厚いそれは、私にとってヴォルフとの出逢いの記念品だ。

 そしてこの世界の戦術書を読み聞かせる対価には、彼の頭脳を使ってパズル雑誌を解かせた。 中々に手強い頭の固さに、もう少しだけ柔軟になって欲しかったのだ。パズルは懸賞付きなので、鍋物の材料になりそうな食品を中心に片っ端から応募しているが、まだその成果は出ていない。


「出来たよーっ! あつっ、あちち……軍手だけじゃ無理だったか」


 いい具合に焼き上がり、殻の淵がパカリと空いた牡蠣を、軍手をはめてさらに濡れた布巾で火傷しないように掴み、牡蠣ナイフでこじ開ける。ヴォルフが期待して覗き込む中、ついに魅惑のぷるぷるな身が現れた。


「汁がたっぷりだ! これはまた、贅沢な食べ方ですね」

「その殻の汁ごと食べるんだよ。ポン酢でいい? それとも醤油?」

「ポン酢でお願いします」


 ヴォルフにも軍手を渡して、彼の手にポン酢を垂らした牡蠣を殻ごと乗せてやると、食べ方を説明した。すると、待ちきれない様子でふーふーと冷ましながら、牡蠣の身をちゅるんと口に入れる。


「ん⁈ んまい!」


 ヴォルフはちゃんと汁まで飲み干して、その余韻を楽しむ。これにお酒がらあればもっと最高なのよね、と思いながらも、私たちは次々と牡蠣を空けていった。土鍋で召喚するという、何とも非科学的な週末鍋に、酒が入るとカオスな状況になりそうなのだ。しばらく様子を見たほうがいいだろう。


「冬の味覚だから、まだしばらくは美味しく食べられるよ。この次牡蠣を食べる時は『土手鍋』にしてあげるね」


 私は出汁の染み込んだ最後の白菜を食べながら、そろそろシメに入ろうかとラーメンの袋を開ける。


「まだ違う食べ方があるのですか? 鍋物とは奥が深いですね」

「人の数だけ鍋物があるのよ。いつかヴォルフの世界の料理も教えて欲しいな」

「私の世界の料理……さ、魚であれば、上手に捌けるかと」


 どうやら意外にも料理ができるらしい。魚が捌けるって凄いと思う。今度、いい魚が手に入ったら、刺身にでもしてもらおうかな?と考えながら、土鍋の中にラーメンを投入した。


「お待ちかねの締めに入るから、麺を避けて中身を片付けちゃって」

「了解しました、リナ閣下!」


 今夜の海鮮ちゃんこも二人で美味しくいただいた。

 帰る時は蓋を閉めて『ごちそうさま』と言わなければならないので、「あと一つ解いていきます」と言ってパズルに集中しているヴォルフの為に、まだ蓋は閉めていない。聞けばお酒を嗜むらしい彼は、頭が鈍るからとまだこちらのビールすら飲んだことはなかった。少しの不安は残っているが、鍋物にはお酒もいいものだ。


(もし出すならビールと日本酒のどっちにしようかな)


 来週はパズルを解かせるのは中止して、酒盛りにしようと、私は密かに考えていた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 白菜、春菊、えのきに人参、水で戻した葛切りにしいたけを準備すれば、後はお待ちかねの霜降り和牛!かなり豪華なしゃぶしゃぶになったのにはちゃんと理由がある。


 なんと、懸賞に当たったのだ!


 ヴォルフがコツコツと解いてくれたパズルの一つが見事当選し、届いたのはなんとお肉。しかも高級霜降り和牛って生まれて初めて食べるわよっ!

 

 テンションが最高潮に達した私は、小さくふつふつと音をあげる土鍋ににやけ笑いが止まらなかった。

 昆布出汁をとっているので、完全には沸騰させられない。もうそろそろいい頃だ。肉を準備した私は、いつものように勢いよくあの呪文を口にする。


「いっただっきまーす‼︎」


 何かテンション上がり過ぎて少し変になったけど、大丈夫だろうか。

 土鍋から発せられた光が人の形になっていくのを見ながら、今か今かとヴォルフを待つ。やがて光が収まると、いつもの彼が……彼が?


「ヴォルフ……じゃないっ! あんた誰? ヴォルフは何処なのよっ⁈」

「女……口のきき方がなっていないようだな?」


 私の知らない男が一人。

 どう見たってヴォルフじゃないし、黒髪黒眼の陰鬱そうな男なんて、私の知り合いには居ない。男は一歩踏み出し……そしてその場に立ち尽くしてしまった。


 男の身体からは赤い物がポタポタと垂れていることから、何処かを怪我しているようである。しかし、雰囲気からして、ヴォルフと違って何だか危険そうだ。


「貴様、魔法術師か? 何故俺を呼んだ」


 部屋の中の状況から、異世界だと気がつかれたのかもしれない。男が無理矢理私に近づこうとしたので、咄嗟に木じゃくしを構える。


「それ以上部屋を汚さないでくれる? あんたの着ている服からハルヴァスト帝国海軍の軍人だってことはわかるけど……もう一度聞くわ、あんたは誰? ヴォルフガング・ブライトクロイツ将軍は何処に行ったの?」


 確かに男はヴォルフと同じような制服を着ていた。ヴォルフと違うところは、胸にたくさん勲章があるところと階級章くらいである。


「そうか、貴様が将軍を救ったという魔法術師か……くっ!」


 やっぱり怪我をしているみたいで、男が顔をしかめて膝をつく。また土足で上がり込まれてしまったが、この男はヴォルフではないので言っても仕方がない。


「はいはい、そこから動かないでね。これ以上部屋が汚れるのは勘弁だわ。で、あんたは誰?」

「四週間前までその将軍の副官を務めていた者だ……今は違うがな」


 男の言ったことに聞き覚えがあった私は、ピンときて強気に出ることにした。




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