序章「かつてその男は決断した」
「欠陥魔道書と歩く愉快な異世界」という新作の小説を投稿しました。「俺と天使のワンルーム生活」も細々と完結まで続けていくつもりですので、こちらもどうか最後までお付き合い頂けると幸いです。
それでは第四章、テーマは親子ゲンカです。よろしくお願い致します。
彼は昔、ある決断をした。それは選択するなどとは到底呼べないもので、たった一つしかない選択肢を受け入れるか入れないか、ただそれだけのものだった。
彼には死んでも守りたいものがあった。それを守るために命を懸けて戦った。
しかし彼は守りきることも、守るために命を捨てることもできなかった。
生き残ってしまった。大切な、愛する人を遠くに残して。
死んでも守ると誓ったのに、そのためなら捨ててもいいはずの命だったのに。
託されてしまった。愛する人に、愛する我が子を守ってくれと。
全てを守る選択肢はなかった。命を懸けても、死んでも守れないと痛感してしまったから。ならば、全てを失うよりも守れるものを守った方がいいのではないかと、思ったのだ。思ってしまったのだ。
だから、頷いてしまった。済まないと言って逃げるしかなかった。
後悔は散々した。枯れるほど泣いた。血が滲むほど歯を噛みしめた。
深い深い闇の中で、彼の思考はひたすらに巡る。
愛する人を助けるという選択肢は、あの時に捨てた。いや、存在しなかったのだ。存在しなかったから、彼は今この闇の中に沈み続けている。
彼がした決断は単純だ。
愛する我が子たちを、死んでも守る。
再び立ち上がるために、いや、立ち上がる準備に十年もかかってしまった。きっと精神的な要因もあったのだろう。それだけの時間が残されていたことも知っていたからというのもあるかもしれない。
ただ最近、なにやら大きな動きがあったようだった。
これ以上時間をかけることは出来ない。
立ちあがった男は、手始めに全ての核である『器』の元へ歩き出す。
……が、
男がそこに着いた時には、守るべき対象はどこにもいなかった。
あるはずの対象が存在していないことに、男は動揺を隠せなかった。
慌てて周囲を探し、さらにその周辺もくまなく探す。
しかし、彼らはどこにもいない。
……まさか一人が普通に上京して天使二人と呑気に同棲して、もう一人がそんな兄が心配になって夏休みが始まるやいなや東京へと向かっていたなど、彼は思いもしなかっただろう。
そして、まさかこの二人のなんでもない選択が、世界の運命を大きく左右する第一歩だったとは、彼らも思いもしなかっただろう。
だが、運命は動く。否が応でも、回り始める。
生まれ持って完璧だった『器』と、何も持たずに生まれ、消えるはずだった命を助けられた『欠陥品』。
そして彼の消えるべきだった命を、その運命を捻じ曲げた不完全な天使。
欠けていた歯車が全て噛み合った。
歯車が揃ってしまった以上、それが回ることはもう避けられない。




