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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第四章「諦める覚悟、諦めない覚悟」
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第二話「当たり前だったこと」

「……意味分かんないんだけど」


「で、ですよねー」


 天使二人と同棲していることが発覚して実妹に正座させられてるところへさらにもう一人複雑な事情があるとはいえ、表面だけ見たら完全に司の侍女となっている10代らしからぬ色気とお淑やかさを兼ね備えた雨谷朱理がやってきたとなれば、それはそれは大混乱である。

 説明を省きたくなるほど複雑で微妙な朱理の立ち位置を話し、真穂から発せられた率直な感想を聞いて、司は頬に汗を流していた。


「それにしても、全くと言っていいほど兄の威厳がないんじゃのぉ」


 第三者を決め込んで呑気に嘆く導華はベッドの上で足の伸ばしてくつろいでいた。

 足が痺れてプルプル震えるだけで逆に身動きが取れなくなっている片穂は放っておいて、司は苦笑いを浮かべる。


「まぁ、何と言っても完璧超人の妹ですからね……」


 まだ一五歳とはいえ、佐種家本流の血と『神に愛された女』佐種美佳の血を色濃く受け継いだサラブレッド。そもそもの資質が兄とは桁違いなわけで。


「それで、そんな完璧超人のスーパー妹の真穂ちゃんがいるのにどうしてこんなに女の子をたぶらかしているのかね、お兄ちゃん」


「それは散々説明したじゃんかよ……」


「説明されて理解はしたけど納得は微塵もしてないんだけど」


「じゃあ俺はもうどうしようもねぇじゃねぇか! もう知らないぞ! こうなったらくらえ! ジャパニーズドゲザだ!」


「実の妹に全力で土下座する兄のことを一体私はどんな目でいいのよ……」


 呆れ果てた真穂は長々とため息を吐いて、


「わかったわ。もうみっともないから頭をあげてくれない?」


「さすが真穂。物分かりがいいな!」


「ふふんっ! 真穂ちゃんの器の広さに震えるがいい、我が兄よっ!」


 満面の笑みで元気いっぱいの小学生が先頭で前へならえをするように胸を張った真穂を横目で見る導華は目を細める。


「なんじゃ、あの兄妹は」


「さぁ? 孤児院育ちの私に血の繋がった兄妹の気持ちなんて分かりませんけれど」


「あ、足がっ……! 足がビリビリですぅ……!」


 完全に足の痺れた片穂が倒れて苦しんでいるのは放っておいて、真穂は気分が良くなったのか弾むように歩き始める。


「ではでは、話も終わったことだし。腹ごしらえだぞ、お兄ちゃん!」


「あ、じゃあ俺が作るよ」


「何言ってんの。せっかく来たんだから料理ぐらい作るってば。ほらほら、お兄ちゃんは座ってて」


「大丈夫だって、ここまで長かっただろうし、ゆっくりしとけよ」


「いいのいいの。お兄ちゃんは座って私の料理を待っていればよいのだよ、はっはっはー!」


 エプロンの紐が緩くなっているのに気づいて、真穂は紐を縛り直す。

 皮肉るように、導華は言う。


「随分と、兄思いの妹じゃの。日本の法では手を出すと犯罪じゃから気をつけるんじゃな」


 司は淡く笑い、静かに首を振った。


「いや、ブラコンとか、兄妹間恋愛とか、そんな次元じゃないんですよ、あの子。俺が上京しようと思った理由もこれが大きいですし」


 何をやっても誰よりも器用にこなしてしまう妹。兄がどれだけ努力をしてもその場でチャレンジした妹の方が全てにおいて上回り続ける。

 勝ちしか経験してこなかった彼女には、無意識のうちにある思考が定着していた。

 台所へと歩いた真穂は笑顔で振り返る。

 そして、当たり前の代謝を行うように、日々の日課を行うように、彼女は言う。


「ほら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「はぁ」と、司はため息をついた。


「超って言葉じゃ表現しきれないくらい過保護なんですよ。うちの妹は」


「…………なるほどな」


 おそらく声を出す数秒の間に、導華には様々な思考が浮かんだろう。

 その中でも特に導華が思ったことは、紛れもなく。


「つくづく似ておるのじゃな。ワシらとお前らは」


「それで、あの時に関わらなかったのは真穂だけだったし、俺も記憶を無くしたままだったから、真穂は変わらなかった」


 一二年前の司と片穂の出会いは少なくとも三人の人生を変えた。

 司は死の運命を避け、片穂は姉という鎖から解放され、導華は妹を守るべき姉ではなく、妹に追いかけられるべき姉であると心を変えた。

 ただ、司自身が何もできないから諦めるのではなく支え合うべきだと心に決めたのは、他の誰でもない自分のままでいいのだと気づいたのは、つい最近のことだ。

 そして、真穂は片穂と導華を覚えているとはいえ、片や一二年前に急に家に来て一度だけ一緒に遊んだ女の子であり、片や妹を迎えに来ただけの姉である。

 何かが変わるきっかけは何もなかった。

 だから彼女にとって佐種司は何もできない兄であり、なんとなく日々を過ごしていた兄である。


 だからこそ、全てが出来る真穂には支え合うという概念が存在しない。

 当たり前のように兄の分までの全てをこなすからこそ、兄が抱く劣等感に気づけない。

 そもそもその劣等感自体を克服しているので、何か問題が起きることはないのだが。


 しかし、その全てを理解しているからこそ司は、何かを変えようと立ち上がる。今まで頼ってしまった真穂が何かに気づいてくれるように。


「俺も手伝うよ。一緒にやった方が早いだろ?」


「どしたのお兄ちゃん。急に手伝うとか」


「今まで真穂に頼りきりだったからさ。俺も少しでもやらなきゃなってさ」


 一瞬、真穂の思考が完全に停止し、そのままでも丸い瞳がさらに丸くなる。

 数秒の間を置いてから、真穂はまるで冗談を聞いたかのような笑みを浮かべる。


「何言ってんのさ。私一人で全部できるんだから、一人で充分だよ。まあね、私のために頑張る可愛いお兄ちゃんの気持ちだけでも受け取っておいてあげようかな」


 きっとこれは、どこにでもあるような家族同士の何気ない会話だっただろう。何の変哲もない、素直に出てきた一言だっただろう。

 だが、なぜだろうか。

 今まで片穂や導華と暮らしてきた司には、この言葉に違和感しか感じなかった。

 言葉に出来ない気味の悪さが司の呼吸のリズムを少しだけずらした。


 司はそっと視線を後ろに向ける。

 丁度ダメダメな天使が痺れた足を涙目で揉みほぐしているところだった。

 小さく、ほんの僅かに、司は笑った。


「真穂、手伝わせてくれよ。今までたくさんやってきてくれたんだ。返せる恩は返せる時に返しておかないとな」


「そ、そこまで言うならやらせてあげてもいいけど……。急にどうしたの、お兄ちゃん。なんかちょっと不気味なんだけど……」


「色々な事を学んだからな。ここ最近の経験値に関してはそこらの高校生とは比にならないぜ?」


「……ふーん。片穂ちゃんとそこまで進んでたなんて、お兄ちゃんも隅に置けないねぇ、にやにや」


「ぶはッ⁉︎ な、何言ってんだ真穂! そ、そこまで⁉︎ 俺はそんなことしてねぇ! ってかそもそもそこまで、どこまでだ⁉︎」


「だってだって、今片穂ちゃんをチラ見してニヤついたのはそういうことじゃないの、お兄ちゃん。年頃の女の子はそんな視線など一瞬で気づいてしまうんだぜ?」

 

 足の痺れが取れてきた片穂はキョトンとした顔でこちらを見つめていた。

 嘘偽りなど無しに、司は本当に片穂に対していやらしい行為を何一つしていない。というよりもそういえば家族のように同棲してるせいで恋人っぽいことを何一つしていない。

 そうだ、していない。まだ何もしていない!


(そうだ。そういえばそうじゃないか! あれだけ色々なことがあったのに恋人っぽいことなんて一緒に登下校ぐらいじゃねぇか! 違う! こんなの俺の知ってるラブコメじゃないぞ⁉︎)


 一人で勝手に頭を抱え始めた思春期な司を見つめる真穂は、若干引いたような顔で。


「……え? もしかして、もしかしてのもしかして本当に何もしてないの? 一緒に住んでるのに? 一二年振りの感動の再会を果たした奇跡の仲なのに⁉︎」


「…………うん」


「お兄ちゃん。私はお兄ちゃんの度胸の無さに失望だよ。それでも男なのかい⁉︎ 完璧な母と超人な妹を持つ男のすることなのかい⁉︎」


「うるせぇ! 俺だって、俺だってな、何も考えてないわけじゃないわい! ただ、ほら! 見てみろよ!」


 司が勢いよく指差したのは、ようやっと足の痺れが完全に取れた片穂が笑っていた。


「……? お手伝いですか? 最近は料理も得意になってきたんです! いくらでもお手伝いしますよ!」


「ほら見ろ! なんだよこの天使⁉︎ こんな純粋な子に何をしろってんだ! 料理が得意になってきたって言ってもな、一瞬でも目を離したら全てのものが闇に葬りさられるんだぞ!」


「なんだか褒められてる気が少しもしませんよ司さん⁉︎」


 本気で泣きそうになっている兄を見て、妹はかなり複雑そうな顔をしていた。


「むむむ〜。なぁなぁそこのお二方。あの二人っていつもあんな感じなの?」


「そうじゃな」

「ですね」


 こんなにも引きつった顔をした妹を見たのは初めてなのではないかと、司は率直な感想を抱いた。

 確かに、恋人と同棲している絶賛思春期な男子高校生がそこらの家族よりもほのぼの暮らしてるとなれば、妹の心境としては複雑怪奇で極まりないだろう。


 ただ、そこで終わらないのが「完璧超人なスーパー妹の真穂ちゃん」な訳で。


「お兄ちゃん! 私は覚悟を決めたよ! スーパーな妹からハイパーなキューピットにジョブチェンジしちゃうよ!」


「どうした真穂⁉︎ お前は一体どんな属性の移動をしているというんだ⁉︎」


「デートを! しなさい! 今日! この後! すぐに!」


 なんとなく、高校二年目の夏はのんびり過ごすことは出来ないのだろうな、と司は目の前で不敵に笑う真穂を見てそう思った。

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